PEACE-05【埋められない確執:前編】
――……ここは、どこ? 自分以外まっくらで、何も見えない……
ていうかあたし、何してたんだっけ? 確か、オルカンシェルに乗ってて……
てことは、あたし宇宙に投げ出された? でも、星も地球も見えない
なんなの……何か気味悪い。早くここから出なきゃ
でもどっちが出口なのかわかんないし、右も左も……
――……く……サ――
え……誰? 誰かいるの? 後ろから聞こえた気がするけど、誰もいないというか、何もない
と思ったら、白い何かが遠くに見えた。あれは……人?
走って近付くと、やっぱり人の背中だった。しかもそのスーツは、見知った背中で……
「父さん!」
やっぱり、父さんだ! 良かった、無事で――
その肩に触れようとした時、パンッという乾いた音と、掌に衝撃が走った
「とう、さん?」
「私に触れるな、汚らわしいコーディネイターが」
何を、言ってるんだろう。父さんがそんなこと、言うはずないのに
だけど振り払われた手の赤みは本物で、続く言葉が拍車をかける
「おまえの所為で、私を含め第八艦隊全てが壊滅した。まさか、忘れた訳では無いだろう?」
……そうだ。あたしは、アークエンジェルを地球に降ろすために……父さん達を守る為に、戦ったんだ
それなのに守るどころか、父さんさえも助けられずに……
「お前のせいだ」
「貴様さえ居なければ……」
「こいつが作戦をリークしたんじゃないのか!」
違う、違うよみんな! あたしは、あたしはっ……
そう訴えても、誰も聞いてくれない。誰もあたしのことなんて、助けてくれない
あたしの……あたしの、所為で……みんな……――
――な……れ、……――
だれ、この声……さっきから、聞こえる……父さんじゃない、誰かの……声……
見るのも嫌になって、頭を抱えてるあたしの耳に響く、男の人の……
コツコツと足音がした後、頭に何かが乗った感覚
これって、撫でられる時と、同じ……おそるおそる、顔を上げたら
その人の顔は、背後の光で見えなかった。いつの間にか、この場所に光が差してたんだ
不思議……知らないはずなのに、この人は敵じゃない気がする
その人は、あたしの涙を指で拭って立ち上がった。そしてあたしに手を差し伸べる
あたしは、その手に……――
* * *
――……あれ……ここ、は?……そっか……夢、だったんだ
ぼんやりした意識から覚醒出来たのは、見慣れない天井に手を伸ばしていたのが見えたから
それとなんとなく嫌味な男の声に、苛立ちを感じたのも
「今はとにかく水分取らせて、できるだけ身体、冷やしておく他ないでしょ」
やるべきことはないとでも言うような態度は、カーテンで仕切られていても分かる
医者のくせにそんな対応でいいの?……あ、イライラしてきた
ダルさはまだあるけど、ずーっと聞いてるのも嫌になってくる
腕を支えに身体を起こすと、足元に違和感があって
見たらそこには、イスカが突っ伏して寝てた。どおりで光が漏れてるわけだ
「うーん、おじょぉ〜……むにゃ」
未だ夢の中みたいだけど、幸せそうに眠ってるなぁ……降下の時酔わなかったのかな
ま、いっか。ぽんぽんと頭を撫でたら、嬉しそうな顔をした
「連中、とにかく俺達より遥かに身体機能は高いんだからさ、そう心配することはないって」
「そんな……」
そして相変わらず、悪意を感じる答え方
……この子が寝てて良かったわ。聞いてたら暴れだしちゃうかもしれないし
にしても、誰相手に話してるのかと思ったら、この声ってキラの友達の……
「そうだ、キラは……」
あたし、一番心配するべき人を忘れてた
キラはあたしを助けてくれたんだ。でなきゃここにいないもの
いるとしたら、反対側のベッドかな……確かめるために、分厚いカーテンへ手をかける
「見た目同じに見えるんだろうが、中身の性能は全然違うんだぜ?」
無意識に、その手が止まってしまった。
言われたことがなかったわけじゃない。もっとストレートな嫌味なんて、あっちじゃ日常茶飯事だったのに
どうしても、さっきの夢が頭から離れない
父さんにあんな態度を取られるなんて今までなかったけど、結局あたしは父さんのことを知らなさすぎた
真実がどうなのかを知ることも、本当の気持ちを聞くことも叶わない
「彼等が乗ってたコクピットの温度、何度になってたか聞いたか?」
「……いえ」
「俺達だったら、助かんないぜ? だからこんな熱くらいで……」
でも、あたしの知ってる父さんならこう言うとおもう
おまえはおまえらしくやれ、ってね
「だったらこれ以上、診察の必要もないですかね」
わざと被せて、思いっきりカーテンをたたむ
振り返ったフレイ、機械の近くに医者らしき男とサイ達
みんながみんな、すっごく驚いてた
「シオン!?」
「起きたのか!?」
今のあたしは体調が万全じゃないのもあったし、イライラしてたしで目付きが悪い
そのせいか、軍医がバツの悪そうな顔をする。自覚してんなら最初から言うなっての
チラリと正面のベッドに目を向けようとした時、フラガだ、入るぞ、と外で声がする
間髪入れずに入ってきたのは、何度か見なれた金髪
「フラガ大尉……」
一息つける存在になりつつある彼、ムウさん
入口の男が慌てて立ち上がってるけど、特に気にせずこちらを見た
「お嬢! 目が覚めたんだな、心配したぜ全く……」
「お世話かけました、大尉」
苦笑いしつつ、安心した表情に嘘は感じられない
はー、それだけでだいぶ落ち着ける
坊主は、まだみたいだな……と一瞥した所に、感謝も込めて頭を下げた
それと同時に、申し訳なさも含ませて。
「来てもらった所悪いんですけど、今日は休ませてもらってもいいですか」
「ん? あぁ、そりゃもちろん……」
「ありがとうございます。じゃああたしとキラ以外は出ていってくれます?」
「……え?」
誰かの疑問の声で、場の空気が固まる
正確にはあたしの所為なんだけど、おかしなことは言ってないでしょ?
「……耳障りったらありゃしないんですが」
だって、あんな奴がいる空間で休息取れるわけないもん
シーツから足を出して、裸足のまま立ち上がる
眠るキラの近くに移動しながら、ここにいる全員に聞こえるように零した
「フレイも、キラのことはあたしが見るからさ」
「え、でも……あなただって、休まないと」
「君だってずっと看病してんでしょ? 今休まないと倒れるよ」
「……わかったわ」
フレイの横にしゃがんで、彼女の顔を見る
納得してなさそうだったけど、なんとか折れてくれた
代わりに立ち上がったフレイから、ふわりと甘い香りがする
……あぁ、そういうこと。少し前にイスカが言ってた意味、分かったわ
ムウさんの声掛けで、ぞろぞろとみんな出ていく
最後にウインクのアイコンタクトをして、彼も出ていった
あたしの心境を理解してくれてるみたい……ほんと、頼りになるなー
今度何かしら、お礼しないとね。
*