しっぽや(No.225~)
side<NOSAKA>
僕が好きになった大きくて強面で気弱で小食な伊古田の生前は、犬だった。
彼のような存在が働く場所が『しっぽや』だと伊古田が教えてくれた。
ハンパないイケメンオーラを発しているしっぽやの所員は、皆、獣の生まれ変わりらしい。
生まれ変わり、と言うより獣の存在そのものが変化していて、総じて『化生』と言うそうだ。
転生ともまた違う気がする、不思議な存在なのだった。
想いを伝え合った僕たちは浴室で何度も繋がりあって愛を確かめた。
温かい場所で激しい運動をしたため半分ノボセたような状態で、僕達は部屋に戻る。
さすがに熱い物を飲む気になれず、常温のペットボトルのお茶を2人で分け合って一気に飲んでしまった。
窓の外は暗くなっており、すっかり夜になっている。
伊古田の過去を見ていた時間もあったが、何時間も愛し合っていたのかと思うと今更ながらに恥ずかしくなってきた。
それでも僕を見て嬉しそうに微笑む伊古田が可愛くて、今まで感じたことのない安らいだ幸せな気持ちがわいてくる。
伊古田は格好良くて愛らしい最高の犬だった。
「もうこんな時間だ、お腹空いたけど伊古田は?」
「僕もお腹ペコペコ、今ならいつもより多く食べられそう」
伊古田はお腹をさすって照れたように笑っている。
「雨は止んでるみたいだね、外に何か食べに行こうか」
本当はしばらく伊古田と2人っきりで甘い時間を過ごしていたかったが、そう誘ってみた。
「今って、緊急事態かな?」
伊古田のそんな返事の意味がわからず首を傾げてしまう。
「あのね、台風の時とか疲れてるときとかは、カップラーメンがごちそうになるんだって白久が言ってた
台風の時に荒木と食べたカップラーメンが凄く美味しかったって
日持ちするから保存食として置いておくと良いって教わったから、何個か買ってあるんだ
それ、食べてみない?」
彼は窺うように聞いてくる。
「そう言われると、美味しそうだね
また半分こしようか、今なら3個くらい作っても食べきれそう」
僕はワクワクしながら答えた。
母親に添加物や保存料が体に悪いと言われ、家では口にしたことはなかったが、遊びに行った友達の家で食べたことはある。
遊び疲れた後に食べるカップラーメンが、やけに美味しかった記憶があった。
身体が疲れている今、伊古田と一緒に食べるそれは美味しいに決まっている。
僕達は早速お湯を沸かし、どれを食べようか選び始めた。
「卵があるから、それも入れてみる?」
伊古田に聞かれて僕は黙り込んでしまった。
どのタイミングでどうやって入れれば良いか知らなかったのだ。
今までだったら適当に誤魔化す言葉を口にしていたろうけど、伊古田に対してはそれはしたくなかった。
正直に伝えたら
「野坂にも知らない事ってあるんだ」
そう言って酷く驚いた顔をしていた。
けれどもそれをバカにすることなく
「好きなタイミングで入れて良い、って白久は言ってたよ
始めから入れておいて少し固めて食べるのが荒木の好みだから、自分もそうしてるって
出来上がってからのせて、麺と絡めながらも美味しいって空は言ってたなあ
僕は食べてみたことないから、いつ入れたらいいかよくわからないんだ
野坂と一緒」
そう言って笑っていた。
「半熟っぽいの美味しそう、最初から入れてみようか
1個だけ後からのせて食べ比べるのも良いね」
「うん」
僕達は塩味、醤油味、味噌味を選び、麺が延びないよう1個ずつ作って分け合って食べた。
子供の時に食べた物より遙かに美味しく感じ、それは初めて結ばれた記念日の思い出の夕飯として満足する味だった。
「伊古田はしっぽやで皆に親切にしてもらってるんだね」
食後にカフェオレのペットボトルを分け合いながら僕はそう聞いてみた。
スープまで全部飲んでしょっぱくなっていた口の中が、カフェオレの甘みで緩和されていく。
「うん、皆色々教えてくれるよ
僕に飼い主が出来たって知ったら、きっと喜んでくれる
しっぽやの犬は大きくても怖い犬じゃないんだ」
伊古田が嬉しそうに言っていた。
「それにしても、随分と都合良く僕のいる大学の学園祭に伊古田が来てくれたね
運命?よりはもっと合理的な解釈があるのかな」
不思議がる僕に
「荒木と近戸には大学に僕が飼って欲しい人が居るってわかってたみたい
だから学園祭に連れて行ってくれたんだよ
荒木は凄いって、いつも白久は言ってる
僕もそう思う、だって野坂に会わせてくれたもの」
伊古田は答えた。
でも少し声をひそめて
「でもね、可愛くて頭が良いのは野坂の方が上だよ」
そう言い足して微笑んでいた。
僕に対しての伊古田の特別発言は、いつも満足感を与えてくれる。
「明日、しっぽやに行って良い?
荒木が居たら、お礼が言いたいから」
僕の問いかけに
「うん、僕も野坂のこと皆に自慢したい
しっぽやに一緒に行けるの嬉しいな」
彼は顔を綻ばせてくれるのだった。
翌日、昼の時間に皆で摘めるようにとお寿司を買い込んで、2人でしっぽやに向かった。
最初は昼前に行こうと思っていたが、朝起きてからまた伊古田と繋がりあっていたので予定していたより遅くなってしまったのだ。
自分がこんなに淫らな人間だった事に、僕自身も驚いていた。
こんな形で新しい自分を発見することになるとは、夢にも思わなかった。
伊古田と居るのは新鮮な驚きに満ちた、刺激的なものだった。
コンコン
伊古田がノックして扉を開けると、事務所内にいた人たちに一斉に注目された。
「僕ね、野坂に飼ってもらえることになったよ」
開口一番に伊古田が伝えると、場の空気が緩み
「おめでとう」
「やったな」
「良かった」
次々と安堵と祝福の言葉が投げかけられる。
それだけで伊古田がここで皆に愛されているのがわかり、犬だったときの悲惨な生活を見たことのある僕はホッとした。
あの時に一緒にいた犬達は仲間と呼べるものではなく、数ヶ月で次々に死んでいた。
ここで彼は初めて仲間が出来たのだ。
『犬は群で住む』くらいの知識はあったので、伊古田を受け入れてくれる群があることは僕にとっても嬉しいことだった。
「あの、伊古田の飼い主の野坂始です
これからよろしくお願いします
これ、皆さんでつまんでください」
僕がそう言って寿司のパックが入っているビニール袋を差し出すと
「わーい、寿司だ寿司だ、伊古田の飼い主、良い人だー」
顔の怖い大きな人が袋を受け取って浮かれていた。
「空、1人で食べないように、だいたいさっき大盛り牛丼弁当3個も食べていたではないか」
大麻生さんが窘(たしな)めるように言うが
「寿司はデザート」
彼は気にした様子もなく控え室のプレートがかかっている扉に消えていった。
「伊古田のこと、よろしくお願いします」
大麻生さんが丁寧に頭を下げ、その後を追っていく。
他の者達も
「可愛がってあげてください」
「伊古田に飼い主が出来て嬉しいです」
「これからよろしくです」
僕に好意的な視線を向けて頭を下げると、控え室に消えていった。
「ありがとうございます、伊古田のことは化生直後から知っているのでとても嬉しいです
さあ、伊古田とシロも寿司のご相伴に預かろう」
最後に黒谷さんが2人を伴って控え室に向かう。
聡い人(犬?)だ、僕が荒木に用があるのに気が付いてさりげなく人払いしてくれたようだった。
僕は改めて荒木に向き合い
「伊古田を学園祭に連れてきてくれてありがとう」
心からのお礼を言って頭を下げた。
荒木は学校では僕に対して見せたことのない優しい微笑みを浮かべ
「こっちこそ、伊古田を飼う決意をしてくれてありがとう」
そう言って頭を下げてくれた。
「もう、彼の過去は見たんだよね
全てを悟った顔で伊古田のこと見てたもの
正直、野坂は伊古田の正体知ったら怖がるか変に特別視するんじゃないかって不安も感じてたんだ
ごめん」
バツの悪そうな顔をする荒木に
「特別視はしてるよ、だって伊古田以上に可愛いくて格好良い化生っていないじゃない」
僕はそう言って舌を出して見せた。
荒木は呆気にとられたような顔をしていたが、やがて笑い出した。
「だから、伊古田を『可愛い』って称せるとこがマニアックなんだって」
「でも事実だからしょうがないじゃん」
僕達は知り合ってから初めて、上辺だけではなく心から分かり合った気がした。
その感覚は、とても心地よいものだった。
「改めて、これからもよろしくな
同じ化生飼いどうし、化生の幸せのために頑張ろう」
「うん、これからもよろしく
不安がないわけじゃないんだ、僕は動物を飼ったことがなくてその辺の知識が乏しいから色々教えてもらえると助かるよ
これ以上、伊古田に辛い思いはさせたくないから
彼はやっとあの地獄みたいな環境から抜け出せたんだ、幸せにしてあげたい」
僕の決意を感じたのだろう、荒木は頼もしく頷いてくれた。
「俺にわかることなら何でも教えるよ
ここには日野が買い揃えた図鑑や資料が色々置いてあるから、よかったら目を通してみて
お前、読書好きだしネットで調べるより紙の本の方が馴染みがあって良いんじゃない?」
荒木に先導され近寄った棚には、大判の書籍が何冊も置いてあった。
荒木はそのうちの1冊を手に取りページをめくると僕に差し出した。
「伊古田はグレート・デーンって犬種で毛色はハールクイン
超大型犬だけど、優しい巨人って言われるほど穏やかで社交的な性格なんだ
まあ、個体差もあると思うけどね、伊古田はズバ抜けて臆病だし
過去が過去だから仕方ない面もあるのかな」
荒木に差し出された本に載っていた犬の写真は過去の伊古田にそっくりで、今の伊古田にも似ていた。
スリムな体型の犬ではあるが、過去の伊古田はもっと痩せていて肋骨にかろうじて皮が付いている状態だった。
『健康に育てられていれば、こんな感じだったんだ』
伊古田に対して切ない思いが募っていく。
今の伊古田も痩せているから、せめてもう少し太らせないと、と僕は心に誓うのだった。
僕が好きになった大きくて強面で気弱で小食な伊古田の生前は、犬だった。
彼のような存在が働く場所が『しっぽや』だと伊古田が教えてくれた。
ハンパないイケメンオーラを発しているしっぽやの所員は、皆、獣の生まれ変わりらしい。
生まれ変わり、と言うより獣の存在そのものが変化していて、総じて『化生』と言うそうだ。
転生ともまた違う気がする、不思議な存在なのだった。
想いを伝え合った僕たちは浴室で何度も繋がりあって愛を確かめた。
温かい場所で激しい運動をしたため半分ノボセたような状態で、僕達は部屋に戻る。
さすがに熱い物を飲む気になれず、常温のペットボトルのお茶を2人で分け合って一気に飲んでしまった。
窓の外は暗くなっており、すっかり夜になっている。
伊古田の過去を見ていた時間もあったが、何時間も愛し合っていたのかと思うと今更ながらに恥ずかしくなってきた。
それでも僕を見て嬉しそうに微笑む伊古田が可愛くて、今まで感じたことのない安らいだ幸せな気持ちがわいてくる。
伊古田は格好良くて愛らしい最高の犬だった。
「もうこんな時間だ、お腹空いたけど伊古田は?」
「僕もお腹ペコペコ、今ならいつもより多く食べられそう」
伊古田はお腹をさすって照れたように笑っている。
「雨は止んでるみたいだね、外に何か食べに行こうか」
本当はしばらく伊古田と2人っきりで甘い時間を過ごしていたかったが、そう誘ってみた。
「今って、緊急事態かな?」
伊古田のそんな返事の意味がわからず首を傾げてしまう。
「あのね、台風の時とか疲れてるときとかは、カップラーメンがごちそうになるんだって白久が言ってた
台風の時に荒木と食べたカップラーメンが凄く美味しかったって
日持ちするから保存食として置いておくと良いって教わったから、何個か買ってあるんだ
それ、食べてみない?」
彼は窺うように聞いてくる。
「そう言われると、美味しそうだね
また半分こしようか、今なら3個くらい作っても食べきれそう」
僕はワクワクしながら答えた。
母親に添加物や保存料が体に悪いと言われ、家では口にしたことはなかったが、遊びに行った友達の家で食べたことはある。
遊び疲れた後に食べるカップラーメンが、やけに美味しかった記憶があった。
身体が疲れている今、伊古田と一緒に食べるそれは美味しいに決まっている。
僕達は早速お湯を沸かし、どれを食べようか選び始めた。
「卵があるから、それも入れてみる?」
伊古田に聞かれて僕は黙り込んでしまった。
どのタイミングでどうやって入れれば良いか知らなかったのだ。
今までだったら適当に誤魔化す言葉を口にしていたろうけど、伊古田に対してはそれはしたくなかった。
正直に伝えたら
「野坂にも知らない事ってあるんだ」
そう言って酷く驚いた顔をしていた。
けれどもそれをバカにすることなく
「好きなタイミングで入れて良い、って白久は言ってたよ
始めから入れておいて少し固めて食べるのが荒木の好みだから、自分もそうしてるって
出来上がってからのせて、麺と絡めながらも美味しいって空は言ってたなあ
僕は食べてみたことないから、いつ入れたらいいかよくわからないんだ
野坂と一緒」
そう言って笑っていた。
「半熟っぽいの美味しそう、最初から入れてみようか
1個だけ後からのせて食べ比べるのも良いね」
「うん」
僕達は塩味、醤油味、味噌味を選び、麺が延びないよう1個ずつ作って分け合って食べた。
子供の時に食べた物より遙かに美味しく感じ、それは初めて結ばれた記念日の思い出の夕飯として満足する味だった。
「伊古田はしっぽやで皆に親切にしてもらってるんだね」
食後にカフェオレのペットボトルを分け合いながら僕はそう聞いてみた。
スープまで全部飲んでしょっぱくなっていた口の中が、カフェオレの甘みで緩和されていく。
「うん、皆色々教えてくれるよ
僕に飼い主が出来たって知ったら、きっと喜んでくれる
しっぽやの犬は大きくても怖い犬じゃないんだ」
伊古田が嬉しそうに言っていた。
「それにしても、随分と都合良く僕のいる大学の学園祭に伊古田が来てくれたね
運命?よりはもっと合理的な解釈があるのかな」
不思議がる僕に
「荒木と近戸には大学に僕が飼って欲しい人が居るってわかってたみたい
だから学園祭に連れて行ってくれたんだよ
荒木は凄いって、いつも白久は言ってる
僕もそう思う、だって野坂に会わせてくれたもの」
伊古田は答えた。
でも少し声をひそめて
「でもね、可愛くて頭が良いのは野坂の方が上だよ」
そう言い足して微笑んでいた。
僕に対しての伊古田の特別発言は、いつも満足感を与えてくれる。
「明日、しっぽやに行って良い?
荒木が居たら、お礼が言いたいから」
僕の問いかけに
「うん、僕も野坂のこと皆に自慢したい
しっぽやに一緒に行けるの嬉しいな」
彼は顔を綻ばせてくれるのだった。
翌日、昼の時間に皆で摘めるようにとお寿司を買い込んで、2人でしっぽやに向かった。
最初は昼前に行こうと思っていたが、朝起きてからまた伊古田と繋がりあっていたので予定していたより遅くなってしまったのだ。
自分がこんなに淫らな人間だった事に、僕自身も驚いていた。
こんな形で新しい自分を発見することになるとは、夢にも思わなかった。
伊古田と居るのは新鮮な驚きに満ちた、刺激的なものだった。
コンコン
伊古田がノックして扉を開けると、事務所内にいた人たちに一斉に注目された。
「僕ね、野坂に飼ってもらえることになったよ」
開口一番に伊古田が伝えると、場の空気が緩み
「おめでとう」
「やったな」
「良かった」
次々と安堵と祝福の言葉が投げかけられる。
それだけで伊古田がここで皆に愛されているのがわかり、犬だったときの悲惨な生活を見たことのある僕はホッとした。
あの時に一緒にいた犬達は仲間と呼べるものではなく、数ヶ月で次々に死んでいた。
ここで彼は初めて仲間が出来たのだ。
『犬は群で住む』くらいの知識はあったので、伊古田を受け入れてくれる群があることは僕にとっても嬉しいことだった。
「あの、伊古田の飼い主の野坂始です
これからよろしくお願いします
これ、皆さんでつまんでください」
僕がそう言って寿司のパックが入っているビニール袋を差し出すと
「わーい、寿司だ寿司だ、伊古田の飼い主、良い人だー」
顔の怖い大きな人が袋を受け取って浮かれていた。
「空、1人で食べないように、だいたいさっき大盛り牛丼弁当3個も食べていたではないか」
大麻生さんが窘(たしな)めるように言うが
「寿司はデザート」
彼は気にした様子もなく控え室のプレートがかかっている扉に消えていった。
「伊古田のこと、よろしくお願いします」
大麻生さんが丁寧に頭を下げ、その後を追っていく。
他の者達も
「可愛がってあげてください」
「伊古田に飼い主が出来て嬉しいです」
「これからよろしくです」
僕に好意的な視線を向けて頭を下げると、控え室に消えていった。
「ありがとうございます、伊古田のことは化生直後から知っているのでとても嬉しいです
さあ、伊古田とシロも寿司のご相伴に預かろう」
最後に黒谷さんが2人を伴って控え室に向かう。
聡い人(犬?)だ、僕が荒木に用があるのに気が付いてさりげなく人払いしてくれたようだった。
僕は改めて荒木に向き合い
「伊古田を学園祭に連れてきてくれてありがとう」
心からのお礼を言って頭を下げた。
荒木は学校では僕に対して見せたことのない優しい微笑みを浮かべ
「こっちこそ、伊古田を飼う決意をしてくれてありがとう」
そう言って頭を下げてくれた。
「もう、彼の過去は見たんだよね
全てを悟った顔で伊古田のこと見てたもの
正直、野坂は伊古田の正体知ったら怖がるか変に特別視するんじゃないかって不安も感じてたんだ
ごめん」
バツの悪そうな顔をする荒木に
「特別視はしてるよ、だって伊古田以上に可愛いくて格好良い化生っていないじゃない」
僕はそう言って舌を出して見せた。
荒木は呆気にとられたような顔をしていたが、やがて笑い出した。
「だから、伊古田を『可愛い』って称せるとこがマニアックなんだって」
「でも事実だからしょうがないじゃん」
僕達は知り合ってから初めて、上辺だけではなく心から分かり合った気がした。
その感覚は、とても心地よいものだった。
「改めて、これからもよろしくな
同じ化生飼いどうし、化生の幸せのために頑張ろう」
「うん、これからもよろしく
不安がないわけじゃないんだ、僕は動物を飼ったことがなくてその辺の知識が乏しいから色々教えてもらえると助かるよ
これ以上、伊古田に辛い思いはさせたくないから
彼はやっとあの地獄みたいな環境から抜け出せたんだ、幸せにしてあげたい」
僕の決意を感じたのだろう、荒木は頼もしく頷いてくれた。
「俺にわかることなら何でも教えるよ
ここには日野が買い揃えた図鑑や資料が色々置いてあるから、よかったら目を通してみて
お前、読書好きだしネットで調べるより紙の本の方が馴染みがあって良いんじゃない?」
荒木に先導され近寄った棚には、大判の書籍が何冊も置いてあった。
荒木はそのうちの1冊を手に取りページをめくると僕に差し出した。
「伊古田はグレート・デーンって犬種で毛色はハールクイン
超大型犬だけど、優しい巨人って言われるほど穏やかで社交的な性格なんだ
まあ、個体差もあると思うけどね、伊古田はズバ抜けて臆病だし
過去が過去だから仕方ない面もあるのかな」
荒木に差し出された本に載っていた犬の写真は過去の伊古田にそっくりで、今の伊古田にも似ていた。
スリムな体型の犬ではあるが、過去の伊古田はもっと痩せていて肋骨にかろうじて皮が付いている状態だった。
『健康に育てられていれば、こんな感じだったんだ』
伊古田に対して切ない思いが募っていく。
今の伊古田も痩せているから、せめてもう少し太らせないと、と僕は心に誓うのだった。