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しっぽや(No.85~101)

side<TAKESI>

楽しかった夏休みは、あっという間に終わってしまう。
それでも今年の夏休みはひろせと過ごせる時間が多くて、今までの人生の中で1番充実していると言っても良いものであった。
ひろせの部屋にしょちゅう泊まりに行けたので、しっぽやからの帰り道に2人で散歩するのが日課のようになっていた。
近所をウロウロするだけとは言え、ひろせと一緒だとそれはとても楽しい時間に変わるのだ。
「あそこの家の庭、サルビアが一杯植えてある
 あの花の蜜、子供の頃よく吸ったっけ」
「あの赤い花ですか?どこから蜜を吸うのですか」
「あの飛び出てるところを引っ張って、その根本を舐めると甘いんだ
 流石にこの年で、人んちの花ムシレないけど
 ひろせにも味わって欲しいな
 家で鉢植えでも育ててれば良かったんだけど」
「咲いてる花の蜜を吸うなんて、何だか楽しそう」
ひろせは俺のくだらない子供時代の話も喜んで聞いてくれた。

新しいお店を発見して夕飯を食べてみたり、近道を発見できたり、ささやかながら2人での散歩は贅沢な時間に感じられていた。


充実した夏休みだが、心残りがあった。
『何で夏のメインイベントと言っても過言じゃない花火大会の存在、忘れてたかなー』
ひろせとの夜の散歩中、公園で花火を楽しむ親子を見て俺は初めてそれに気が付いたのだ。
火事で亡くなったひろせは火が怖いようであったが、夜空に咲く火なら遠すぎて怖さも感じないだろう。
『浴衣のひろせと花火のコラボ、神々しいに決まってるのに…
 見損ねるなんて!俺のバカ!』
来年は花火を見に行こうと約束すると、ひろせは約束が出来たことが嬉しいと笑ってくれた。

『ひろせ、線香花火なら怖くなさそうなんだよな
 前の飼い主との思い出もあるみたいだし』
自己満足だとは思うが、俺はひろせに『花火』というものを体験させてあげたかった。
しかし影森マンションは集合住宅のため、敷地内での花火は禁止されている。
『線香花火なら、キッチンでちょっとだけ出来るかな
 って、風情なさすぎる…』
自分の家の前なら出来なくもないが、まだ両親や妹にひろせを紹介する勇気が持てずにいたのだ。
『困ったときには、ゲンちゃんに相談するのが1番か
 俺、まだ成長できてないな…』
少しガッカリしてしまうものの、俺はスマホを取り出してゲンちゃんに連絡を取るのであった。


『化生に花火を体験させてあげたい』
その考えはゲンちゃんの心の琴線に触れたのか、超スピードで8月30日の20時~21時を影森マンションでの花火可能な時間として使えることにしてくれた。
もちろん、どこでやっても良い訳ではなくエントランス前の植木がある広場限定での話だ。
そして花火はロケットや落下傘などの打ち上げ系、ねずみ花火など動くもの、へび花火などゴミが出る物は禁止で、オーソドックスな持って楽しむ物限定であった。
必ず大人の監視の元に行う、という少し堅苦しい規則が設けられていたが、逆に小さな子共でも安心して楽しめそうである。
夏休みの最後の思い出になるし1時間だけなので、参加しない人達には多少の騒音を我慢してもらうことになっていた。
影森マンションの入居者はゲンちゃんが厳選しているから、それくらいのことで苦情を言う人は現れず、住人は花火イベントを楽しみにしてくれているとのことだった。



30日当日の夜。
しっぽや業務を少し早めに切り上げて、俺達はエントランス前に花火を持って集合していた。
黒谷、白久と共に先輩達の姿もある。
2人はハーフパンツを履いた私服のせいか、大人びた小学生に見えないこともなかった。
『黒谷と白久がいれば「大人の監視」の元に花火やってることになるな』
俺は1人、胸をなで下ろしてしまう。
羽生や中川先生、カズハさんや空もバケツや花火を持って楽しそうに話し込んでいた。

「タケぽん、粋なこと考えたな」
近づいてきたゲンちゃんに誉めてもらい、俺は照れくさいけど嬉しい気持ちになった。
「でも、実行させたのはゲンちゃんだよ」
俺が言うとゲンちゃんも照れくさそうに笑っていた。
「化生もそうだけどさ、今の子供達にも花火を体験させてあげたかったんだ
 俺がガキの頃には、夜になるとあちこちの家の前で花火で遊ぶ子供達がいたもんだ
 俺も慎吾や透と一緒に花火をするのが、凄い楽しみでさ
 夜まで遊べる夏が好きだった」
ゲンちゃんは昔を懐かしむ目を見せる。

「さて、管理人として挨拶して、花火イベントを始めるか」
ゲンちゃんは子供達やその保護者達のいる場所に向かって歩いていく。
何人かの子供がゲンちゃんの足にまとわりついて笑い合っている。
「良いかお前等、これはハゲじゃなくてスキンヘッドっつーの
 中途半端にハゲ散らかすより、手入れするの大変なんだぞ
 それに、お前等の父ちゃんだってそろそろ危ないんじゃないか」
そんなゲンちゃんの言葉に、周りの住人がドッと受けていた。

やっぱり、ゲンちゃんは俺の憧れの『大人』だった。

 
「ひろせのために、線香花火を用意したんだ
 やってみる?最初は俺がやるの見てる?」
そう声をかけると
「やってみます、どうすればいいのか教えてください」
ひろせは少し緊張した顔を見せた。
ふわふわの長い髪を後ろで結び、Tシャツにジーンズというラフな格好をしていても花のように可愛らしい。
俺はひろせにしゃがむように指示し、線香花火を1つ手に取らせた。
チャッカマンでひろせの花火に火をつけると、彼が緊張するのがわかった。
「揺らすと玉が落ちちゃうから、なるべく静かに持ってるんだよ」
ひろせは頷いて、じっと火の玉から飛び散る火花を見ていた。
「玉が、小さくなってきました
 あ、消えちゃった…落としちゃったのかな」
確認するように地面をのぞき込む彼に
「今のでお終い、儚いだろ」
俺はそう言葉をかける。

「あれで終わりなんですね
 最初は大きな玉だと思ってたのに、あっという間に小さくなって
 そういえば飛び出す火花も小さくなってきていました」
ひろせはほうっと息を吐き出した。
「線香花火なら火も怖くない?もう一回やってみようか」
「はい、小さな火花がキレイでした
 野草の小さな花みたい
 この前みたいに見ているときより自分で持ってやってみた方が、断然キレイです」
目を輝かせるひろせに花火を渡し、火をつける。
「俺もやろっと」
ひろせと並んでしゃがみこみ、俺も自分が持っている花火に火をつけた。
細長い火が丸い玉になり火花が出始めた頃、ふっと風が吹いてこよりが揺れてしまった。
その微かな衝撃で、玉がボトリと落ちてしまう。

「落ちちゃった」
俺が舌を出すと
「僕のもです、線香花火って繊細で難しいですね」
ひろせが真面目な顔を見せる。
「まだまだあるから、時間まで楽しもう」
俺が袋を掲げてみせたら
「はい、飼い主との夏の思い出、楽しいです」
ひろせは幸せそうに微笑んでくれた。
俺達は時間一杯まで線香花火を堪能し、2人の初めての夏休みの思い出を増やしていくのであった。


21時になり後片付けを終えた後、参加者達は自分たちの部屋に帰っていく。
俺も今日は夏休み最後のお泊まりであったため、ひろせの部屋に帰っていった。

「花火って、楽しいな
 線香花火って落とさないようにするの、大変なんですね」
部屋に戻って葡萄フレーバーの麦茶を飲みながら、ひろせがうっとりと呟いた。
「もっと色んな花火もあるよ
 来年は別の花火にもチャレンジしてみようか
 今回のイベントの受けが良かったから、来年またやりたいってゲンちゃん言ってたんだ」
俺の言葉にひろせは嬉しそうに頷いた。
「管理できる火はありがたい、と言うことを思い出せました
 寒い冬、暖炉の火の暖かさが大好きだったんです
 僕専用のクッションを、暖炉の正面に置いてもらっていました」
ひろせは遠い昔を思い出したのか、クッションに座って膝を抱えこんだ。

「ひろせの今の居場所は、俺の腕の中だよ」
キザすぎるセリフで恥ずかしかったけど、俺はそう言って背後から座る彼を抱きしめた。
ひろせは涙を浮かべ、振り返って俺を見る。
「ずっと、一緒だから」
耳元で囁くと、無言でコクリと頷いた。

「シャワー浴びる?花火やってた中にいたから、ちょっと自分が煙臭くなってるきがしてさ」
俺の言葉で
「そういえば、僕も髪から煙の臭いがするような気がしてました」
ひろせも髪をほどいて頭を振った。
「一緒に入りましょう」
ひろせは俺の腕に自分の腕を絡めてくる。
「うん」
俺達は立ち上がって、シャワールームに向かって行く。

「シャワーを浴びたら、僕の身体にまた花を咲かせてください」
艶やかなお願いに俺はドギマギしてしまう。
「あまり、目立たないところにね」
動揺を悟られないよう答えると
「僕は気にしないんですが…
 むしろ、長瀞や羽生に自慢したいなって思ってるんですけど」
ひろせは大胆なことを言い出した。
「それは絶対だめ」
俺は焦って、手でひろせの口を塞いでしまう。
「2人だけの秘密だから」
俺の言葉に、ひろせの目元が笑みの形になった。
俺の手に自分の手を添え、そっと頬ずりする。
手を離したら
「秘密、飼い主と2人だけの、花の秘密」
ひろせはそう言って嬉しそうにフフッと笑った。

「ひろせが見えるとこにつけて欲しい?」
俺もつい大胆なことを聞いてしまった。
「本当は体中全部につけて欲しい、僕の全てはタケシの物だから」
「それは、大変そうだね」
思わず苦笑する俺に
「僕、欲張りなんですよ
 暖炉の暖かい場所だって独り占めしてたし
 タケシのことも独り占めしたい
 だからタケシにも僕のこと独り占めして欲しいんです」
ひろせはクスクスと笑う。

「じゃあ、頑張ってみようかな」
「期待してます」

俺達は夏休み最後の甘い夜を楽しみに、2人でシャワーを浴びるのであった。
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