PEACE-05【埋められない確執:前編】




「ただいまー! お医者さんとそこで会ったから、連れてきたよー!」

戻ってくるまで結構な時間がかかっていたイスカが、良かれと思って軍医を引き摺ってきた。
そう、あのグチグチねちねち嫌味を言っていた男である。

彼の顔を見た瞬間、苦虫を噛み潰したような表情を隠しもしないシオン。
角度的に彼女の様子は見えなかったが、明らかに嫌そうな雰囲気を感じたキラは、例の医者なのだと察した。


「……うん、二人とも熱は下がったみたいだね。流石に凄い回復力だ」

お互いに嫌がる訳にもいかないので、大人しく診察を受ける。
最初にシオン、次にキラで、特に異常も見られず滞りなく終わった。

「そりゃあそうでしょうね〜。あたし達、じ・ん・しゅ・が・違いますから」

ただ、彼がどういう言い方をしてもイラつくのだろう、トゲのある返し。

「まぁまぁシオン、喧嘩売っちゃ駄目だよ」

そんな彼女の両肩に手を置いて、落ち着かせようとする。
あちらに非があったとしても、階級も年齢も上なので、下手をすれば懲罰ものだから。
事情を知らないイスカは、横で首を傾げている。

一悶着あったものの、自室に戻っていいという医師からの許可は貰えた。

「許可貰ってよかったねー! お嬢もキラも部屋戻るー?」
「あたしはオルカンシェルの様子を見に行きたいから、ハンガーに行ってくるわ。キラは部屋戻るでしょう?」
「うん。僕も後で、ストライクの様子を見に行くよ」

イスカが察して持ってきてくれていたツナギを、ベッドのカーテンで仕切って着替える。
その状態のまま、部屋に戻るか戻らないかの話になり、シオンは格納庫、キラは一度自室に戻ることになった。

「りょーかい。あ、そうだ……イスカ、折角だからキラを部屋まで送ってあげてくれる?」
「え? でも、そこまでしてもらう訳には……」

自分より長く眠っていたのもあり、彼への付き添いを頼むことにした。
遠慮するのを無視してガラリとカーテンを開け、ちょいちょいと手招きして近くに立っていた少女を呼び寄せる。

「……もしかしたら、フレイが接触してくるかもしれない。そばにいてあげてくれないかな」
「ほうほう、わかったー!」

こそこそと、向かい側に聞こえない程度の小声で伝えた。
嫌な顔ひとつせずグーサインを出して了承した彼女は、とてとてとキラに近寄り腕を取る。

「行こ、キラ! キラはイスカが守るからねー!」
「う、うん。ありがとう?」

またあとでねー! と手を振りながら、彼を引っ張って行ったイスカ。
一体なんの相談をしていたか気になり何度かシオンを見ていたが、聞くことは叶わず二人は医務室を出る。

「さて、と……あたしも行くか」

一度大きく息を吐くと、下ろされていた髪を上で軽くひとつに纏めてから、自分も通路へ出た。

* * *

時刻はお昼時も過ぎて、言うなればおやつ時。

相変わらず人が少ないこの艦だが、重力があるという点が今までと違う。
記憶上でも初めての体験を、若干楽しそうに歩く。つい鼻歌を吹きながら、軽いスキップもしながら。

「おい」
「ひゃい!?」

なんて気を抜いている所に、背後から声を掛けられる。吃驚過ぎて変な声が出た。
おそるおそる首だけ振り返ると、そこに居たのは帽子を被った黒髪の女性上官。

「あー、えー……バジル少尉」
「“バジルール中尉”だ」
「あ、さーせん……」

いくらメネラオスより人数が少ないとはいえ、一朝一夕に全員の名前は覚えられない。
特にあまり話したことがない者なら尚更。そして階級が上がっていることを知らなかったので。

「えーっと……あたしに何か御用で?」

謝ったので解放されるかと思いきや、何か言いたげな顔で仁王立ちしているナタル。
まだ注意されることがあっただろうか、心当たりがあるような無いような。
内心ドキドキしながら、続きを待つ。

「これをブリッジに置いていったのはお前だろう」
「あ! そういえば置きっぱなしでした……すみません、ありがとうございます」

胸ポケットから取り出したのは、見覚えのあるフロッピーディスク。
艦長から渡された、今となっては義父の形見に等しいもの。

受け取った時の表情を見られていたのか、怪訝な顔をされる。

「……お前、身体はもう大丈夫なのか」
「へっ、あ、はい。元々熱には強かったみたいで、もうバッチリです!」

てっきり怒られると思ったら、心配してくれたようで。
そうか、と返した彼女の表情には、安心した色も見えた。

「あの、ありがとうございます。気にかけていただいて」
「上官として、部下をねぎらうのは当たり前のことだ。礼は要らん」

ペコリと頭を下げたシオンに、傍から聞くと無関心な返事。
しかしそれが本質から来るのだろうと、思えてならなかった。

「それでも、嬉しいです。バジル中尉って優しいんですね」
「バジルールだ、いい加減覚えろ」
「えー、バジル中尉でいいじゃないですか。呼びやすいし」

直属ではないにしろ、馴染むのが早すぎやしないだろうか。
お前な……と睨むナタルを全く怖がっていない。

最終的には呆れと諦めの溜息。

「ディスク、ありがとうございました! あたし、ハンガーに用があるので行きますね」
「あぁ、待て。そのディスク、もうひとつデータが入っていただろう。どうやらそっちも映像データらしいぞ。時間がある時に確認しておけよ」
「そうだったんですか……助かりました! それでは!」

満面の笑みで手を振り、小走りで去っていったシオン。

「……杞憂だったか」

なんとなく元気がないように見えたのだが、おそらく大丈夫だろうと踏んで、自分もブリッジへ向かったのだった。

「(あんな夢なんて、現実になるわけない)」

笑顔の裏に潜ませた思いは、悟られず。


休息の幕は、まだ下りない。



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