しっぽや(No.102~115)
side<OOASOU>
もしも自分が人間であったなら
あのお方にあんな無理をさせなかった
早く病院に連れて行って、きちんと検査を受けさせ、看病できたのではないか
病をおして犬であった自分の面倒をみていてくれたあのお方のことを思うと、いたたまれなかった
何故、自分はあのお方に世話をしてもらうだけの犬でしかなかったのか
何故、あのお方を支えることの出来る人間ではなかったのか
警察犬を引退し、失意の中で余生を全(まっと)うした自分が考えていたことは
『人であればよかった』
そのことだけであった
風のように駆け抜けたあのお方との日々を思い返す果てに、自分は静かに犬の生に別れを告げ
化生した
「お帰り大麻生、元気そうだね」
「最近は依頼件数が増えているんです
探し出すプロの警察犬の活躍、頼りにしていますよ」
久しぶりにしっぽやに顔を出した自分に、所長の黒谷や同僚の白久が親しげな笑顔を向けてくれる。
1年以上のブランクを感じさせないその態度に、自分はホッとした。
自分がしっぽやを離れ武衆として三峰様のお屋敷に長らく滞在している間に、黒谷には飼い主が現れたのだ。
お屋敷に行く前に白久にも飼い主が出来ていたが、タイミングが悪く会えないまま移動していた。
高校生という若い飼い主を得て2人が変わっていたら、という不安はすぐに消え去ることとなる。
2人ともとても朗らかに笑うようになり、愛されている自信に満ちあふれ、幸せそうであった。
「ひろせの飼い主も高校生なんだって?」
自分が話しかけるとひろせは幸せそうな笑顔で頷き
「高校生と言っても、とても頼りになる優しい方なんです
甘い物が好きで、僕がお菓子を作るといつも美味しそうに食べてくれるし、うんと誉めてくれるんですよ」
頬を染めてそう伝えてくる。
「そうか、それは良かった
三峰様のお屋敷を出てすぐに飼い主が出来たと聞いたので、武衆の皆は驚いていたよ
ひろせはタイミングが良かったのだね」
化生してから心惹かれる人間に巡り会えない自分にとって、飼い主のいる化生は眩(まぶ)しくも羨ましい存在であった。
「僕の飼い主だって高校生だけど頼りになるんだ
ここの報告書なんかの管理をパソコンでやろうって、色々とセッティングしてくれたんだから
大麻生も今度から報告書書いたら、日野か荒木かタケぽんに入力してもらってね
自分たちで入力出来れば良いんだけどさ、まだそこまでは覚えられなくて
でも取り敢えず、閲覧は出来るようになったよ」
黒谷に示された先を見ると、新しい机の上に置かれているパソコンが目に入る。
「お茶やお茶菓子の管理は荒木がしてくれていますから、好みの物があれば伝えておいてください
空の飼い主のカズハ様が紅茶を分けてくださるし、ひろせが焼き菓子を作ってきてくれるからお茶の時間が充実してるんです
私も荒木に食べてもらおうと、ひろせにお菓子の作り方を習っているので、たまに習作を持ってきますし」
「白久の作るシフォンケーキ、和のアレンジが凝ってて美味しいんですよ
僕も負けないよう頑張らないと」
白久とひろせの言葉に負けないよう
「僕は日野のお婆様に総菜の作り方を習ってるんだ
たまにお昼に持ってくるから、味見してみてね」
黒谷もそう言ってくれた。
「何だか自分が居ない間に、喫茶店にでもなったみたいだね」
思わずそんな言葉が口をついてしまう。
「本当だ」
3人は顔を見合わせて笑っている。
しっぽやは、以前にも増して和やかな雰囲気で居心地の良い場所になっていた。
夏休みが明けると、毎日のようにバイトに来ていた高校生飼い主達の姿が見えない日も出てくる。
日野と荒木は『受験生』でもあるので、学校と予備校で忙しそうであった。
今日は日野1人だけがバイトに来ている。
日野は何やら浮かない顔をしていて、飼い犬である黒谷と所長席で話し込んでいる。
自分は邪魔をしないように、控え室で麦茶を飲んでいた。
「大麻生、ちょっと良いかな」
そんな黒谷の声が聞こえたので、自分は事務所に顔を出した。
「仕事ではないんだけど、ちょっと協力して欲しいことがあるんだよ」
真剣な顔の黒谷に、何事が起こったのかと自分は緊張する。
「日野の写真を悪用されるかもしれない事態に陥(おちい)っている
写真のデータ削除を条件に、金銭を要求されているんだ
今は日野の大事な時期だから、お金で済むならそれで解決したい
取引の場に行くのに、護衛として大麻生にも付き合って欲しいんだ」
黒谷は自分を真っ直ぐに見つめてきた。
「それは、強請(ゆすり)、恐喝ではありませんか
警察に相談すべき案件なのでは」
自分は眉を顰(ひそ)めて見せる。
生前警察犬であった自分には『犯罪者』は唾棄すべき対象でしかない。
法の裁きを受けさせねばならない、と憤りを感じていた。
「確かに、大麻生の言う通りなんだけどね
あまり大事(おおごと)にはしたくない
ただ、金銭を受け取った後も付きまとわれるようであれば、また対処を考えようと思ってる」
煮え切らない態度の黒谷の瞳は、心配そうに飼い主である日野を見ていた。
「ごめん、家族や荒木、タケぽんなんかには絶対に知られたくないんだ」
日野は自分を見て頭を下げる。
犯罪者とは、そのように人の弱いところをついてくる。
自分は益々、その犯人に苛立ちを感じていた。
「わかりました、自分に出来ることであればお手伝いいたします
しかし、相手の出方によっては手荒な真似をするかもしれません
そうすると、警察が介入する事態になることをご了承ください」
自分が承諾すると、日野はホッとしたような顔を見せてくれた。
「ありがとう、黒谷が危ない目に遭うのは嫌だからさ
きっと護衛が2人も居れば、滅多なことはしてこないよ
あいつも警察沙汰は避けたいだろうし
明日の夜、業務が終わった後明けといて
受け渡しが終わったら、お礼に夕飯くらいは奢るからね」
日野の言葉に
「必要経費だ、僕が奢るよ
大麻生はまだ行ったこと無いから、ファミレスにしようか
ファミレスのドリンクバーって、お店にある飲み物が飲み放題なんだよ」
黒谷も緊張を解いて笑顔になった。
「それは楽しみです」
自分の存在を求められていることに、少し嬉しい気持ちを感じてしまう。
ここは生前プロであった誇りを持って2人を守らなければ、と自分は心に誓うのであった。
翌日の夜。
自分と黒谷はいつもとは違う感じの黒い服を着て、日野の後に付き従っていた。
しっぽや最寄り駅から電車に乗って暫く行くと
「ここの駅で待ち合わせてるんだ」
日野が緊張した顔になった。
しっぽやからは1時間とかからない場所で、そこには何度か捜索に訪れたこともあった。
しかし印象が違っている。
改築でもしたのだろうかと思うほど、輝いて見えるのだ。
そして、この場所にいると得も言われぬ高揚感がわき上がってくる。
大事な場面で自分はどうしてしまったのだろうと、混乱してしまう。
「いた、やっぱ先に来てたか
用心深い奴」
日野が指し示した先にいた人物を見たとたん、胸の内で感情が爆発する。
慕わしい喜びの気持ちがわき上がってきた。
『これはまさか、飼って欲しい方に巡り会えた感覚なのか?』
混乱する自分をよそに、話が進んでいく。
自分が惹かれている人間が日野を恐喝していたようだが、2人の会話が上手く頭に入ってこなかった。
ただ、日野が彼を『ウラ』と呼んでいることだけは理解できた。
彼の煌めく美しい顔を、光のような金色の髪が縁取っている。
人間のファッションと言う物は理解できないが、彼の着ている服はとても似合って見えた。
形の良い手、しなやかな指、あの手で撫でてもらえたらどれだけ気持ちよいのだろう。
あの愛らしい唇に自分の名を呼んでいただけたら、どれだけ嬉しく感じるだろう。
自分の目には『ウラ』と言う存在以外入ってこなかった。
やがて『ウラ』はこの場を立ち去ろうときびすを返した。
彼とこのまま別れたくないと思うより先に、体が動いていた。
彼の腕をつかみ、この場に引き止めようとしたのだ。
触れた指先から甘いしびれが伝わってくる。
このまま彼を抱きしめたかった。
自分は『ウラ』に対して発情していた。
「痛てーんだよ、離せ、デカブツ」
彼の発した命令が、自分の中を即座に駆け回る。
その時になって初めて、自分が彼の腕を力を込めて握ってしまっていたことに気が付いた。
自分は慌てて腕を放し
「申し訳ございません、怪我をさせるつもりは無かったのですが
跡が残っておりませんでしょうか」
叱られた犬のような気持ちで謝った。
もし彼に危害を加えてしまっていたら、と思うと自分が許せなかった。
彼は不審そうな顔でこちらを見ている。
どうやって彼を引き止めれば良いのか、どうすれば彼に笑いかけてもらえるのかさっぱりわからず途方に暮れてしまう。
そんな自分のために、日野が彼と食事に行く段取りを整えてくれた。
まだ彼と別れなくて良いと思うだけで、幸せな気持ちになる。
飼い主が居るというのがどのようなことか飼い主のいる化生に聞いてみたことがあるが、彼らは一様に言葉では説明できない幸福感に包まれる、と言っていた。
その時には全く分からなかったその言葉の意味を、自分は初めて理解できた気がした。
ただ『この人と共にありたい』と魂がそう欲するのだ。
化生と言う身でありながら飼い主に受け入れられ、共に生きている者達がとても羨ましく感じられた。
自分も『ウラ』に受け入れてもらいたかった。
彼と共に今後の生を送りたいと強く思っていた。
彼のために出来ることがあるのなら何でもしようと、自分は心に誓うのであった。
もしも自分が人間であったなら
あのお方にあんな無理をさせなかった
早く病院に連れて行って、きちんと検査を受けさせ、看病できたのではないか
病をおして犬であった自分の面倒をみていてくれたあのお方のことを思うと、いたたまれなかった
何故、自分はあのお方に世話をしてもらうだけの犬でしかなかったのか
何故、あのお方を支えることの出来る人間ではなかったのか
警察犬を引退し、失意の中で余生を全(まっと)うした自分が考えていたことは
『人であればよかった』
そのことだけであった
風のように駆け抜けたあのお方との日々を思い返す果てに、自分は静かに犬の生に別れを告げ
化生した
「お帰り大麻生、元気そうだね」
「最近は依頼件数が増えているんです
探し出すプロの警察犬の活躍、頼りにしていますよ」
久しぶりにしっぽやに顔を出した自分に、所長の黒谷や同僚の白久が親しげな笑顔を向けてくれる。
1年以上のブランクを感じさせないその態度に、自分はホッとした。
自分がしっぽやを離れ武衆として三峰様のお屋敷に長らく滞在している間に、黒谷には飼い主が現れたのだ。
お屋敷に行く前に白久にも飼い主が出来ていたが、タイミングが悪く会えないまま移動していた。
高校生という若い飼い主を得て2人が変わっていたら、という不安はすぐに消え去ることとなる。
2人ともとても朗らかに笑うようになり、愛されている自信に満ちあふれ、幸せそうであった。
「ひろせの飼い主も高校生なんだって?」
自分が話しかけるとひろせは幸せそうな笑顔で頷き
「高校生と言っても、とても頼りになる優しい方なんです
甘い物が好きで、僕がお菓子を作るといつも美味しそうに食べてくれるし、うんと誉めてくれるんですよ」
頬を染めてそう伝えてくる。
「そうか、それは良かった
三峰様のお屋敷を出てすぐに飼い主が出来たと聞いたので、武衆の皆は驚いていたよ
ひろせはタイミングが良かったのだね」
化生してから心惹かれる人間に巡り会えない自分にとって、飼い主のいる化生は眩(まぶ)しくも羨ましい存在であった。
「僕の飼い主だって高校生だけど頼りになるんだ
ここの報告書なんかの管理をパソコンでやろうって、色々とセッティングしてくれたんだから
大麻生も今度から報告書書いたら、日野か荒木かタケぽんに入力してもらってね
自分たちで入力出来れば良いんだけどさ、まだそこまでは覚えられなくて
でも取り敢えず、閲覧は出来るようになったよ」
黒谷に示された先を見ると、新しい机の上に置かれているパソコンが目に入る。
「お茶やお茶菓子の管理は荒木がしてくれていますから、好みの物があれば伝えておいてください
空の飼い主のカズハ様が紅茶を分けてくださるし、ひろせが焼き菓子を作ってきてくれるからお茶の時間が充実してるんです
私も荒木に食べてもらおうと、ひろせにお菓子の作り方を習っているので、たまに習作を持ってきますし」
「白久の作るシフォンケーキ、和のアレンジが凝ってて美味しいんですよ
僕も負けないよう頑張らないと」
白久とひろせの言葉に負けないよう
「僕は日野のお婆様に総菜の作り方を習ってるんだ
たまにお昼に持ってくるから、味見してみてね」
黒谷もそう言ってくれた。
「何だか自分が居ない間に、喫茶店にでもなったみたいだね」
思わずそんな言葉が口をついてしまう。
「本当だ」
3人は顔を見合わせて笑っている。
しっぽやは、以前にも増して和やかな雰囲気で居心地の良い場所になっていた。
夏休みが明けると、毎日のようにバイトに来ていた高校生飼い主達の姿が見えない日も出てくる。
日野と荒木は『受験生』でもあるので、学校と予備校で忙しそうであった。
今日は日野1人だけがバイトに来ている。
日野は何やら浮かない顔をしていて、飼い犬である黒谷と所長席で話し込んでいる。
自分は邪魔をしないように、控え室で麦茶を飲んでいた。
「大麻生、ちょっと良いかな」
そんな黒谷の声が聞こえたので、自分は事務所に顔を出した。
「仕事ではないんだけど、ちょっと協力して欲しいことがあるんだよ」
真剣な顔の黒谷に、何事が起こったのかと自分は緊張する。
「日野の写真を悪用されるかもしれない事態に陥(おちい)っている
写真のデータ削除を条件に、金銭を要求されているんだ
今は日野の大事な時期だから、お金で済むならそれで解決したい
取引の場に行くのに、護衛として大麻生にも付き合って欲しいんだ」
黒谷は自分を真っ直ぐに見つめてきた。
「それは、強請(ゆすり)、恐喝ではありませんか
警察に相談すべき案件なのでは」
自分は眉を顰(ひそ)めて見せる。
生前警察犬であった自分には『犯罪者』は唾棄すべき対象でしかない。
法の裁きを受けさせねばならない、と憤りを感じていた。
「確かに、大麻生の言う通りなんだけどね
あまり大事(おおごと)にはしたくない
ただ、金銭を受け取った後も付きまとわれるようであれば、また対処を考えようと思ってる」
煮え切らない態度の黒谷の瞳は、心配そうに飼い主である日野を見ていた。
「ごめん、家族や荒木、タケぽんなんかには絶対に知られたくないんだ」
日野は自分を見て頭を下げる。
犯罪者とは、そのように人の弱いところをついてくる。
自分は益々、その犯人に苛立ちを感じていた。
「わかりました、自分に出来ることであればお手伝いいたします
しかし、相手の出方によっては手荒な真似をするかもしれません
そうすると、警察が介入する事態になることをご了承ください」
自分が承諾すると、日野はホッとしたような顔を見せてくれた。
「ありがとう、黒谷が危ない目に遭うのは嫌だからさ
きっと護衛が2人も居れば、滅多なことはしてこないよ
あいつも警察沙汰は避けたいだろうし
明日の夜、業務が終わった後明けといて
受け渡しが終わったら、お礼に夕飯くらいは奢るからね」
日野の言葉に
「必要経費だ、僕が奢るよ
大麻生はまだ行ったこと無いから、ファミレスにしようか
ファミレスのドリンクバーって、お店にある飲み物が飲み放題なんだよ」
黒谷も緊張を解いて笑顔になった。
「それは楽しみです」
自分の存在を求められていることに、少し嬉しい気持ちを感じてしまう。
ここは生前プロであった誇りを持って2人を守らなければ、と自分は心に誓うのであった。
翌日の夜。
自分と黒谷はいつもとは違う感じの黒い服を着て、日野の後に付き従っていた。
しっぽや最寄り駅から電車に乗って暫く行くと
「ここの駅で待ち合わせてるんだ」
日野が緊張した顔になった。
しっぽやからは1時間とかからない場所で、そこには何度か捜索に訪れたこともあった。
しかし印象が違っている。
改築でもしたのだろうかと思うほど、輝いて見えるのだ。
そして、この場所にいると得も言われぬ高揚感がわき上がってくる。
大事な場面で自分はどうしてしまったのだろうと、混乱してしまう。
「いた、やっぱ先に来てたか
用心深い奴」
日野が指し示した先にいた人物を見たとたん、胸の内で感情が爆発する。
慕わしい喜びの気持ちがわき上がってきた。
『これはまさか、飼って欲しい方に巡り会えた感覚なのか?』
混乱する自分をよそに、話が進んでいく。
自分が惹かれている人間が日野を恐喝していたようだが、2人の会話が上手く頭に入ってこなかった。
ただ、日野が彼を『ウラ』と呼んでいることだけは理解できた。
彼の煌めく美しい顔を、光のような金色の髪が縁取っている。
人間のファッションと言う物は理解できないが、彼の着ている服はとても似合って見えた。
形の良い手、しなやかな指、あの手で撫でてもらえたらどれだけ気持ちよいのだろう。
あの愛らしい唇に自分の名を呼んでいただけたら、どれだけ嬉しく感じるだろう。
自分の目には『ウラ』と言う存在以外入ってこなかった。
やがて『ウラ』はこの場を立ち去ろうときびすを返した。
彼とこのまま別れたくないと思うより先に、体が動いていた。
彼の腕をつかみ、この場に引き止めようとしたのだ。
触れた指先から甘いしびれが伝わってくる。
このまま彼を抱きしめたかった。
自分は『ウラ』に対して発情していた。
「痛てーんだよ、離せ、デカブツ」
彼の発した命令が、自分の中を即座に駆け回る。
その時になって初めて、自分が彼の腕を力を込めて握ってしまっていたことに気が付いた。
自分は慌てて腕を放し
「申し訳ございません、怪我をさせるつもりは無かったのですが
跡が残っておりませんでしょうか」
叱られた犬のような気持ちで謝った。
もし彼に危害を加えてしまっていたら、と思うと自分が許せなかった。
彼は不審そうな顔でこちらを見ている。
どうやって彼を引き止めれば良いのか、どうすれば彼に笑いかけてもらえるのかさっぱりわからず途方に暮れてしまう。
そんな自分のために、日野が彼と食事に行く段取りを整えてくれた。
まだ彼と別れなくて良いと思うだけで、幸せな気持ちになる。
飼い主が居るというのがどのようなことか飼い主のいる化生に聞いてみたことがあるが、彼らは一様に言葉では説明できない幸福感に包まれる、と言っていた。
その時には全く分からなかったその言葉の意味を、自分は初めて理解できた気がした。
ただ『この人と共にありたい』と魂がそう欲するのだ。
化生と言う身でありながら飼い主に受け入れられ、共に生きている者達がとても羨ましく感じられた。
自分も『ウラ』に受け入れてもらいたかった。
彼と共に今後の生を送りたいと強く思っていた。
彼のために出来ることがあるのなら何でもしようと、自分は心に誓うのであった。