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しっぽや(No.198~224)

side<ARAKI>

ミイちゃんのお屋敷で過ごす楽しい夏休みが始まった。
初日の美味しい夕食を堪能し、道の駅で買ったお土産を皆で食べながらワイワイ過ごすのは何だか修学旅行のノリを思わせた。
日野に言うと
「確かにそうかもな
 でも、先生の監視の目が無いからもっと自由だぜ」
満面の笑みでそう答える。
「武衆の犬達にとってはミイちゃんの監視の目があるけどね
 とは言え、ミイちゃん俺達には甘いから良いか」
俺も笑いながらそう言った。


ひとしきり雑談を楽しみ、俺と白久は離れに向かう。
「皆と居るのも楽しいけど、白久と2人っきりも楽しい」
俺は白久の腕に自分の腕を絡め寄り添って歩いていた。
「私も同じです、今も飼い主と夜の散歩を楽しんでいる気分ですよ」
「庭の中なら夜でもそんなに危なくない?
 星が凄くきれいだからもうちょっと歩きたいな」
俺の言葉に
「はい、私が居ますので荒木を危険な目にはあわせません」
白久は頼もしい返事をしてくれた。


回りに明かりがないせいか、山の上でいつもより星に近いせいか、夜空の星がくっきりと大きく見える。
「あれって、天の川かな?
 こんなに大量の星、プラネタリウムでしか見たことなかった
 まあ、街にいるときは夜空自体見上げないけどさ
 それに、月がこんなに明るいなんて初めて知ったよ
 月明かりで夜道を歩くって、こんな感じなんだね
 前に来たときは庭の緑ばっか気にしてて、もったいないことしたな」
飽くことなく夜空を見上げる俺に
「雪の時期は無理でも、またこちらに来てください
 荒木にとって新たな発見があるように、武衆の犬達にとっても人間との触れ合いは良い効果をもたらすようです」
白久は穏やかにそう言った。
それはきっと料理番の2人のことだろう。

「うん、遊びに来させてもらう
 でも和泉先生だってよく来てたんじゃないの?」
「和泉はあまり武衆の犬と交流していなかったようです
 久那が他の犬を寄せ付けなかったみたいですね」
白久は少し苦笑していた。
「久那って和泉先生に対して本当に過保護だね」
「私も荒木をそのように扱った方がよろしいですか?」
「いや、俺も白久には十分過保護にしてもらってる」
たわいもない話しをしながら2人で夜の庭を散歩するのは、少しだけ非日常感がして楽しかった。


離れに戻ると、既に日が変わっていた。
「夜の散歩デート、楽しかったね
 モッチーは夜の山は怖い、って言ってたけど白久と一緒だから平気だったよ
 でも、運転するのは怖そう」
「荒木との散歩デート、とても楽しかったです
 三峰様ほどではありませんが、私も荒木にアヤカシを寄せ付けないよう気を配っております
 こちらの庭は三峰様の守りが強いので、山の中ですが清浄な場です」
俺達は並んでベッドに腰掛け、窓から月を見ていた。
月明かり以外の部屋の照明はベッドサイドのランプのみだ。

ふと、会話が途切れて白久に目を向けると、彼は熱い瞳で俺を見つめていた。
白久の整った顔、なめらかな頬、美しい瞳、柔らかな白髪、それらがほの明かりの中に幻想的に見えている。
形の良い唇が俺に近づいてきて、そのまま唇をふさがれた。
しがみつくように両腕を彼の肩に回し、さらに深く繋がろうと舌を差し入れるとそれに応えてくれる。
ベッドにそっと押し倒され服を脱がされていく。
「んん…ふっ…」
合わせた唇から甘い期待の吐息が漏れるのを、抑えることは出来なかった。
唇を合わせる合間に自分も服を脱ぎながら
「とても緊張して日野の運転を見ておいででしたので、自分で運転なさらずともお疲れになったでしょう
 あまり激しくしない方がよろしいですか」
俺の耳元で白久がささやき声で問いかけた。

俺は首を振って否定すると
「思いっきりして、だって…
 白久とまたここで過ごすの、楽しみにしてたから
 …いっぱいしてもらいたい」
そんな大胆なお願いをしていた。
「荒木の望むままに」
白久はそう答えると唇を移動させ体中を刺激していく。
それに併せるように指での刺激も忘れなかった。
『白久のテク、どんどん上達していく
 誰と情報交換して学習してるのか、考えるとかなり恥ずかしいな…』
それでも、飼い主を喜ばせようとしている愛犬の努力はとても嬉しかった。

何度も繋がり快楽の海に溺れながら、2人の想いは深まっていく。
いつ眠りに落ちたのかも判然としなかったが、確かな満足感が体中に刻み込まれているのは確かだった。



月を見ていたのでカーテンを閉じないで寝てしまったため、早朝の朝日と虫や鳥の鳴き声で意識が浮上する。
しかし、まだこの幸せな微睡みを楽しみたかった俺達はスマホのアラームをかけ、カーテンを閉ざして優雅な2度寝を楽しむのであった。




再度アラームに起こされた俺達はシーツを洗濯機に入れ、シャワーを浴びてから母屋に向かう。
母屋ではとっくに朝食を食べ終えている犬達が、屋敷内の掃除をしていた。
その中にハスキーの姿は見あたらない。
「おはよ、荒木
 陸と海は買い出しに行ってるよ
 残った犬達は荒木達のブランチに合わせて揚げたパン耳食べるって、楽しみにしてるぜ
 俺も楽しみ、ブランチのサンドイッチもね」
楽しげに笑う日野に
「はよー、日野
 お前、普通に朝ご飯も食べたんだろ?」
俺はそう聞いてみた。
「いや、ブランチのために丼飯5杯しか食ってない
 その後少し黒谷と山の中走ってきたから、もう腹ペコだよ
 今なら2斤分くらい食えそう」
「修学旅行じゃそうそう食べてばっかじゃいられないから、お屋敷の方が楽しいんじゃない?」
「確かに」
朝から日野とするバカ話は、とても楽しいものだった。


ブランチのサンドイッチを食べながら、今日の予定を話し合う。
「前の時みたいに今日も海が魚を捕るのを手伝おうと思ってたんだけど、まだ帰ってきてないんだね」
俺はパン耳に狂喜乱舞している武衆の犬達を見回した。
「今日はあいつらに、みっちりお使い頼んだからな
 5往復はしてもらう」
追加でトーストサンドを持ってきた料理番が、俺の呟きにニコヤカに答えた。

「魚なんか捕らなくても、川で遊ぶだけで楽しいんじゃないか?
 せっかく来たんだから、ノンビリ遊んでいきな
 川で冷やしたスイカなんて食ったことないだろ、黒谷、厨房に置いてあるやつ1個持ってっていいぜ
 後、人間に川の水は飲ませない方が良い
 水筒に冷えた麦茶入れといてやるからそれも持って行きな
 そうだ、1時過ぎに弁当届けに行くよ
 外で食うと、より美味いからな」
そのありがたい申し出に、思わず俺と日野が歓声を上げる。
「色々ありがとう」
お礼を伝える俺達を見て料理番は少し切なそうな顔になり
「あのお方のお子さま方も、弁当が大好きだった
 学校が休みの日、近所の河原にオニギリを持って俺の散歩がてら出かけたりしたもんだ
 そのとき分けてもらったオニギリは格別だったよ
 2人を見てると、お子さま方を思い出すんだ」
俺も日野も、彼の生前を思い胸が痛くなった。

「犬の時は色の区別が付かなかったけど、あのお方が大奮発して買った黒と赤のランドセルを背負って、楽しそうに学校に向かわれていたっけ」
続く彼の言葉で俺と日野の動きが止まる。
『彼の飼い主の子供って、小学生…』
『しかも、時代を鑑(かんが)みるに今よりずっと発育が良くない子供達っぽい』
犬にとってすら自分達の姿が小学生を想起させることに地味なショックを受けつつも、川遊びを楽しみにしている今の状況は確かに小学生のようだと思うのだった。



食べ終わって一息入れると、荷物の用意をして早速川に向かっていった。
去年、皆で海に行ったときに買った海パンを履いて川に入る。
深い場所ではなく踝(くるぶし)の上辺りまでしか水が流れていない。
川底の石で怪我をすると危ないと言われ、ビーサンを履いて少しずつ進んでいく。
海と違って苔が生えている石の上は滑りやすく、どうしてもへっぴり腰になってしまう。
俺より運動神経の良い日野も同じように歩いていて少しホッとしてしまった。
犬達は俺達より普通に歩いていたが
「やはり、川は4本足で歩くよりバランスが取りにくいですね」
「海では特に感じなかったんだけどなー、淵を泳いだ方が楽そうだ」
そんなことを言い合っていた。

「前に来たとき、こんなに滑りやすかったっけ」
「暑くなってきて苔が増えたのかも
 でも水は冷たいや、流れてるからかな
 スイカがよく冷えそう」
俺達は歩くことに慣れてきて、やっと川を楽しむ余裕が出てきた。
流れる水の中に時折、銀色の光が走っていく。
「魚だ、今の結構大きかったんじゃない?」
「網がないと捕れそうもないね、素早かったし」
日野の言葉が黒谷の狩猟本能に火を付けたらしく
「網が無くても捕れるかどうか試してみましょう
 シロ、手伝ってくれ」
そう言うと張り切って歩き出した。
「私に出来ますかね…」
白久はちょっと戸惑いながらも黒谷に続いていった。
「白久ならきっと出来るよ、秋田犬だって狩猟犬なんだしさ
 川での猟が主体じゃないけど」
俺が励ますと
「頑張ります」
白久は明るい顔で答えてくれた。

とは言え、やはり網がないと泳ぐ魚を捕まえるのは難しい。
「手で触れることは出来るのですが、掴もうとするとスルリと身をかわされてしまって」
難しい顔の黒谷に
「触れるだけだって凄いよ」
日野は彼の腕を優しく叩いて慰めていた。
「カジカくらいならいけると思ったんだけどなー
 シロ、僕より少し上流の大きめの石を動かして、追い立ててくれ」
「わかりました」
獲物を狙う犬達の真剣な顔が格好良くて、俺と日野は少し見とれてしまうのだった。
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