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しっぽや(No.225~)

side<NOSAKA>

僕の人生、大きな不満はないけれど大きな満足もない。
家は郊外のそこそこ大きな一軒家、少しだけど庭もある、1流企業に勤める父と専業主婦の母に可愛がられ、ヌクヌクとした生活を送っている。
背は低いけど容姿は悪くないと思うし、体型もバランスが取れている。
成績は中の上、運動神経は可もなく不可もなく。
これで不満を言ったら罰が当たると言われそうだが、僕はいつも漫然とした不満を感じていた。

とにかくついてない気がしてならないのだ。
道を歩けば必ず信号や踏切に引っかかり、いつもは通れる道が工事中で迂回しなければならず、乗ろうと思っている電車は遅延する。
目的地に着くまでに他人の1、5倍は時間がかかり、時間にルーズな奴だと思われたことも1度や2度じゃない。
小学生の頃から僕が親友だと思っている友達にはもっと仲が良い友達が出来て、クラスが代わると疎遠になっていく。
良かれと思って助言すればウザがられ、何も言わないと暗い奴だと陰口をたたかれた。
一緒にゲームをやってもやりこんでいる奴にはついていけず、新しいゲームを買ってもらえば買って貰えなかった者から妬まれる。
どうすればもっと要領よく生きていけるのか、サッパリわからなかった。

そんな僕が心を休めて付き合えるのが『読書』だった。
本は僕がいつ読もうが文句を言わないし、憶測で読み進めて結果が違っていてもバカにしたりしない。
新しい知識のみならず、古い知識も増えていくのが楽しくて僕は子供の頃から色んな本を読みあさっていた。
特に好きなのはミステリーや推理系だ。
心の駆け引きを描くのが巧みな筆者の本は、トリックだけでなく人間関係を考える上でも大いに勉強が出来る。
とは言え、本の登場人物みたいに素直になれない自分に、嫌気がさすこともしばしばあった。

気がつくと、僕は世の中を上手く渡っていく他人に対して妬みの固まりのような性格になっていた。



そんな自分を変えたくて、クラスの誰も受験してない家からは少し遠い大学を選んで受験する。
『大学デビューって、どうなんだろ
 でも、ここでダメなら、社会人になんてなれないんじゃないか?
 せめて、最初だけでも友達作らなきゃ』
そう意気込んで構内に入るが、早速、入学式が行われる講堂の場所が分からずに詰んでしまう。
地図は貰っているものの、自分の居場所すら上手く把握できなかった。
『無駄に広いんだよ、勉強するのにこんなに広くなくていいじゃないか』
早速、不満が胸の中を満たしていく。
そんなとき
「一緒に講堂行かない?俺も迷っちゃってさ」
そう言って背の高いイケメンが爽やかに声をかけてきた。
『何でこんなイケメンが急に声をかけてきたんだ?周りに対して困ってる人に優しいアピールのつもり?』
しかし周りを見ても、こちらに注意を払っている者はいなかった。

「ここ、広いよな、試験の時も迷って遅刻しそうになったんだ」
「あ、僕も」
裏がない感じなのを知ってホッとしてしまう自分が嫌だった。
地図を見ながら歩いていたら、同じように迷った人たちと合流して、結局僕達は5人で何とか講堂にたどり着くことが出来た。
その時知り合った人たちとはつかず離れず、良い感じの距離が保てそうだったので、その後も一緒に行動することになった。
親友、まではいかないけど、友達と呼んでも過言じゃない人たちが出来て僕は大学生活が少し楽しくなるのだった。



大学に入って初めての夏休み、皆はバイトで忙しそうだったけど、僕は家で読書三昧だった。
本当は夏休みの間だけでもバイトをしてみたいと思っていたのだが、過保護な母親に止められたのだ。
『近戸達が働いてるスーパーなら、知り合い居るから心強かったんだけどな
 知らない人ばっかのとこで働ける気がしないもん
 バイトもせずにいきなり企業に勤めるとか、嫌だなー
 バイトをしたことある奴は、新卒でも気が利いていて機転がきくから即戦力になる、ってお父さん言ってるじゃん
 僕なんか、就職しても絶対同期と差が付いちゃうよ』
親に対し不満があっても親離れする気がない自分に自己嫌悪を感じつつの読書は、内容が上手く頭に入ってこなくてイライラする、という負のループにはまっていた。
せっかくの夏休み、僕は無駄に不満を抱えて過ごすしかなかった。


さえない夏休みが終わり、学園祭のシーズンになった。
皆、サークルには所属してないけど(いつの間にか蒔田はスイーツ研究部に入部していたが)仲の良い友達を手伝うため当日は忙しそうだった。
『初めての学園祭だし僕も色々見て回りたいけど、1人だと寂しいやつだと思われそう
 でも1人の方が時間を気にせず自分の見たい物だけ見て回れるもんね
 お昼は皆と合流して食べれば良いか
 昼頃向こうに付く感じで、のんびり行こう』
誰かがランチに混ぜてくれることを期待して、その旨メールして根回しすることも忘れなかった。

『うちの大学のミステリ研、どんな感じか知りたかったから行ってみようかな』
そんなことを考えると、学園祭が楽しみになってくるのだった。


駅から大学に向かって歩いている最中に荒木からメールが届いた。
内容は『飲み物を買ってきて欲しい』だ。
『パシリかよ』とも思ったが、ランチに混ぜて貰えそうだし頼られていると言えなくもないか、と頼まれたより多い数のペットボトルを買っていった。

校門の所で待っていた荒木は、お金は彼が払うから、と言って近戸くらい背の高い男の人を指し示した。
僕達より年上だろう、髪が真っ白でイケメンで、大型犬みたいに凄みのある人だ。
荒木との関係性が掴めず戸惑ってしまう。
他にも知らない人が混ざっていて、荒木が紹介してくれた。
『何で全員同じ名字なんだろ、似てないけど親戚?』
得に怖いと思っていた、ずば抜けて背が高くて目の下が黒い隈みたいに見える(薬の影響?)ヤクザっぽい人が『仲良くして欲しい』と声をかけてきた。
『絶対、カモる気だ』と思ったが逆らうのも怖かったので、小声で何とか返事を返す。
何でこんな人を学園祭に連れてきたのか、荒木の考えが読めなかった。

荷物を彼に渡すときに延ばされた腕を見たら、独特の色合いのタトゥーがびっしり施されていた。
チラリと見ると、腕だけじゃなく身体にもある。
『この人マジモンだ、勘弁してよ』
しかし今更『帰る』と言い出せる雰囲気ではなかったので、一緒に行動するしか無かった。


自分がついていないことは十分承知していたけれど、荒木が勝手に僕の隣に『ヤクザ』さんを座らせたときは運命を呪いたくなった。
自分の隣には白頭のお兄さんを侍らせ、あれこれ命令している。
『荒木って、こんな人だったの?
 身長が僕より低いし、猫バカな気の良い奴だと思ってた
 裏の顔って分からないもんだな』
ここは隣に座る『ヤクザ』さんの不興を買わないよう大人しくしていようと思ったのに、また荒木が余計な一言を言い放った。

「野坂も伊古田に取ってもらえよ」
『一般市民の僕がヤクザに頼めるわけ無いだろ』
言い返しそうになった言葉をグッとこらえ、僕は自分で取ろうとしたが身長が足りなくて向かいにまで上手く箸が届かなかった。
それを見かねたのだろう『ヤクザ』さんが『自分が取ってあげる』と言い出した。
その言い方は穏やかで、恫喝するような響きも恩着せがましいような感じもなかったので驚いてしまう。
『最近のヤクザはインテリジェンスって言われてるけど、この人もそうなのかな』
しかし、如何(いかん)せん、彼の場合は外見に凄みがありすぎた。
取って貰った物を受け取り頭を下げると、彼は嬉しそうな顔になる。
それは純粋に『役に立てた』と喜んでいるように見受けられ、普通に接する分にはいきなり激高するようなタイプじゃないようでホッとした。


皆との会話が一区切りしたところで
「あの、野坂さんも犬に噛まれたの?」
と『ヤクザ』さんに話しかけられた。
一瞬、何のことだか分からずにキョトンとしてしまうが、直ぐに荒木と話していた昔話のことだと気がついた。
あまり馴れ馴れしくならないよう、でも失礼にならない程度に返事を返すと
「野坂さんが噛まれたんじゃなくて良かった」
彼はホッとした様子で笑い、自分はいっぱい噛まれたことがあると言った。
その時に腕のタトゥーを触っているのを見て、『あっ』と思った。
変な色のタトゥーだけど、どこかで見たことのある色合いだと感じていたのだ。
『あれ、犬に噛まれた傷が残った跡だ
 友達の腕にもクッキリ残っていて、体育の授業も長袖で受けて隠そうとしてたっけ』
僕がそのことに言及すると、彼は1回だけじゃなく何度も噛まれたと言って恥ずかしそうに俯いた。

見かけで判断されて軽く見られる悔しさを知っていたのに、僕も見た目で彼を判断してしまった。
彼はその外見とは違い、言葉遣いが示すように大人しい(何なら、気が小さい)人だったのだ。
慌てて謝るが、彼はよく分かっていないような表情をしていた。
『僕が勝手にヤクザだと思ってたから、知る由もないもんね
 迂闊なこと口走る前にわかって良かった』
勝手に怯えていた罪悪感もあって、僕はあれこれ話しかける。
そして話の流れで、彼が探偵だということを知り一気にテンションがあがってしまった。
探偵といってもペット探偵だそうだけど、それでも僕にはミステリアスな職業であることは間違いなかった。

彼は僕に名刺を渡してくれた。
事務所の番号だけじゃなく、個人的なスマホの番号まで教えてくれる。
大人から名刺を貰うのも初めてなら、連絡先を教えて貰うのも始めてだ。
大きくて怖そうな人に特別扱いされているような優越感がわきおこり、僕はすっかり伊古田さんのことが気に入ってしまった。
それでよく見ていたからだろうか、彼の腕が少し震えてきたことに気がついた。
目の下の隈のせいで分かり難いが、顔色も悪くなっている。
僕も経験があるからピンときた。

彼は脱水症状を起こしているようだった。
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