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しっぽや(No.102~115)

ファミレスに着くと、日野はさり気なく自分の隣に『ウラ』を座らせてくれた。
間近にある彼の気配に、心が浮き立っていく。
化生してからこんなにも晴れやかな気持ちになるのは初めてであった。

注文を終えた日野が立ち上がってドリンクのコーナーに移動すると、『ウラ』もその後に続いて行った。
「あの方に飼ってもらいたいのかい」
向かいに座る黒谷が話しかけてくる。
「はい、けれども自分には何をどう伝えれば彼の気を引けるのかさっぱり分からなくて
 ああ、すみません
 日野の取引の話はどうなったのでしょうか
 あの方の存在以外が何だか曖昧にしか感じ取れなくて、展開を確認していませんでした」
自分の不甲斐なさに、浮かれていた気持ちが一気に萎(しぼ)んでいく。
「大丈夫、日野が上手く立ち回ってくれたよ
 日野は聡明だからね、君の気持ちを察して協力しようとしてくれてるんだ
 きっと、上手く手伝ってくれる
 日野が作ってくれるチャンスを逃すんじゃないよ」
黒谷の言葉に気を引き締め、『ウラ』に気に入って貰うために頑張ろうと心に決めた。

「ん」
戻ってきた『ウラ』は、自分にグラスを差し出してくれた。
そこにはアイスミルクティーが入っている。
わざわざ自分のために作ってきてくれたのだと気が付くと、泣きたいほどの嬉しさがこみ上げてきた。
この方を一生守ってさし上げたい、という気持ちになっていた。
「ありがとうございます」
グラスを受け取り頭を下げると
「変な奴」
彼は少し戸惑っているようであったが、自分の隣に座るとコーヒーを口にする。
自分は彼の好みを把握したくて、その一挙手一投足に注意を払う。
飼い主の好む物を作ろうと奮闘する、ひろせや白久の気持ちが実感を伴って分かるようになっていた。


日野の計(はか)らいで、何やら自分が彼を『買う』という話の流れになってきた。
『どちらかというと、自分が彼に飼ってもらいたいのだけれど』
そう思うものの、場の雰囲気的にそれは言い出せなかった。
お金を出して人を『買う』ことに抵抗はあったが、何かお金が必要な事情があるのかもしれないと思い至る。
そうであるのならば、出来るだけ彼に沢山のお金を払ってさしあげたかった。
それに、彼を引き止める術を持たない自分にとって、お金を払えば彼がもう少し一緒にいてくれることは喜ばしいことであった。

その後の日野の交渉により、彼が自分の部屋に来てくれることになった。
喜びと同時に
『きちんと彼をおもてなしできるのだろうか』
そんな不安も感じてしまう。
日野や黒谷と一緒に移動していた時は何とかなっていたが、マンションに帰り着き彼と2人きりになると、自分はどのような態度をとればよいかわからなくなってしまった。


「ふーん、社員寮って言うからアパートかと思いきや
 本当にマンションなんだ
 しかも高層マンションの最上階なんて、凄いとこに住んでんじゃん
 ペット探偵って、儲かるんだねー
 でも、家電とかウイークリーマンションの備え付けって感じ」
彼は部屋の中を物珍しそうに見回している。
「電化製品のことはよくわからないので、揃えてもらいました」
自分が答えると
「何、ジイサンみたいなこと言ってんの」
彼は笑ってベッドに腰掛けた。

「ウラ様、お金をお支払いいたします」
日野に言われたことを思い出し慌てて財布を取り出すと、自分は先ほど引き出してきたばかりの紙幣を彼に手渡した。
彼は金額を確認し
「まいどどうも」
そう言って華やかに微笑んでくれた。
「てか、その『ウラ様』って何?俺、女王様やる気ねーからな
 ウラで良いって
 で、そっちは、オオアソウとか呼ばれてたっけ
 それ名前?探偵ネームみたいなもん?
 呼びにくいからソウちゃんで良い?」
ウラに言われた言葉で、胸に光り輝く喜びがわき上がる。
『名前を付けてくださった!』
「はい!ありがとうございます」
頭を下げる自分に
「え?何が?お礼言われるようなこと言った?」
ウラは面食らったような顔になった。

「もしかして、あだ名付けたから?
 ソウちゃんって、そーゆー親しい友達いないの?
 あ、親しいってか、ソウちゃんの周りって真面目な奴ばっかなんだろ
 何か、そんなタイプ
 ソウちゃんみたいな客取ったことないんで、ちょっと新鮮」
ウラは少し笑った後
「でも、あんまり入れ込まれると困るから、程々にお付き合いしよーぜ」
念を押すようにそう言った。
突き放されるようなその言葉に、気持ちが萎んでいく。
それでも、それが彼の命令ならばと自分は頷いた。
「ソウちゃんって一見強面だけど、犬みたいに感情が顔に出るのな
 ションボリすんなって、俺が犬を虐めてるみたいじゃん
 普通にしてれば格好いいのにさ
 正直、好みの顔だよ」
ウラはまた、少し笑ってくれた。


「さてと、んじゃ、シャワー使わしてもらうね」
ウラはそう言うとベッドから立ち上がった。
「シャワールームはあちらです
 タオル類は脱衣所の物をご自由にお使いください」
自分は慌てて説明する。
ウラがシャワールームに消えると
『着替えはどうすれば良いのだろう』
という疑問がわいてきた。
自分の物を使ってもらうにしてもサイズが大きすぎるし、ウラに似合うような服の持ち合わせがなかった。
寝間着であればあまりこだわらなくて済むことに気が付いて、あるだけのパジャマを用意する。
シャワールームからバスタオルをまとっただけのウラが戻ってくると
「お好きな物をお召しください」
自分はそれを差し出した。

「どうせ脱ぐのに?
 ソウちゃんって、脱がせるとこからやりたいタイプ?
 まあ良いや、そんくらいは付き合ってやるよ」
ウラは素直にパジャマを受け取ってくれた。
「ソウちゃんもシャワー浴びてきて
 シャワー浴びてる最中にドロンしないから、その辺は心配なく
 だってここのエレベーター、暗証番号入力しないとダメなんだろ
 何そのセキュリティ、密かに要人でも住んでんの?
 ソウちゃんとこってペット探偵とか言ってたけど、実は裏世界の大物と繋がりがある巨大組織だったりして」
彼は面白そうにクスクス笑った。


シャワーを浴びた自分が部屋に戻ると、ウラは本棚を見ていた。
「読みたい物がございましたら、ご自由にどうぞ」
自分はそう声をかけてみる。
「何か難しそうなものばっかじゃん
 こーゆーの推理小説っての?社会派?うちの爺ちゃんの本棚みたい」
ウラはそう言った後ハッとした顔になり
「いや、何でもねーよ
 俺、活字アレルギーだから遠慮しとく」
話題を逸らすようにテレビのスイッチを入れた。
彼とどのようなことを話せばよいか悩んでいた自分には、テレビから流れてくる音が部屋の静寂を破ってくれることがありがたかった。

暫くの間、ウラも自分もテレビの画面を眺めていた。
せっかくウラと一緒に居ることが出来ているのに、これから自分はどうすれば良いのだろうと考えていると
「しないの?」
彼が唐突に聞いてきた。
何のことを言われているのか自分には理解出来なかったが、何故かウラに『何を』と問うことはばかられた。
黙り込んでしまう自分に
「俺が日野を強請ってたから、金に困ってると思った?
 恵んでくれようとして俺を『買う』とか言い出したの?」
彼が冷たく言い放った。
その言葉には刺が感じられ、自分は身を竦めてしまう。
ウラが何故不機嫌になったのか、理解できなかったのだ。
「自分はその、ウラの事が…」
言いよどむ自分に、ウラがフッと苦笑を向けてきた。

「ごめん、俺のこと『買う』って言い出したのは日野だったな
 あいつが言うように、ソウちゃん本気で俺に一目惚れしたとか?
 金で買う関係じゃなくちゃんと恋愛したいとか言うんだったら、さっきも言ったけど重くて勘弁して欲しいんだ」
『いいえ、貴方に飼って欲しいだけなのです』
自分はそんな思いを飲み込んだ。
ウラがこの関係に『買う』という事を望んでいる以上、それに応えなければと思い至ったのだ。
しかし、どうすればウラの望むような関係になれるのかわからなかった。

「もしかしてソウちゃん、したことない?
 まさかこの状況の意味もよく分かってないとか言う、超奥手君だったりして
 俺のこと『買って』どうする気だったの?」
ウラは呆れた感じであったが先ほどよりは明るい声で問いかけてきた。
「一晩、一緒に居ていただければ…」
「一緒に居るだけって、それだけで初めて会った奴に15万も払う?」
「貴方には、その価値は十分にあると思います」
自分がキッパリと言い切った言葉を聞いて、ウラの目が驚きに見開かれる。
「日野にズレてる奴とは聞いてたけど、本当、ソウちゃんって訳分かんねーな」
彼は美しい髪をかきあげて、笑ってくれた。

「わかった、一緒にいてやるよ
 他には何かない?俺に出来そうなこと
 貰った金額分はサービスするからさ」
微笑みかけてくれるウラに見とれながら
「頭を、撫でていただきたいなと…」
自分は思わずそう呟いてしまった。
「あ、いえ、どうかお気になさらずに」
慌てて否定するが、彼は自分に近寄るとそっと髪を撫でてくれた。
ウラに触れられると、あのお方に撫でられているような幸福感が胸の内にわき上がってきた。
「ソウちゃんの髪って、案外柔らかいのな」
最初は優しく撫でていたウラが、次第に強く髪をかき回すように触ってくる。
それはあのお方が自分を誉めてくれるときの触り方と同じだったため、懐かしさのあまり涙が流れてしまった。
ウラはそんな自分の頭を胸に抱きしめてくれて、また優しく撫でてくれた。

それから自分とウラは、ベッドで一緒に眠る。
犬だったときは犬舎でしか寝たことのなかった自分にとって、飼い主と一緒の布団で寝るということは夢のような事で、この幸福を買えるなら全財産払っても良いと思った。

ウラに飼っていただきたいと、自分は改めて強く願うのであった。
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