PEACE-01【微小の道標】




二月十一日、ユニウスセブンの追悼式典が開かれるまで三日となった今日こんにち

プラントでは追悼慰霊団の代表を評議会議長の娘、ラクス・クラインが務める為、大々的に取り上げられているが。
地球ではそもそも戦争相手であるし、企画も通知もされていないので知らない人が多い。

第八艦隊も例外ではなく、ハンガーはいつも通りに整備員で忙しなく動いている。
その内の一人であるシオンも、オルカンシェルという名の戦闘機に腰掛け、自前のPCを繋いでキーボードを叩きつつ調整中。

「お嬢ー、拡張GU端子の繋ぎ方教えてくれー!」
「だーからお嬢って呼ばないでよー! いつもの端末にマニュアル作っといたからそれ見てやってー!」
「マジ? さっすがお嬢、助かるぜー!」

同僚の一人が浮きながら教えを乞う。
そちらに目線は送らず、既に用意していた解決策を提示して終わらせた。
すると今度は別の男性が、黒機体に手を付いて止まる。

「すまんお嬢、こっちのコードの順番何だったっけ?」
「前言ったよもー。A、D、C、Bの順で……はいこれ、ここに書いたから」
「おぉ、ありがとう!」

半ばひったくるように彼が持っているバインダーを引っ張り、ペンも取って空いた箇所に書き込む。
礼を言って離れていく男を見もせず、さらに作業を進めた。

数分ののち、パタリとノートPCを閉じて線を抜き、小脇に抱えて機体を蹴る。

「あたし艦長に報告してくるから、あとよろしくねー」
『了解ー!』

軽く手を振ってから、艦内に通じる自動ドアを目的に浮遊。
キャットウォークの手摺を掴んでから足を下ろし、ボタンを押して開閉。

因みにここまで頼られているのに、整備士長は別にいる。
それは彼女の知識量が、群を抜いているから。

廊下を早く移動出来るように設置された、掌程の幅があるベルトコンベア。
触れるだけで勝手に進むので、歩きにくい無重力空間にはうってつけ。

「はぁもう、なんでもあたしに聞きすぎでしょーが……」

聞かれて答える現状には慣れたが、いくらなんでも回数が多すぎやしないかと感じ始めた今日この頃。

あとは毎回指摘しても変わらない「お嬢」呼び。
仕事中は態度等気を付けているが、これでも艦長であるデュエイン・ハルバートンの娘なので、この呼び方がしっくりくるそう。
そろそろ注意するのもめんどくさくなってきたので、これ以上考えるのをやめた。

再度溜息を吐いてから前を見ると、白の隊服をキッチリ着こなした男性がこちらへ向かってくる。
おそらく接点の少ない士官の誰かだろうと、さほど興味も湧かず視線を外した。

一方で、まだ年若い男は彼女の顔を見た途端、眉間の皺が倍増。
元々目つきが悪い訳でもなく、例えるなら、見たく無いものを見たような。

お互いコンベアの赴くままに、すれ違う。

「コーディネイター風情が、いい気になるなよ」

ハッキリと聞こえる声量で、遠慮も気遣いもない。
男は何事も無かったように、次の角で曲がった。

「……そういうのは面と向かって言えっての、クソボケ」

彼女の性格上、悲しみより怒りの方が高い。
更にイライラが増すと、暴言を平気で吐いてしまう。

そう、シオンはこの艦で唯一のコーディネイター。
容姿は瞳孔が白く細いのと、オッドアイ以外に変わりはなく。
ただ生まれ持った良識な頭脳と、病気にかかりにくい丈夫な身体ぐらいで。
整備班や父は気にせず接してくれるが、それ以外は副長でさえ煙たがられる始末。

メネラオスに乗船してもうすぐ一年だが、未だに緩和する気配もなく、むしろ酷くなっている。
結局戦争が終わらなければ何も変わらないのだろうと、独りごちて先を急いだ。


ブリッジに入るドアの手前で、大きく溜息を吐く。
なにせすれ違う人間のほとんどに、さっきの士官と同じような態度を示されたからだ。

だから持ち場を離れるのは嫌なんだ、でも報告はキチッとしないと怒られるし。
どうにもできないやるせなさが面倒になり、頭を振り被って一歩進む。

「艦長ー、報告……ん?」

プシューッという独特の空気が抜ける音で開く自動ドアをくぐり、入って左の方にある艦長席に目を向ける。
しかし目的の人物は座っておらず、もぬけの殻。
どこに行ったのだろう、と正面に視線を移せば、案外簡単に後ろ姿が見つかった。

第八艦隊指揮官でもあり、シオンの父親でもある中年の男性、デュエイン・ハルバートン。
短く整えられた金髪に、彼女の髪と同じ紫の瞳で、どちらも娘とは逆の色。

入室者に気付いておらず、レーダーを確認している部下に聞き返していた。

「では、あれがアークエンジェルで間違いないのか」
「先遣隊より送られてきていた識別コードと一致しましたので、間違いないかと……ただ」

手元に表示されたマス目を伴う円に、定期的に中央から外に広がる光の波で更新される画面。
左上辺りに点がひとつ浮かんでいるが、部下は何故か苦い顔。

「(アークエンジェルって、確か……)」

その二人以外は比較的遠く、前述の関係でわざわざ艦長に報告するほど優しくはない者ばかり。
なので存在を気付かれることはなく、腕を組んで一緒に聞いている。

渦中で聞く名称は覚えがあり、言い渋る男性の続きを待った。

「周辺に微かですが、熱源を多数確認しました。距離があるため詳細は不明ですが、恐らく……」

空気も重力も無い空間で、惑星の影響を除けば、自然に温度は上がらない。
つまり人工物が関わっている可能性が高く、この戦時下では主に兵器ぐらい。

おそらくは、敵軍と交戦中かもしれないということ。
しかし現時点では確証を持てず、口にするのも躊躇われた。
お互い理解しているため、これ以上は語尾を濁し、顎を乗せるように指を当て、思案する。

シオンも察しているが、彼女は別の策を導き出していた。

「(あの子に乗る時は、今ってことか)」

ニヒルな笑みを隠そうともせず、くるりと踵を返して、元来た道を戻って行った。

報告に使うはずだった、自前のPCを放り投げて。

「……分かった。索敵は厳に、艦隊全土に速度を上げるよう通達しろ。急ぎつつ、様子を見んことには……ん」

考えた末、各々に指示を飛ばすデュエインの背中に、トスンと軽く何かが当たる。
振り返ると、畳まれた黒のノートパソコンが浮遊中。
見覚えのあるそれを手に取り、周りを見回す。

「……シオン?」

持ち主の名をぽそりと零すが、返ってくるのは慌ただしい部下の声と、電子音だけだった。



*
2/4ページ
いいね!