PEACE-03【地球降下作戦:前編】
「おい! なんで俺らは発進待機なんだよ!」
スーツの性能チェックも問題無し、すぐに出撃……かと思いきや。
密閉性の高いハンガーで、一際怒りを含む声が響き渡る。
突然の怒号にビクリと肩を震わせたシオンが、声の方向に振り返ると。
先程自分も使った通信機器に向かって、明らかにイライラしているムウがいた。
「第八艦隊だって、あれ四機相手じゃヤバいぞ!」
どうやらブリッジに繋いでいるらしく、ここからでも画面に映る艦長の姿が見える。
普通なら任せておくのだが、第八艦隊、と聞いて顔色を変えた。
お嬢? と首を傾げる少女とヘルメットを残して、踵を返しながら床を蹴る。
「ってまぁ、あと俺とお嬢が出たところで、大して変わんねぇだろうけどな」
戦闘配備の放送がされたということは、ザフト軍が迫っているということ。
フラガ大尉の言った“あの四機”も、ヘリオポリスで奪取されたGシリーズ、イージス、デュエル、バスター、ブリッツである。
こちらにある最後の一機、ストライクとアークエンジェルを狙ってここまで追ってきた。
だが、あれを乗りこなしていたキラはもういない。
加えて艦隊の総数がいくら上回っていても、少数精鋭のコーディネイターには既に押されている。
ムウの一言に失礼な、と眉根を寄せながら背後に降り立つが、実際その通りなので文句は言わない。
「……本艦への出撃指示は、まだありません。待ってください」
「しかしっ――「ラミアス艦長」
本人も不服という声色は感じつつ、事務的な返答で対応するマリュー。
そのまま通信を切ろうとした彼女に食ってかかるムウに、更に割り込み引き止めた。
「その声は……ハルバートン少尉」
「艦長は、この状況をどう打破しようと考えてるんでしょうか」
あちらからでは音声のみで、顔は見えない。
それでも先程の苛立ちを含む声ではなく、真剣さを滲ませていることには気付いた。
「……このまま待機していても、最悪全滅の可能性があります。なので艦隊を離脱し、速やかに降下を行うべきだと」
これからどうするかではなく、どうしたいかを問う。
なにせこのままではどう足掻いても、良い結果には至らないだろうから。
艦長の決断をブリッジで聞いていた隊員は、少なからず驚いていた。
「……さすが、父さんの部下ですね」
少女も電話越しに目を丸くしているのだろうか、なんて思考は杞憂に終わる。
おそらく口角を上げているのだろうと、見えていないのに。
「あたしも、おんなじ方法を考えてたとこです。父さ……閣下への説得、あたしにやらせてもらえませんか?」
普通ならば、昨日入ったばかりの新人がでしゃばっていると思うだろう。
だが彼女はシオン・ハルバートン。口調は粗暴だが、父親に遠慮なく物申し、少々わがまま。
艦長である自分がやることだが、賭けてみたいと思った。
「……わかったわ。すぐそちらのモニターに繋ぐから」
「ありがとうございます!」
大きく溜息を吐いた後、了承の返事をしたマリュー。
見られていないのに嬉しくて、画面越しで頭を下げたシオン。
ピッとモニターが一旦切れ、一段落の息をふく。
ふと左を見ると、いつの間にか隣にいたイスカが満面の笑み。
「お嬢、お前……」
流れで逆を見れば、右側のムウは複雑な顔。
割り込まれたのを怒っている、のではなく、関心の意思も感じる。
「ってことでフラガ大尉、あたしに任せてくださいな」
「……分かったよ」
自己紹介して数時間だが、なんとなく彼女の性格を把握したのだろう。
頭をガシガシ掻きながら、愛機の方へ戻って行った。
* * *
交戦が開始して一時間余り、味方の戦艦残存数は既に半分を切っていて。
自らが提唱し開発されたにもかかわらず奪取され、挙句にはその四機のせいで追い詰められている。副官も皮肉を吐くばかり。
「アークエンジェルより、リアルタイム回線」
「なんだ?」
そんな時、後方で待機させている新型艦から通信が入る。
状況が状況だが、無視するわけにもいかずに繋げた。
「父さんやっほー、さっきぶり!」
「シオン!? 何故おまえが……」
てっきり艦長のマリューからかと思えば、画面に映ったのは笑顔で手を振る自分の娘。
全然緊張感が無いし、後ろの妹分も手を振っている。
「そんなこと今はどうでもいいでしょ! とにかく、アークエンジェルは艦隊を離脱し、直ちに降下シークエンスに入りたいです! 許可をください!」
「……何だと!?」
そしてまさかの作戦提示。メネラオスのブリッジは騒然となる。
「自分達だけ逃げだそうという気か!?」
「なんでそうなんのよ! 敵の狙いはこのアークエンジェルでしょ? 降下でもして離れないと、第八艦隊は全滅するわ!」
いつの間にか敬語が外れているが、言ってることは間違っていない。
ホフマンも言い返せなくなり、黙り込む。
「アラスカは無理だろうけど、この位置なら地球軍制空権内に降りられるって確認した。とにかくあたし達が動かないと、敵も動かないわよ!」
お互いに譲れぬものがある。勝敗、命、プライドなど。
平行線での睨み合いが続くと、思われた。
「私も同じ考えです、閣下」
「ラミアス大尉……」
元々繋げている回線から、もうひとつの映像が映る。
どうやら最初から聞いていたらしく、彼女に同意してくれた艦長。
「突入限界点まで持ちこたえられれば、ジンとザフト艦は振り切れます」
「父さん、あたしは……父さん達を死なせたくないの。ナチュラルだとかコーディネイターだとか関係なく、みんなを助けたい」
二人の女性は、覚悟を決めた表情で紡ぐ。
少女の切なる願いに、メネラオスとアークエンジェルのブリッジ、ハンガーの皆は聞き入った。
「傲慢なのは分かってるし、難しいことも分かってる。でも望みがあるなら……あたしはそれに賭けたい」
「シオン……」
あぁ、そうか。知らない間に、娘は一人で歩き始めていたのか。
参ったという言葉がよく似合うと、どこか嬉しそうに。
「……まったく、わがままな娘に育ったものだ。それに相変わらず無茶な奴だな、マリュー・ラミアス」
「部下は、上官に習うものですから」
「今更なんだけど」
口元に笑みをたたえるハルバートン。
同じく微笑み返すマリューと、ふんっとそっぽを向くシオン。
片方は少々反抗的だが、真意は汲み取っていた。
「いいだろう、アークエンジェルは直ちに降下準備に入れ。限界点まではきっちり送ってやる。送り狼は、一機も通さんぞ!」
「はい!」
本当に実行できるかなんて分からない。だが、意気込みや目標は、時に力をくれる。
自分達は、自分達に出来ることをするだけ。
「おまえも絶対に、無理をするなよ」
「……ありがと、父さん」
先に切った艦長に続いて、シオンも通信を終わろうとした。
これが最後かもしれないと、心の隅でお互い感じたのだろう。
自分なりにふわりと微笑み、改めて感謝を伝えた。
生きてもう一度会いたい……ただその願いが、叶えられればよかったのに。
*