PEACE-06【埋められない確執:後編】




それから時間が経ち、午後十時過ぎ。

日はとっぷりと落ちて、砂漠の空気は昼とは逆でひんやりとしている。
冷暖房完備の艦内ではあまり関係ないのだが、それよりも重大な事態があった。

「しまったしまったしまった〜! 寝過ぎたっ!!」

本日何度目かの見慣れた廊下を、今度は爆走しているシオン。
いつものように、髪を上で適当に纏めながら。

微睡みの中、飛び起きると五時間以上経過しており。
思わず叫びそうになったのを、反対側の存在を思い出してせき止める。
できるだけ音をたてないように退出し、現在に至るというわけだ。

「イスカーっ! 遅れてっ……ごめんっ!!」

自動ドアが開いたと同時に、名指しで謝罪する。
だが全力疾走の所為で両膝に手を置き肩で息をしている為、前は見れていない。

この場に親友以外がいるとは、まだ気付いていないのだ。

「あ、おはようシオン! ぜーんぜん大丈夫だよ〜! イスカもさっきまで寝てたから〜!」

とてとてと駆け寄ってくるイスカは、不満の色がひとつも無い笑顔。
キラ同様に、純粋で明るい良い子なのである。
因みに仮眠した場所は、オルカンシェルのコックピット。

「なんだお嬢、二度寝してたのかー? さっきは大丈夫って言ってたのにな〜」

そしてさっきも言ったが、この場には少女以外に大人が何人か。
どうやら今の今まで作業していたらしい、ムウとコジローである。

「うっ……誰だって眠くなることくらいあるじゃないですか! ムウさんのイジワル!」
「ハハッ、悪い悪い。冗談だよ」

ニヤニヤと意地の悪い顔で茶化してくる彼に、ムッとして怒るシオン。
埋め合わせに頭を撫でてくるので、機嫌はすぐに直った。

「それでイスカ、現状どんな感じ?」
「んーと、電源ぽちっとするのと、動かした時のブレは大丈夫だったんだけど……」
「起動と操作の感度は問題無し、と……けど、どうしたの?」

雑談はこれくらいにして、メンテナンスの進み具合を確認する。
少女独特の言語を解読しつつ、PCのメモに打ち込んでいった。

「お嬢ー、この子って地球でお空飛べるのー?」
「……あ」

が、何気ない質問に、ピタリと指が止まる。

「そうだった……大気圏内用に調整するの忘れてたわ」

変な夢を見たり、眠かったりして抜けていたのだ。
前にも似たような思い出し方をした気がするが、今度はレベルが違う。

「何ぃ? お嬢、このオルカンシェル地球でも飛ばせんのか!」
「飛ばせますよ! スラスターの交換が必要ですけどね」

重力が有るのと無いのとでは、天と地ほどの差がある。
宇宙ではスイスイ飛んでいるメビウスも、設計上の問題もあり地球では飛べないのだ。

MSモビルスーツも然り。無重力ではどのストライカーパックでも戦えていたストライクも、重力下ではエアー装備が無いと自由に空を飛べない。
他のGシリーズはそもそも飛行能力が無いので、もし地球で戦闘になれば相手も対空装備を整えてくるだろう。

オルカンシェル専用のスラスターって搬入されてます? とコジローに聞くと、あぁ、それならこっちだ、と案内される。
ユニット装備と並べられるようにして置かれていた。

「はぁ〜、これもユニットの一部かと思ってたが、大気圏内用のスラスターだったんだな。にしてもこれを開発した奴は、地球でも飛ばせるようにしたかったんだろうな!」
「……そうみたいですね」

世間話ついでだった彼の発言に、ピクリと眉が動く。
周りから見ればそれだけだったが、ハッと気付いたイスカが会話終わりに近付いてきた。

「シオン……」
「だいじょぶよ。さ、早く作業を終わらせよう!」

心配そうな表情で見上げてくる親友の頭をぽんぽんと撫で、スラスターに向き直る。

そしてその様子を遠目ながらも、エンデュミオンの鷹は視界に捉えていた。


「お嬢」
「ムウさん、どうしたんですか? 作業しながらで良ければ聞きますよ」

早速交換諸々の作業に入ってから、神妙な面持ちで話しかけてきた上司の彼。
シオンの方は一瞥してからも手は止めず、続きを待つ。

「昨日からの事もあるが……大丈夫か?」
「……あー、さっきの見られてましたか。大丈夫ですよ、というよりコジローさんは全然悪くありません。あれはあたしの問題ですから」

何となく予想はついていた、優しいムウのことだから気遣ってくれるだろうと。
ほんの少し苛立ちが残りつつ、自業自得だと返答しておく。

まだ納得していなさそうな表情を盗み見て、少し間を空けた後に。

「この子、オルカンシェルを開発したの……多分、あたしなんです」
「……多分?」
「そういえば、ムウさんには言ってませんでしたね。あたし、昔の記憶が無いんです。ちょうど一年前に保護されたので、それより前の」
「一年前、って……」

わざと含みのある言い方をする。
少佐がどこまで知っているか、分からないから。
案の定何も聞かされていないらしく、自らの事情を淡々と話す。

「あたしは血のバレンタインの直後に、宇宙空間で保護されたコーディネイターですから」

夜中で人が少ない影響か、大声でも小声でもない彼女の言葉がハンガーに響いた。
事情を知っている親友も、知らないメンバーも、口を挟まない。

「じゃあおまえ、ユニウス・セブンの生き残りってことか!?」
「多分、そうなりますね。ぜーんぜん覚えてないんですけどね」

もう何度目かの“多分”を使って、まるで他人事のように話すシオン。

「その時に中破してたこの子に乗ってたのがあたしだったらしいんで……でも、まったく覚えてないんです。この子を作ったかもしれないのにね」

実際、父から聞いたのをそのまま伝えているだけなので。
そういえばあの女艦長も、その場にいた的なことを言っていたな、と思い出しつつ。

ひたりと、冷たく黒い鉄の装甲に触れる。
オルカンシェルを大事に思う気持ちは嘘じゃない。
でも、手間隙かけて生み出した記憶はない。

それがとても歯がゆくて、虚しくて、苛立ちに変わるのだ。

「お嬢、すまねぇ! さっきはなんも知らずにあんなこと言っちまって」
「えぇっ!? 謝らないでくださいよコジローさん!」

しっかり反響していたのだろう、曹長がずんずん歩いてきて、顔前で手を合わせ謝罪された。
慌ててこちらも両手を振って事なきを得る。

これで作業に戻れるか……そう思った時。

「お前……つらいならつらいって言えよ」
「……え?」

完全に不意打ちだった。
その所為で手に持っていたレンチを落とす。

カランカランという無情な音が、この場にいる四人の耳に届いた。

「つ……つらくなんか、ないですよ。だって記憶、無いんですから」
「嘘つけ。そんな顔してて、つらくないわけねぇだろ?」

そういえば、生前父が似たようなことを言っていたなと、頭の隅で考える。
同時に、自分はつらいと感じていたのかと、今更ながら自覚した。
悪夢を見るのが嫌なのも、記憶と現実の違いを見つけるのも。

「別に俺相手じゃなくてもいいから、あんま溜め込むなよ」

ぽんっと軽く肩を叩いて、邪魔したな、作業に戻るわ、と後ろ手を振って行ったムウとコジロー。

「お嬢……きゅーけーする?」

いつの間にか頬を流れていた雫が、拭った軍手に吸収される。
気遣ってくれた親友を直視出来なくて、更に顔を擦った。

「……ありがと、イスカ。大丈夫、続けよう」

やっと上げたシオンの面持ちは、少し無理をした笑みで。
察していても、もう誰も言わない。

それが彼女のためだと、考えてしまっていたから。


――こうして、地球ニ日目は幕を閉じた。

次の幕開けは、砂漠の脅威。



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