PEACE-03【地球降下作戦:前編】




「フラガ大尉はゼロで出るんだよ! だいじょぶだ終わってるー!!」

ハンガーの中は一際慌ただしい。
何故ならば、迎撃のために出撃する機体の準備が必要だからだ。

黒の小型戦闘機だって例外ではなく、担当であり搭乗者のシオンは、予め積まれていた自前PCを繋いで最終調整に入る。

「イスカ、ユニットの選別と射出タイミングは任せたよ」
「あい、あいさー!」

ものの数分で終わり、隣で画面を覗き込んでいた少女を見る。
ビシッと敬礼を返したイスカのおかげで、幾分か緊張が解れた気がした。
可愛さもあって、クスリと微笑む。

「おいお嬢! お前もそのオルカンシェルで出るんだろ? パイロットスーツはどうした!」

そこへマードック曹長が移動しながら声を掛けた。
問うた割にはメビウス・ゼロの準備に向かっていく彼だが、言われた内容に動きが止まる。

「……あ、やば。あたしのスーツ、荷物の中じゃね?」

前は急いでいたが為に、自室に保管していたスーツを使わず出撃した。
結局生身のまま宇宙空間に放り出されるようなことにはならなかったが、次はそうもいかない。
というより敵の実力も合わされば、最悪機体ごとお陀仏だろう。

勿論、そう簡単に殺られるつもりもないからこそ、着る必要がある。
だが今から荷解きをしつつ、探している時間もない。

「大丈夫ー、ここにあるよ! イスカがこっちに来る時に借りたんだー! ブカブカだったー」
「そ、そう……ありがとう。ストライクの裏で着替えてくる」

すると何処に保管していたのか、ジャーンと効果音でもつくくらいの衝撃で捜し物を取り出す。
若干驚きつつ、感謝を伝えて受け取り、隣のMSに移動。
はーい、という声を背中に聞きながら、ストライクの踵辺りにもたれた。

軽装型で身体にフィットするので、かさばる服は身につけられない。
ツナギを脱いでタンクトップとパンツだけのまま、スーツを着ていく。
因みにイスカは自分のツナギを持たされて運ばれた。

「(あたしが、このストライクを使えれば……なんて、無理な話よね)」

真ん中のチャックを上げながら、視線は真上に。
主を失った鉄の塊は、ただ黙ってそこに佇むだけ。
操縦するのは興味もあるし、使いこなせれば充分な戦力になるかもしれない。

「(父さん、それに整備班のみんな……こんな所で、死なせたくないのに……)」

彼女にとって、家族同然の仲間は沢山いる。いけ好かない奴も複数いるが。
それ以外の、顔も名前も知らない艦隊メンバーだって。
全員助けたいと思うのは傲慢だろう。どちらにせよ、ナチュラルだとか関係ない。

自分一人だけで戦況を変える力など無いことは知っている。
それでも悔しい……随分前に止めたはずの涙が、また溢れてきた。
指先で無理矢理弾き、深呼吸を何度かして、モビルスーツから離れる。

「お待たせ」
「おー! やっぱりそのスーツは、お嬢が一番似合うね!」
「……ありがとう」

カラーリングは基本のオレンジではなく、黒を基調とした専用スーツ。
父にわがままを言って支給してもらった記憶が懐かしい。

首から足の爪先にかけてはグレー、両肩から腕を伝って手の甲までは黒、脇から踵辺りまでが白で、ヘルメットも同じような色合い。
バイザーの上、額部分にはオルカンシェルにもあるカモメのようなマークがある。

可愛い妹分の満面な賞賛に、照れながらも礼を言う。
ただ、下着のみで全身タイツを着ているようなものなので、ボディラインはごまかせない。
先程からチラチラと感じる視線が痛い気がする。

「ん? お嬢、どうしたの?」
「あーいや、なんか見られてるなーって……」

その様子が気になったのか、イスカが首を傾げて聞いてきた。
誤魔化してもいずれ分かるだろうと思い、微妙な心境を伝える。

「そーじゃなくて……泣いたんだよね?」

だが、彼女が指摘したのは全く違った。さっき少しだけ涙が出たのに気付いたのである。
驚いて言葉が出てこなくなり、無言が続く。

先に動いたのはイスカの方。何歩か空いた距離を埋め、シオンの頭に手を伸ばす。

「だいじょーぶだいじょーぶ、シオンはだいじょーぶ! イスカもいるからねー!」

イスカとシオンは本当の姉妹ではない。血の繋がりは全く無いし、人種も若干違う。
つまりどちらも姉のような、妹のような存在。支えては支えられ、ここまで歩いてきた。

さっきシオンがしたように、今度はイスカが彼女を撫でる。
身長の関係で、ぽんぽんと軽く叩く感じだが。

「……うん、ありがと」

本当に、イスカが居てくれて良かった。目尻は震えつつも、微笑んで礼を言う。

願わくば、これからも二人一緒でいられますように。



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