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しっぽや(No.85~101)

side<HIROSE>

「あーあ、来週から学校か」
しっぽやからの帰り道、夜の町の散歩の最中、一緒に歩いているタケシがため息と共に不満そうな声を出した。
タケシは今日も僕の部屋に泊まりに来てくれる。
いつもより沢山泊まりに来てくれたし、2人で色んなところに出かけることが出来たし、タケシと過ごす初めての夏休みはとても楽しいものであった。
夜の散歩だけでなく泊まりに来てくれたときは、早起きして牛丼屋に朝ご飯のセットを食べに行くこともあった。
まだ暑くなる前の早朝、余所のお庭で咲いている朝顔なんかを見ながら一緒に歩いていると、しみじみとした幸せが胸の中にわき上がってくる。
来週でそれが終わってしまうと思うと、僕も寂しい気持ちになってしまった。

「夏休みが終わっても、また、泊まりに来てくれますか?」
僕がオズオズと問いかけると
「もちろんだよ!夏休み中みたいに頻繁には来れないけど、必ず行くから」
タケシは笑顔でキッパリと答えてくれた。
背の高いタケシがにっこり笑うと、ヒマワリの花のような華やかな存在感を感じられる。
誕生日も初夏だし、タケシは爽やかな夏のような雰囲気を持っていた。

彼の返事に僕の心は浮かれてしまう。
『また、タケシが泊まりに来てくれる』
そう思うだけで、夏休みが終わってしまう寂しさが和らいでいく。
僕は彼の腕に抱きついて、すれ違う散歩中の犬に飼い主自慢をしながら町を歩いていった。


僕たちの夜の散歩は『何となく』の方角だけ決めてブラブラと歩くことが多かった。
これも時間のある『夏休み』ならでわのことだ。
知らなかったお店を発見出来たりして、それはちょっとした冒険をしているようでワクワクするものであった。
捜索の際に猫を探す場所の選択肢が増えることもあり
『趣味と実益を兼ねるってこんなことを言うのかな』
などとも思っていた。

今日は住宅街の中に小さな公園を発見する。
『植木があるから、怯えた迷子の猫が潜んでることもあるかも』
僕はそう考えて、しっぽやからここまでの道を反芻した。
「この辺、新興住宅街っぽいね
 同じような作りの家が並んでる
 こーゆーとこって、必ず公園作らなきゃいけないんじゃなかったかな
 前にゲンちゃんに聞いたことがあるかも
 だから、小さい公園があちこちに出来るんだって」
タケシが周りを見渡しながら言っていた。

「黒谷によると前はこの辺、工場の倉庫が建ち並んでいたんですって
 今夜タケシとこの辺を散歩しようと思ってるって言ったら、今はどんな風になってるか教えて欲しいって言ってました
 影森マンションの敷地も、以前は工場倉庫だったとか」
「何気にこの辺って、人口増えて発展してるんだね
 新しい家って一軒家だから、ペット飼ってるとこもあるんじゃない?
 しつけ教室のチラシとかポスティングしたら怒られちゃうかな
 そーゆー仕事なら、俺にも手伝えるからさ」
タケシは頼もしく笑ってくれる。
「黒谷に相談してみましょう」
僕の言葉に、彼はまた笑って頷いてくれた。

暫く佇んでいた僕たちが移動しようとしたときに、小さい子供を連れた何組かの家族が公園にやってきた。
「こんな時間に何だろう」
タケシは不思議そうな顔でその人達を見つめている。
彼らはバケツやビニール袋を持っていて、公園の水道でバケツに水を入れ始めた。
「あ、もしかして」
タケシは何かに気が付いた様子であったが、僕には何だかわからなかった。
やがて子供達に細長い棒のようなものが配られる。
大人達がそれに火を付けて回ると、棒の先から火花が飛び出した。
生前暮らしていたペンションを焼いた炎を思いだし、僕はタケシの腕にすがりついてしまう。
燃える炎が恐ろしく、彼らから顔を背けてしまった。

「大丈夫、あれは花火だよ
 あの子達はちゃんと大人と一緒に遊んでるし、制御できる火だから怖くないからね
 住宅街だし、打ち上げとかはやらないよ」
タケシは僕を安心させるように言うと、身体を寄せてくれる。
「あれは、見ていて楽しい火なんだ
 ほら、形や色が変わっていくだろう?
 あっという間に燃えてしまうんだ」
タケシに説明されて、僕は恐る恐るそちらに目を向けた。
確かに、棒の先から飛び出す火は辺りを焼き尽くすほど成長せずに、すぐに小さくなっていった。
花火の光に照らされて、子供達の楽しそうな笑顔が浮かんでは消えていく。
その光景は僕の古い記憶を呼び起こした。

「花火…?そうだ、花火、知ってます
 夏休みにペンションに子供達が来ると、時々あのお方がそれを用意していました
 でも、あんなに勢いよく火が出る棒ではなかったです
 もっと小さな火の玉が、紙の先に付いている物でした」
僕の辿々(たどたど)しい説明だけで
「そうか、線香花火だね」
タケシにはそれが何であるかがわかったようであった。


「高原のペンションで夜に線香花火で遊ぶなんて、情緒あるなー
 ひろせの前の飼い主さんはセンス良いよね
 俺、そんな風になれるかな」
タケシは苦笑して頭をかいている。
「タケシとあのお方は違います
 タケシは、タケシだから好きなんです
 タケシが考えてくれることは、僕には嬉しいことばかりです」
僕が必死に言い募ると、彼は照れくさそうな笑顔を見せてくれた。
「花火セットって、線香花火も入ってるんだ
 大体あれは締めに使われるんだよね
 派手なのは終わりみたいだから、そろそろやり出すんじゃないかな」
タケシの言葉通り、子供達に細い紙が配られていく。
火をつけると、小さな火の玉からパチパチと小さな火花が飛び出していった。
火の玉を落とさないよう、子供達の顔が真剣なものに変わる。
やがて火の玉はとても小さくなっていき、飛び出す火花も微かな物に変わって、すうっと消えていった。

「線香花火って、儚いな-」
タケシが花火を見つめながら呟いた。
「そうですね」
僕も去りゆく夏休みに線香花火の儚さを重ねていた。
「そっか、花火大会とか連れてってあげれば良かった
 夏と言えば花火大会じゃないか
 ああ、ひろせと花火を見たかったー
 浴衣とか着ちゃってさ」
タケシはハッとした顔になり、悔しそうに身悶えする。
「今、一緒に見れたから満足ですよ
 火は怖いものだとばかり思っていました
 キレイな火もあるんですね」
そう言って微笑むと、タケシは僕を抱きしめて
「ひろせは本当に可愛いなー」
と誉めてくれた。

「花火大会の打ち上げ花火は、もっとキレイなんだよ
 夜空に大輪の花が何度も咲いては消えていくんだ
 華やかで儚くて美しくて幻想的でさ、ひろせに見せたいな
 どの会場も込んでて、情緒的にはビミョーな気もするけど…
 来年は、どこかの花火大会を見に行こう」
タケシは僕の手を握り、顔を近づけて断言する。
来年の約束が出来たことが嬉しくて
「はい、楽しみにしています」
僕は胸のドキドキが収まらなかった。
僕たちは高揚した気分のまま、帰路に就く。
途中で発見したうどん屋さんで夕御飯を食べて、マンションに帰り着いた時には10時を回っていた。

「花火見てたから、ちょっと遅くなっちゃったね」
クッションに腰を下ろしたタケシが息を吐いた。
「でも、珍しいものを見れました」
僕もタケシの隣に座り、彼の肩に頭をのせる。
「今日行ったうどん屋、しゃぶしゃぶもやってるみたいだから、今度食べてみようか」
「はい、またタケシとの『約束』が出来て嬉しいです」
タケシと一緒の未来を思うだけで、自然と顔が笑ってしまう。
ささやかな約束の積み重ねが嬉しかった。
「遅い時間ですが、桃のゼリーを食べますか?
 おつとめ品の桃があったので、作ってみたんです」
僕が聞くと
「うん、食べたい!」
タケシは笑顔で答えてくれる。
1日の疲れが飛んでしまうような彼の笑顔に、僕はいつもパワーをもらうことが出来た。


ゼリーを食べてシャワーを浴びて、僕たちはベッドに潜り込んだ。
「ひろせ…」
タケシが僕の名前を優しく呼んでキスをしてくれる。
唇に、頬に、首筋に、肩に、胸に、タケシの唇が移動していく。
彼に触れられた肌は甘く熱く疼き、トロケてしまいそうなくらい心地よかった。
「タケシ…、ああっ…ん、タケシ…」
彼の名前を呼ぶことを止められない。
唇からは止めどなく愛しい飼い主の名前が紡がれていた。

僕たちは様々な体勢で繋がりあい、何度も一つに解け合った。
僕の中で雄々しく動くタケシの、その確かな存在感が愛おしい。
彼の想いを身体に受けて、僕も熱い想いを解放する。
快楽に支配され、僕たちはお互いの存在以外わからなくなっていくようであった。

情熱の嵐が去った時には、とっくに日付が変わっていた。
「あー、ごめん、止められなくてハデにやっちゃった
 今日のひろせ、一段と可愛かったから」
タケシの腕の中にいる僕に向かい、彼は申し訳なさそうな顔を向けてくる。
「大丈夫ですよ、タケシにいっぱい愛してもらえたから今日もお仕事頑張れます」
僕は彼の胸に頭をすり付けた。
「えと、そうじゃなくて、その…跡が…
 今日は胸元開いてない服を着てもらっていいかな
 暑いのにごめん」
タケシは労るように僕の首もとに触れていく。
僕にはタケシの言葉の意味が分からなかった。

そんな僕を見て、タケシはシャワールームに僕を連れて行く。
鏡を見ると、胸元や首筋に点々と赤い跡が付いていた。
「キスマーク、と言うんでしたっけ」
僕はそれを触りながら
『線香花火の明かりのようだ』
と思っていた。
タケシが、僕の身体に咲かせた花。
「僕としては、隠すより自慢したいです
 だって、タケシが僕に夢中になってくれた証ですから」
僕の言葉にタケシは苦笑する。
「でも、僕たちだけの秘密の方が楽しいですね」
クスッと笑うと彼は後ろから僕を抱きしめて、頬に優しくキスしてくれた。

それから僕たちは仕事までのしばしの時間、幸せな眠りにつくのであった。
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