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しっぽや(No.198~224)

side<HINO>

『グレート・デーン』

雄の体高:76~100cm
  体重:54~90kg
  毛色:フォーン、ブラック、ブリンドル、ブルー、マント、ハールクイン(白地に黒斑)
  性格:大きな外観とは異なり「優しい巨人」と呼ばれるほど友好的。他の犬や野生動物、人間や子供に対して穏和な性格の家庭犬。


俺がスマホで調べたことを読み上げると、皆に驚きの表情が浮かぶ。
かく言う俺も驚いていた。
「穏和な性格の家庭犬?!じゃあ、伊古田だけが特別臆病って訳でもなさそうだね」
荒木に見つめられ、伊古田は首を傾げていた。
「一代一主の甲斐犬より大人しいんじゃないの?
 白久は普通に穏和で可愛いけど」
荒木の言葉に
「いや、今は僕も人との付き合い方を考えて無闇に噛んだりしてないよ?
 この人間の歯だと噛みつきにくいし、深く噛めないし」
黒谷は慌てて物騒な言い訳をしていた。

「狩猟には使われていたこともあるみたいだぜ、その名残で断耳させる国もあるんだってさ
 ドイツ系だし、俺も警戒心の強い軍用犬あたりかと思ってた」
俺が言うと
「断尾とか断耳って、実際に使役犬として働いているならともかくナンセンスだよな」
荒木はプリプリ怒っていた。
「俺もそう思う、ファッションで耳や尻尾を切り落とす奴の気が知れないぜ」
もし、そんなくだらないことのために黒谷の耳や尻尾が切られたらと思うと怒りがこみ上げてしまう。
ただ、伊古田の身体の傷は断耳以前の問題だった。

「明治の頃には日本に輸入されてたらしいな
 それで、土佐犬とかの改良に使われてたんだってさ
 前の飼い主は闘犬に使えると思って大枚叩(たいまいはた)いて伊古田のこと買ったんじゃないか
 それが当てが外れて勝てなくてもそのまま捨てるには惜しい額だったから、噛ませ犬として使ってた
 闘犬ならこんな大きい犬倒せたら自信も付くだろうし、実際、噛ませ犬としては都合が良かったのかな
 だから子供に、死なない程度には世話させてたんだ
 この細さだ、犬の時は30kgあるかないかだったんじゃないか」
伊古田の過去をあれこれ憶測する俺達に
「僕以外にも噛まれてた犬はいたけど、皆手当とかしてもらえなくてよく死んじゃってた
 運のいい奴は逃げ出せたんだ
 僕はあのお方だけ置いていく気になれなくて、逃げるなんて思いも付かなかったよ」
当の伊古田はそんな切ない呟きを漏らしていた。


「痩せてる?俺達の嫌いな言葉だ」
「俺達のテリトリーで痩せた奴が居るのは許せない」
そんな言葉と共に襖が開けられ、料理番2人が乗り込んできた。
彼らが持っているお盆には茹でたトウモロコシ、剥かれた桃、切ってあるトマトとスイカがのっている。
ザ・夏!と言った組み合わせだ。
「朝食デザート兼小昼(こびる)だ、新入り、たんと食え」
2人がテキパキと持ってきたものを座卓に並べるのを、伊古田は怖々と見ていた。
「こびる…?」
呟く伊古田に
「朝食と昼食の間のおやつのことよ」
ミイちゃんが優しく説明していた。
「食事は1日1回だったよ、そんなに食べて良いの?怒られない?」
オドオドと問いかける伊古田に
「食わないと怒る」
料理番はそう言ってトウモロコシを手渡した。
怒られるのが怖いのか伊古田は慌ててそれを口にして
「甘い…僕これ、芯のところしか食べたことなかった
 外側ってこんなに甘いんだ」
感激したように食べている。
料理番の顔が歪んでいった。
「トウモロコシの芯なんて残飯じゃなく、風呂の焚き付けじゃねーか
 美味いもんいっぱい作ってやるからな」
「タンパク質とらねーと、お前は暫く肉マシマシメニューだ」
夢中でトウモロコシをカジる伊古田の頭を、料理番は優しく撫でていた。

「あ、でも、グレート・デーンって胃を体内に固定する組織が弱くて胃捻転や胃拡張が多いらしいよ
 一気に食べさせたり食後の運動は控えた方が良いって書いてある
 化生も同じかわからないけど、生まれたてだとまだ犬の感覚残ってるんじゃない?」
俺の忠告に、料理番は大きく頷いて
「気をつけるよ、最初はコマメに食わせてみるか」
「買い出しには行かせず、ここに慣れるのを優先させなきゃな」
そんなことを言い合いながら去っていった。

「さて、俺達も食うか
 荒木、トウモロコシどっちが長く解(ほぐ)せるか競争な」
俺がトウモロコシを手に取ると
「え?解すって何?歯で?」
荒木は訳が分からないと言う顔をしていた。
「ここ、1、2列分だけ捻って先に食うだろ?んで、残りはこうやるとポロッと解れる
 出来るだけ長い状態で解せた方が勝ち」
「えー、そんな食い方したことないよ」
「解した方が全部食えて得した気分なんだって、歯で噛むと上辺だけしか食えないじゃん」
「日野、僕もやってみます」
「荒木、私たちの方が器用だと言うことをクロに見せつけましょう」
俺達はワイワイと騒ぎながら美味しい小昼に舌鼓(したつづみ)を打つのだった。



俺達(と言うか黒谷と白久)が自分に危害を加えないとわかり、お腹がいっぱいになったせいか、伊古田は横になると寝入ってしまった。
ミイちゃんが夏掛けを彼の腹にかけてあげていた。
「生前も、寝てばっかりだったのかもね、体力なさそうだし
 白久、伊古田がしっぽやに来たら一緒に寝てあげてね」
荒木が頼むと
「お任せください!」
白久は意気揚々と答えていた。
「荒木、その命令はちょっと…」
黒谷が困った顔でそんな2人を見ていた。

「まずは、他の犬の化生と慣れさせてからとは言え、伊古田って犬の捜索とか出来るのかな
 猫ならどうだろう、伊古田の話に猫は出てこなかったけど捜索できるかな」
荒木が考え込む顔をする。
「でも、しっぽやに来た方が人間と接触できて伊古田も嬉しいんじゃない?
 町中の方が飼い主も見つかりやすくなるし」
「そうだな、捜索できなくても高所の掃除係をタケぽんと交換するとか出来るし
 現代に慣れてもらわなくちゃならないもんね
 伊古田の生きてた時代って、戦後の復興期って感じがするけど、どうだろう」
荒木は伺うように俺を見た。
和銅が黒谷と過ごせなかった時代の事を俺は悔しさ半分で調べていて、大学でのゼミも取っているくらいだった。

「俺もそう思う
 ただ、闘犬をやっていた地域はそんなに広くないし、大都市ではなかったかも
 伊古田の置かれていた状況を考えると、あまり人の生活を間近に出来ていたわけでは無かった気がするんだ
 あのお方って、もしかしたら養子かな、あの時代は両親を戦争でなくして親戚を頼らざるを得なかった子供も多かったから
 つか、自分の子供だとしたら時代的なものや地域的なものを差し引いても扱いが酷すぎる」
過去世で親に売られた俺は、つい声を荒げてしまった。
「ジョンが生きてた時代と、あんまり変わらないのかもね
 でもジョンは飼い主以外にも人間にたくさん可愛がられていた」
切なげに伊古田を見る荒木の手に、白久は自分の手を重ねて労るように握っていた。

俺はまだスマホでグレート・デーンについて調べていたが、ふと思い立ち闘犬を調べ始めた。
「秋田犬も闘犬に使われてたみたいだぜ、ほら」
俺がスマホの画面を見せると、荒木は酷いショックを受けていた。
「こんな愛らしい犬を戦わせるなんて意味わかんない
 今は天然記念物で良かった、皆が秋田犬の素晴らしさ希少さをわかる時代になって良かった
 いつか秋田の秋田犬保存会に行ってみような
 タイミングが良いと、子犬とか見れるかもしれないし」
荒木は白久に抱きついて力強く宣言している。
白久は明らかに『年若いものに飼い主を取られそうでイヤだ』と言う顔をしていた。

まだ検索をしていた俺は、気になる人を発見する。
それは動物愛護団体の人で、闘犬を禁止させようとしていた人物だった。
過去に闘犬の世話をさせられていて、その残酷さ犬を賭の対象としか見てもらえてない痛ましさを間近で体験していた人だ。
「荒木、この人!」
俺が慌ててスマホを差し出すと、荒木も食い入るように画面を見つめている。
「うん、この人、多分伊古田の飼い主だった人だ
 伊古田の話と子供の頃の話、一致する箇所が多い
 でも…」
画面から顔を上げた荒木の顔が曇った。
「ああ、もう、5年以上前に亡くなってる
 享年80歳、あの環境から脱出出来たのは救いだな
 今は遺志を継いだ人たちが活動している
 殺し合いを『文化』と呼んで、闘犬自体は未だに行われてるみたいだけど規模はかなり縮小されたんじゃないか
 この人達がやってることは、無駄じゃなかったんだ」
俺は返してもらったスマホの人物画面をじっと見つめた。
「伊古田、犬だったときの名前は『コータ』だったんだね
 伊古田の心に飼い主が息づいていたように、飼い主の心の中にもずっと伊古田が息づいてた
 こんなにも通じ合っていた飼い主と飼い犬が、あんな風に死に別れるなんて辛すぎるよ」
涙を滲ませる荒木を、白久は慰めるように抱きしめた。


「スマホというものは凄いですね、そんなことまでわかるのですか」
感心したようなミイちゃんの言葉に、俺達はハッとする。
「いや、伊古田は特殊な例だと思うよ
 他の化生の過去は、こんなにはっきり分からないんじゃないかな
 1番新しそうな時代を生きてたのってふかやだけど、飼い主の事故のことは日常の事故の記事に紛れて探しようがないと思う
 ひろせが猫だったときのペンションの火災も、多分検索できない
 雑誌に載ったことがあるペンションとは言え、ネットが主流になる時代の前みたいだから」
「飼い犬や飼い猫にとっては一大事な事故も、関係ない人にとってみればありふれた日常で見かけた事故の記事にしかすぎないんだよな」
うなだれる俺と荒木に
「けれども、伊古田は人と幸せになるために化生しました
 この子には人間のサポートがかかせません
 どうかよろしくお願いします」
ミイちゃんは頭を下げた。

「「はい」」
俺と荒木は畏(かしこ)まって答えるのであった。
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