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しっぽや(No.198~224)

side<ARAKI>

ミイちゃんのお屋敷で過ごす4日目の朝、俺は早い時間に目が覚めた。
鳥や蝉の鳴き声が聞こえ明るくなってきているが、スマホを見るとまだ5時前だった。
アラームが鳴るまで1時間以上ある。
流石に母屋のこの部屋ですることははばかられたし、白久と一緒に布団で寝ているシチュエーションが本当の旅行のように感じられ、横になってしゃべっているうちに早い段階で寝落ちてしまったようだ。
こんな時間に起きたのに、ぐっすり寝た後のように体力が回復しているのを感じていた。

俺が起きた気配で白久も起きて
「おはようございます」
そう言うとそっと唇を合わせてきた。
「はよ、白久、まだ寝てていいよ」
皆には眠り姫みたいな扱いを受けている白久だけれど、俺に併せてきちんと覚醒してくれる。
『姫って言うより、俺にとっては騎士だもんね』
そう思うと広角が上がってしまった。
「荒木が起きているのに私だけ寝ているなんて、時間がもったいなくて出来ませんよ」
白久の優しい眼差しにジッと見つめられ、俺は飼い主としての満足感を覚えていた。
「じゃあ、本格的に暑くなる前に散歩しよう
 この時期、飼い犬の散歩は早朝だもんね
 犬飼ってる人って大変だなー、家族で協力しないと難しいや
 家は絶対面倒みきれないから、白久だけが俺の犬だ」
そう言って起き出して着替え始めた俺を、白久は輝く瞳で見つめていた。


着替えると言っても、Tシャツにジーパンと言ったラフな格好だ。
白久も俺に併せて同じ服装をしている。
流石に町中じゃないから汚れそうなので白い服はやめて、離れを造ってくれた和泉先生に敬意を表し、お揃いシリーズの濃いめの色を選んだ。
もう起き出して作業をしている犬も多く、廊下を歩きながら俺たちは挨拶してすれ違っていった。
「白久が昼前に起きてる」
朝に活動している白久は、皆に奇異の目で見つめられていた。

玄関でスニーカーを履き庭の方に向かっていくと、白久が何かを聞くように辺りを見回していた。
俺には鳥や虫の声しか聞こえてこない。
「三峰様がお呼びのようです」
白久は神妙な顔で言い庭の奥に視線を向けた。
俺もつられてそちらをみたが、誰の姿も見えない。
「俺も行って良いのかな」
戸惑いながら白久に聞くと
「むしろ、荒木の方をお呼びのようですよ」
白久は守るように俺の肩を抱き、目的地に向かって歩き出した。


「この辺りは、私も来たことがありません
 何しろ山一体が庭のようなものですから、早くにしっぽやに移動した私やクロはあまり詳しくないのです」
白久が緊張しているのが、抱かれた肩越しに伝わってくる。
「しかし何故でしょう、来たことがないはずなのに見たことがあるような気がします
 古い古い記憶の中で、私はこの道を歩いた…?
 そうか、この場所から遡り、荒木へとたどり着いたのです
 道順が逆なので気が付きませんでした」
その後の白久の足取りはしっかりしたものになり、直ぐにこんもりと木が茂っている場所にたどり着いた。
木陰のせいか、もう日が昇っているはずなのに薄暗い場所だった。
木の奥に白い人影が見え、俺は思わず白久に抱きついてしまう。

「荒木、白久、ご足労いただきありがとうございます」
小さな白い人影が近寄ってくると、それは真っ白な薄い着物をまとったミイちゃんだった。
「ミイちゃんか、ビックリしたー、お化けかと思ったよ」
俺は脱力しつつも、まだ白久にしがみついていた。
「驚かせてしまいましたか、すいません」
もう1つの大きな白い人影、波久礼が近づいてくる。
「白久は気配で分かったろうに、飼い主に説明して安心させなければ駄目だろう」
咎めるように言われ
「すいません、場所の方に気を取られていて気付くのが遅れました」
白久は大きな体をシュンとさせた。

「無理もないわ、この場所には2度と戻ってこないのが通例なのだから
 波久礼には私の補佐で、何度も出向いてもらっているので珍しい場所ではないでしょうけど
 母胎には本来戻れない運命(さだめ)なのよ」
ミイちゃんの言葉に、俺はハッとなる。
「母胎…?」
木々の奥に一際暗い闇が見えるが、あれはもしかしたら
「化生の皆が出てきたって言う、トンネル…隧道…なの?」
だとしたら、ここは白久の第2の出生地のようなものだった。

「ご明察の通りです
 荒木、今回は新たな化生の誕生に立ち会ってください
 多分、私たちだけでは上手くいかない、そんな気が強くします
 貴方が訪れてくれたタイミングで産まれる子、貴方と日野の助けが必要なのです」
頭を下げるミイちゃんに、俺は驚いてしまう。
しかし白久と波久礼も驚いているようだった。

「化生誕生の場に人間が立ち会うなど、今まであったことがありません」
「荒木には日野のように特殊な能力はないのですよ
 荒木に危険が及ぶような事態には、三峰様の頼みとは言え賛成できかねます」
2人は語気を荒げて大ボスに物申すのであった。


「2人とも落ち着きなさい
 人と縁を繋ぎたい化生が、人が居ることを不快に思ったりはしませんよ
 危害を加えようとするなんて、以ての外です」
ミイちゃんに優しく諭されて大型犬達は我に返ったようだった。
「ですが、化生したてはまだ意識が混濁しておりますし
 ひどく怯えてしまうかもしれません」
なおも食い下がる波久礼に
「それは、羽生が貴方を見て腰を抜かしたことを言っているのかしら
 小さな子猫には貴方の顔と巨体は、恐怖でしょうからね」
痛いところを突かれた波久礼は情けない顔で白久を見た。
「本当に危険はありませんか
 化生したばかりの者ともめるのは、私も本意ではありません」
白久は頼もしく宣言し、俺に回した腕に力を込めた。
「貴方のそれは、生まれたばかりの愛らしい子犬に飼い主の興味が移ったら困るという大人げない心配ですよ」
ミイちゃんの言葉で、白久の腕の力が抜けていった。

「では、参りましょう」
意気消沈する大型犬と展開がよくわかっていない人間を従えて、狼は隧道を進むのだった。



トンネルの出入り口からの明かりは、直ぐに届かなくなった。
しかし、電球が灯す明かりで夜目の効かない人間の俺にも辺りが見える。
「以前は松明を使っていたのだけれど、酸欠や火災の危険があると和泉に言われて電気をつけるようにしたのよ」
辺りを見回していた俺の疑問に答えるように、ミイちゃんが教えてくれた。
天井を見ると煤で焦げた跡があり、松明を使っていた時代の名残が感じられた。


ピチョーン…

時折、水滴が落ちる音が響く。
地下水が染み出ているようだ。
半袖なのが寒いほど、洞窟の中は温度が低い。
「冷た!」
首筋に滴(したた)ってきた滴(しずく)は氷のようだった。


暫く歩くと、少し広く丸い広場のようになっている場所に出た。
その奥にも洞窟があり、今まで歩いてきたものより細い道が続く。
そちらには電気が通ってないのか、奥は真っ暗闇だった。
『懐中電灯とかで照らしながら行くのかな』
少し不安になるが、ミイちゃんは広場から動こうとしない。
白久も波久礼も細い洞窟を見つめ、神妙な顔をしていた。

どれだけの時が流れただろう。
「…?遅いわね」
ミイちゃんが呟いた。
「大丈夫よ、こちらにいらっしゃい
 ここが貴方の新しい居場所になるの」
ミイちゃんが優しく声をかけると、闇の中のかなり高い位置に顔がヌッと出てきた。
が、すぐに引っ込んでしまう。
暫くすると恐る恐る、と言った感じでまた顔が現れるが、同じように直ぐに引っ込んでしまった。
かなり高い位置に顔があり、波久礼と同じくらい、下手すると彼より大きいかもしれなかった。
猫ではあり得ない、超大型犬といった感じだ。

「俺が居るから怯えちゃったかな、飼い主以外に人慣れしてないのかも
 おいで、大丈夫、怖いこと何にもしないよ
 ちゃんと顔見せて、仲良くしよう」
俺は出来る限り優しい声で話しかけた。
また出てきた顔は俺を見て少し笑ってくれたようだったが、波久礼と白久に気が付くと慌ててまた引っ込んでしまった。
波久礼も白久もポカンとして顔があった辺りを凝視している。
「これは、あれね…」
ミイちゃんのため息混じりの呟きの後を
「うん、大型犬のこと怖がってるみたい…」
俺が続ける。
新しい化生は、大型犬を怖がる超大型犬のようだった。

超大型犬に怯えられたショックを隠しきれない白久と波久礼を後ろに下がらせ、俺とミイちゃんが再度声をかけてみることになった。
大型犬達が側にいないことに気が付くと、今度は顔が直ぐに引っ込むことはなくビクビクしながら辺りを警戒し、キョロキョロと見回し始めた。
体はまだ洞窟から出ていなくてよく見えないが、背は高いがとてもスリムな体型のようだ。
電球の柔らかな明かりに照らされた頭髪は短く、白い。
その白い毛の中に黒い斑模様があるのが特徴的だった。
『101的な毛色、ダルメシアン?
 でもダルメシアンって、あんなに大きく無かったような…?』
普通にしていればかなりの強面なのだろうが、怯えた瞳が彼を弱々しく見せている。
目の周りの黒が濃くヴィジュアルバンド系なのに、マンガに出てくる寝不足の人とか血色の悪い人に見えていた。

「貴方は化生しました、これからはその身体、この場所で新たな飼い主を見つけなさい
 名前は伊古田(いこた)になります」
ミイちゃんが凛とした声で言い放つと、顔はまた引っ込んでしまう。
「困ったわ、もしかして私のことも怖いのかもしれないわね
 この隧道から連れ出すのに、何時間かかるのやら」
ミイちゃんはため息を付くが何かに気が付いたように俺を見て
「ああ、そのための荒木なのですね」
納得した顔でそう言った。
「この子、人間のことは好きみたい
 先ほど貴方を見て微笑んだでしょう
 荒木、隧道から出てくるように説得してください」
ミイちゃんはとんでもないことを頼んできたのだった。
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