PEACE-06【埋められない確執:後編】




「ただいまー。何も無かった?」
「お、おかえり……うん、大丈夫だよ」

三十分程経ち、午後四時半過ぎ。

遠慮も断りもせず、シオンはキラの部屋に戻った。
文句のひとつくらい返してもいいだろうに、優しい彼は何も言わない。

むしろ、火照った頬に髪を下ろした彼女を見れないのか、曖昧な返事。
ちなみに何も無いかというのは、あの面倒そうな女が来ていないかという意味である。

「あ、伝えるの忘れてた。それ、ストライクのコックピットにあったって整備班の人が言ってたよ。君ので間違いないよね?」
「あぁ、うん。僕が貰ったもので間違いないよ」

彼の様子に全く気付いていないシオンは、手に持ったままの花について経緯を伝えた。
気になったので、誰から貰ったの? と聞くと、シャトルに乗った女の子から、と答えるキラ。

「そうだったんだ。あの時は色々あったけど、まさか民間人が乗ってるシャトルを撃とうとするとは思わなかったな。あたしあのデュエルに乗ってる奴、一生許せないかも」
「まぁ、そうだね……でも、君のお陰でシャトルの人達は助かった。本当にありがとう、シオン」

持ち直してきたのもあり、真剣な顔になったかと思うと、反対側のベッドに座って髪を拭く彼女に頭を下げた。
思わず手を止め面食らうシオンであったが、すぐにふわりと微笑む。

「……こちらこそ、何度も助けてくれてありがと、キラ。君がいなかったらデュエルに切られるか、大気圏で燃え尽きて死んでたもん。きっとこれからも、迷惑かけると思うけど……あたしもキラを助けられるよう、頑張るからさ」

一時は撃墜される危機に陥った避難シャトルだったが、敵の武器を壊せたおかげで、何十人もの命が救われた。
もちろん、それ以上の命は常日頃失われているだろうが、それでもキラには、感謝しないという選択肢はない。

お互いに助けて助けられ、ここまで生き伸びてきたのだ。

「い、いやそんな……僕の方こそ……うっ」

真正面から自分にのみ向けられる笑顔。
パッと見、静かな印象からは想像もつかない人懐っこいそれに、頬が熱を持つ。

気を紛らわせようと勢いよく立ち上がったキラだが、たとえコーディネイターでも立ちくらみはするもの。
キラ!? と反対側へ倒れそうになる彼に驚き、タオルをほっぽり出して手を伸ばした。

くぐもった音が部屋に広がり、次には静寂が支配する。

「(あれ……僕、今?)」
「ちょっとー、やっぱりまだ万全じゃないんでしょ?」

視界がぼやけていたのもあり、自分がどうなったのか、一瞬理解出来なかった。
ただ分かるのは、見える範囲が真っ黒なこと。
頭が乗っている所が柔らかく、石鹸の香りがすること。
そして先程より、彼女の声が近いこと。

「えっ……シオン!?」
「大丈夫? キラ。痛いとことか無い?」

見上げると、心配げな金と銀のオッドアイ。
まだ少し濡れている髪から、雫がぽたりと頬に落ちる。
シオンはキラを助けようと、自らをクッションにして受け止めたのだ。

「無い、無いよ! それよりこの、体勢っ……」
「後ろに倒れそうだったから、こっちに引っ張ったのよ。ふらつくんだったら、もう少し休んだ方がいいんじゃない?」
「だ、大丈夫! 大丈夫だから!」

状況を説明すると、キラの頭はシオンの胸に乗ってしまっている。
だが気付いていない……というより気にしていない彼女は、純粋に身を案じていて。
逆にそれが、羞恥心や罪悪感などを掻き立てる。

「……却下。君のそれは強がりとみた」

そして記憶が無い故なのか、彼の心情を察っすることもなく。

「シ、オン?」
「休める時に休まないと、いつか本当に壊れちゃうよ」

軽く抱きしめるだけだった腕に、力を込める。
優しく包み、あやす様に背中をぽんぽんと、頭をふわふわと撫でて。

「……静かなー、この夜に〜……貴方をー、待ぁってるの〜……」

すぅっと息を吸い、囁くくらいの声量で紡がれる歌。
前触れもなく始まって、キラの動きが止まる。

「(あれ……この、歌……)」

同時に何処かで聞いたことがあると、つい聴き入った。

「あのときー、忘れた〜……微笑みを……取りに来て〜……」
「(綺麗な……声……――)」

瞳を閉じたまま、続けられる旋律。
さながら子守唄の如く、睡魔に襲われる。
そのまま身を委ねてしまいそうな、むしろ委ねたいような……


ワンコーラスが終わる頃、胸元で聞こえてきたのは、規則正しい寝息。

「ふぅ……やっと眠ってくれたか」

見た目の割に柔らかい茶髪をまだ撫でつつ、一息つく。
まさかこんなに効果テキメンだとは思っていなかったが、結果的に良しとしよう。

「ふぁ、あ〜……なんか、あたしも眠くなってきたな……」

キラをなんとか寝かせた後、釣られてなのか大きなあくびが出る。
片目を擦りながら、空いているベッド横に備え付けられたモニターを操作し、ハンガーへ繋いだ。

「はーい! こちらイスカー! お嬢、どうかしたのー?」

対応した人に親友を呼んでもらうと、相変わらずの元気一杯な応対。
思わずくすりと微笑みつつ、こっそり音量を下げてから、話し始める。

「ごめんイスカ、ちょっと休憩してからそっち向かってもいいかな?」
「もちろんー! なんならしっかり休んで! シオンも疲れてるでしょー?」

自分としては、数分程仮眠すれば眠気も消えるだろうと思っていた。
しかし液晶越しでも眠たそうにしているのを、少女は察していたのだ。

「あー、はは……イスカには気づかれちゃうなーいつも。なら、君も休んで。詳しいことは合流してから聞くから」
「分かったー! じゃあおやすみー、お嬢!」

苦笑しつつ、お互いに休憩しようという結論に至り、通話を切る。
ぼふっとシーツに倒れ、再び息を吐いた。

「また……あの夢を、見なきゃいいけど……――」

誰宛でもない呟きは、数分後に増えた寝息で掻き消された。



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