PEACE-03【地球降下作戦:前編】
現在、アークエンジェルは大気圏突入のため、ポイントやジェルの確認をしている。
何事もなく終わればいいが、そこまでザフトは甘くない。
お目当ての艦の妙な動きに感ずかれるのも、時間の問題だ。
「まさか、こんな状況で降下することになるとはな……」
ハンガー内は先程よりも更に慌ただしくなり、忙しなく動く整備班の中。
メビウス・ゼロのパイロットであるムウは、その様子を複雑な表情で見つめていた。
「フラガ大尉」
そこへふわふわ漂いながら、彼に話しかける少女。
先程、艦長や父親と議論を繰り広げたシオンである。
差し出された手を掴んで、ゼロのトサカを支えに片膝をついた。
「お嬢か、どうした?」
「あの……さっきは、すみませんでした」
なにか用事あるのかと思えば、笑顔のない表情でぺこりと謝られる。
「なんでお嬢が謝るんだ」
「だって、通信してる途中で割り込んだし、無茶な作戦頼んじゃったし……」
身に覚えのなさから、目を見開くムウ。
聞くと、自分から言い出した提案などをやりすぎたと反省しているらしい。
最初の印象的に気にしないタイプなのかと思えば、このしゅんとした子犬のような。
「別に怒ってねーよ。それに、艦長も同じこと考えてたんだろ? 遅かれ早かれ、一緒さ」
「そう、ですけど……」
実際不満が無いわけではないが、彼女を責めるつもりもない。
そもそも大人として、怒りをぶつける矛先が違うだろう。
だがシオンの顔色は明るくならず、むしろ余計に俯く。
女子を泣かせる趣味は持っていない彼は、一度自分の頭を掻きむしってから、ぽんっと紫髪に乗せた。
続けてわしゃわしゃと少々乱暴に撫でられ、うわっ、と驚くシオン。
「そんな暗い顔してる場合じゃねーぞ? お前のやらなきゃならない事のために、細かいことなんて気にすんなって!」
「フラガ大尉……」
純粋に元気づけてくれる言葉。嬉しくてまたまた涙が流れそうになる。
これで何回目かというツッコミは置いといて、スーツの腕で拭ってから歯を見せた笑み。
「……はい。あたし、できるだけ頑張ってみます!」
「おう、頼りにしてるぜ。にしてもお前、見た目の割に涙脆いんだな」
「よく言われます……」
ふわっと浮かぶ水粒から、泣いてしまったのがバレバレ。
すると外野から、あー! フラガたいい、お嬢泣かせたんですかー!? というイスカの声が。
バッカちげーよ! と即否定したムウの反応から、周りで笑いが起きた。
「イスカ、ユニットの準備手伝おうか?」
「大丈夫ー、もうすぐ終わるよ!」
その親友はというと、追加装備の最終チェックも大詰めに入っており、笑顔で手を振ってくれた。
難しいのはわからないと言っておきながら、ちゃんと頼りになる所はある。
配慮が嬉しくて、つい笑みが零れた。
「……にしても、こう準備してるとはいえ、何事もなく降りれればいいんだけどな」
「そうですね……でも――」
賑やかな雰囲気になってはいたが、これでも戦闘中。
そろそろ覚悟を決めねばならないと、危惧している可能性を口にしようとした時。
「ザフト艦とジンは振り切れても、あの四機が問題ですね」
隣のムウでもなく、作業している整備班でもなく、まだ幼さの残る声。
考えをまるまる盗られたと怒るよりも、少し前に話した、居るはずのない“彼”ではないかという思い当たり。
「坊主!」
ちょうどこちらにとんで来ていたコジローが、水色のパイロットスーツに身を包む少年とクロスする。
総称ではあったし初めて聞いたが、どうしても無視できなかった。
その結果がこれだ、気のせいで終わらせたかったのが本音。
自分と同じ一般人なのに、なけなしの事情で巻き込まれ。
二人だけのコーディネイターであるからこそ、共感があって話しかけた。
戦いたくない筈だが、優しい彼は喜ぶでもなく複雑な面持ち。
だからこそ、キラ・ヤマトには、戦場に戻ってほしくなかったのだ。
「ストライクで待機します。まだ、第一戦闘配備ですよね」
「ちょっ、待ちなさいよ!」
平然とした顔で愛機に向かっていく少年に、オレンジの足場を強く蹴って追いかける。
背後ではムウとコジローが何か言っていたし、首を傾げたイスカも混ざっていたが、前しか見ていない彼女の耳には届かない。
ストライクのコクピットへ入る前に、キラの腕を掴んだ。
「なんで君、ここにいるの……降下シャトルに乗るんじゃなかったの!?」
「そのつもりだったけど……やめたんだ」
「なんで!?」
さっきの涙はどこへやら。語気は強めで矢継ぎ早に問いただす。
モビルスーツに乗るということは、命の危険が格段に上がるということ。
分かりきっているはずなのに、落ち着きはらっている彼の態度に沸点が高くなった。
「守りたいから」
それでも少年の瞳に、迷いは宿っていない。
「アークエンジェルも、この艦に乗る友達も……同じコーディネイターである、君もね」
なぜなら、やるべきことを決めたから。二色眼の少女のように。
「……あーもーほんと、バカばっかだわ!」
あんなに揺れていたキラの瞳は、逸らさず自分を見ている。
何があったかなんて知らないが、たとえ止めても引き下がらないのだろうと理解した。
わざわざ息を大きく吸って、吐いた溜息の後、キッと睨んで彼の頬を両手で挟む。
「いい? 前の時みたいな凄い動きが今回も出来るとは限らないんだから、絶対に無理しないでよ」
ぺちんと控えめな音はしたが、まさかの行動に驚いたキラ。
もう手は離れているのに、ぴたりと固まったまま。
「あたしもできるだけ支援するから……分かった!?」
「は、はいっ!」
ぼーっとしていると判断し、頭突きしそうな勢いで身を乗り出す。
やっと我に返って同じくらい引き下がり、何故か敬語で返事。
その様子がなんだかおかしくて、二人同時に吹き出す。
わだかまりは、一瞬で消えてしまった。
「お嬢ー! ユニットの準備終わったよー!」
「イスカ、ありがとう。じゃあ宇宙に出たらよろしくね、キラ」
「うん、こちらこそ」
一頻り笑った後、イスカが彼女を呼びに来る。
そろそろ配置につかないと、いざという時に慌ててしまうだろうから。
親友の紹介もまた今度にしようと考え、軽く手を振って戻っていく。
「(なんかあの人、甘いにおいがした……)」
シオンの背中から、一度振り返ってコックピットに入ったキラを見る。
自分しか気づかなかったであろう、微かな変化を胸に秘めて。
戦場の幕は、まだ下りない。
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