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◆しっぽやプチ話◆

      大麻生の秘密

side<URA>

「今日も1日お疲れさま」
しっぽやから影森マンションの部屋に帰ってきた俺たちは、夕飯のテーブルを囲んでいた。
ソウちゃんがあまり酒を飲まないから俺も飲まなくなっていて、部屋では『酒よりも夕飯優先』になっているのだ。
そして夕飯の後のお茶は、緑茶よりミルクティーが主になっていた。
以前の俺は仲間とつるんで酒飲んでバカ話して、その場の1番の権力者とシケこむのが常だったから、今の自分の状態が健全すぎて不思議だ。
でも今は、お茶しながら彼とたわいのない話をすることに、幸せを感じているのだった。

「ソウちゃんって別に、甘いもの嫌いって訳じゃないんだ」
ひろせお手製のチョコクッキーを食べ、俺の淹れたミルクティーを美味しそうに飲む彼を見て、今更ながらそのことに気が付いた。
甘くないミルクティーが好きだし、以前にひろせがケークサレを作ってくれていたので、ソウちゃんは甘い物が好きじゃないのかと思っていたのだ。
「甘い物は好きですよ
 ただ、何かを食べながら飲む物は甘くない方が好きなのです
 甘い物を食べながら甘い飲み物を飲むと、流石にクドく感じてしまって
 食事中も、ご飯に甘い飲み物はちょっと」
彼は苦笑してみせた。
「あー、飯食いながらジュース飲むとかダメな人と一緒か
 ガキの頃、ご飯中にコーラ飲みたいとか言って、爺ちゃんに怒られたりしたっけなー」
俺は昔を思い出し、同じように苦笑する。
ソウちゃんは爺ちゃんに飼われていた時期があるから、それに影響されているんだとその時の俺は思っていた。


その晩も、ソウちゃんと濃厚なエッチをして、彼の腕の中で幸せな眠りについていた。
ふと意識が覚醒する。

部屋の中はまだ薄暗く起きる時間には早すぎたし、暖かいソウちゃんの腕の中から抜け出す気はなかったのだが、彼より先に目が覚めることは珍しい。
『寝直す前に寝顔を拝んじゃおう』
そんな軽い気持ちでそっと腕の中から伸び上がり、ソウちゃんの顔をのぞき込んだ。

『寝顔も、格好いい』
親バカ丸出しで、俺は彼の寝顔をうっとりと見つめた。
額にかかる黒髪をそっとかきあげてみる。
『桜ちゃんみたいに、完璧にセットするオールバックも似合いそう』
そんな想像をして、彼の額に自分の額を押しつけた。
とたんに世界が一変する。

俺は、ソウちゃんが犬として生きていた過去の世界を見ることになった。




深夜、不意に家の明かりがついて、ソウちゃんの飼い主の『タロー君』が庭に出てきた。
予期せぬ時間の飼い主の登場に気が付いて、犬舎の中でシェパードのソウちゃんのテンションが上がる。
「アソート、起こしてごめんね」
そう言いながらタロー君は犬舎の鍵を開け、犬を庭に出してやった。
「一杯、やるかい?」
タロー君は悪戯っぽそうに笑うと、持っていた犬用の皿に魔法瓶から液体を入れる。
「さっき淹れたばかりでまだ熱いんだ
 待て」
皿を地面に置いても、犬は命令に従って口を付けようとはしなかった。
タローくんもカップに同じ液体を注いでいる。
それからフーフーと息を吹きかけ少し冷ました液体を、美味しそうに口にした。

「ヤマさんから借りた小説読んでたら、止まらなくなっちゃってさ
 最近忙しくて本屋に行けないから、貸してもらえるのありがたいんだ
 ヤマさんが選ぶ本って、面白いんだよ」
タロー君は少年のように笑った。

「推理小説を借りたから『犯人が分かるまで』って読み始めたら、今度は犯人がその犯罪を犯した理由が気になって、結局一気読み
 犯人のやりきれない思いに共感しちゃうこともあるけどさ、やっぱり『犯罪』を犯すのはダメだよね
 そんな思いを抱く人がなくなるような社会を目指したい、なんて甘ちゃんな考えかな
 僕たちがそんな社会を作る手助けが出来れば良いけど」
犬は真面目な顔で飼い主の言葉を聞いていた。

それからタロー君はひとしきり作品の感想を犬に伝え
「もう冷めたかな、よし」
と、お預けの命令を解いた。
犬が美味しそうに皿の中の液体を舐める。
『そうか、あれ、ミルクティーだ
 犬に分けるつもりだから、砂糖は入れてないのか
 ソウちゃんにとって、この時間は宝物だったんだ
 だから甘くないミルクティーって、ソウちゃんにとって特別な飲み物なんだね』
遠のいていく彼の過去を見て、俺はそれに気が付いた。



数日後。
「今日の紅茶は、ひと味違うと思うぜ」
夕食後、俺は張り切ってソウちゃんのためにミルクティーを作る。
「この香りは」
彼はハッとした顔になり、一口それを飲んで
「あのお方が作ってくださったものに近い味です!」
驚いた声を上げた。
「婆ちゃんが飲んでる紅茶使ったんだ
 スーパーのありきたりな紅茶とか、盲点だったぜ
 良い茶葉で作ることばっか考えてたよ」
思わず苦笑してしまう。
赤と黄色がトレードマークの、昔ながらの紅茶。
時代を考えると、独身男性が使う紅茶は限られていたことに流石の俺も気が付いたのだ。

「今度から、毎回それで淹れようか」
そう聞いてみると
「これは懐かしくて涙が出るほど美味しいものですが…
 今は、ウラが自分のために選んでくださったもので淹れてもらう物が美味しいです
 飼い主の愛が詰まっていますから
 それとも、舌が肥えてしまったのでしょうか」
ソウちゃんは俺を見て優しく微笑んでくれた。

『以前の飼い主より、俺を選んでくれている』
彼の答えは、俺の自尊心を大いにくすぐってくれるものであった。
俺はソウちゃんに抱きついて
「じゃあ、これからもカズハ先輩に教わって研究を重ねるよ
 俺が、ソウちゃんの飼い主だもんな
 飼い犬の好み、把握しなきゃ」
そう言って彼にキスをする。
「自分は、幸せな飼い犬です」
ソウちゃんは俺を抱きしめて、頬をすり寄せた。
「自分も飼い主の好みを把握するため、今夜も色々教えていただけますか」
耳元で熱く囁かれ
「ソウちゃん最高の生徒だから、教えがいある」
俺も熱く囁き返す。

その夜も、俺達は熱い時を共にするのであった。
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