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しっぽや(No.85~101)

side<ARAKI>

しっぽや事務所で白久や黒谷からジョンの話を聞いた俺は、思わず吐息をついてしまった。
「前の飼い主の血縁者がみつかることなんて、あるんだ」
俺の言葉に
「すごいレアケースなんじゃね?」
一緒に聞いていた日野が神妙な顔で腕を組ん首をひねる。
「いや、お前に言われても」
俺は思わず苦笑してしまう。
日野は黒谷の以前の飼い主の生まれ変わりなのだ。
特殊性で言えば、そちらの方が断然上だと思われた。

「まあ、そうだけどさ」
そう言いながら日野はチラチラと俺の顔を見ている。
それで俺も、日野が何を考えているか察しが付いた。
「俺は、白久の元の飼い主とは血縁関係、無いぜ
 確かに記憶の転写を見たとき、顔はちょっと似てるかな、とか自分でも思ったけど
 若くして亡くなった親戚の話なんて、聞いたことないし」
「そっか」
日野は複雑な顔をみせる。
日野は白久の元飼い主の幽霊(?)を見たことがあるらしい。
その時、俺に顔が似ていると思ったそうだ。
「白久って、荒木みたいな顔が好きなのかな?」
日野が躊躇(ためら)いがちにそんなことを口にしたので、俺はドキリとしてしまう。
『俺、この顔じゃなかったら白久に選んでもらえなかった?
 年取ってもっとオジサンになったら、心が離れちゃう事もあり?』
そんな考えが頭をもたげ、不安に駆られてしまった。

「そんなことはありません
 私は荒木が荒木だから好きなのです」
白久はキッパリと宣言し、俺を抱きしめてくれた。
「以前ジョンに岩月様のことを『血縁者だから大事な方だと思ったのか』と聞いたことがあります
 けれどもジョンはそうではないと答えました
 その時の私にはよくわからなかったのですが、今ならわかります
 荒木という存在が、私を引きつけてやまないのですよ」
白久の告白に、俺は照れくさくも嬉しい気持ちでいっぱいになる。
「うん」
俺は幸せを感じながら、白久に抱きついた。

白久に対抗するように、黒谷も日野を抱きしめていた。
「日野だって、和銅とは違う顔だけど僕には関係ない
 転生と言っても、魂は和銅よりうんと強い輝きを放っているよ
 試練を乗り越えた者の強く輝く魂、それに惹かれ守りたいと感じるんだ」
「黒谷がいてくれるから、強くなれるんだよ」
日野も黒谷に抱きついて、満足そうな笑顔を見せた。

抱きしめてくれる白久の白い服を見て、俺はふとそれに思い至った。
「もしかしてここの化生達の服って、岩月さんのクリーニング店で洗ってもらってるの?」
「はい、ですから白い服が多い私や長瀞はジョンに怒られっぱなしなのですよ
 『汚しすぎ』だって」
白久は舌を出してみせる。
「ジョンに簡単な染み抜きは教わりましたが、とてもそれでは間に合わなくて
 台風の日の泥跳ねも、怒られましたねー
 前から天気は分かってるんだから、こんな日は休業しろ、じゃなきゃジーンズで仕事しろ、と」
苦笑する白久に
「でも、台風の時はゲンさんの店が大変だったし、今日だって急な雨だったからしかたないよね」
俺はそう言ってみた。
「それに俺、やっぱり白久は白い服が一番似合うと思う」
モジモジ伝えると、白久は嬉しそうに笑ってそっとキスをしてくれた。

「何にせよ、ジョンのおかげで、僕達きちんとした服装を保てるからありがたいよ
 普通のクリーニング店にどうやって頼んだらいいかわからないし、ドロドロの服なんて持って行けないからさ
 スーツ着てると『ペット探偵』なんて怪しい職業でも好意的に見てもらえるけど、汚すたびに買い換えてられないもんね」
黒谷が朗らかに笑った。
「そりゃ、化生って格好いいしキレイだから、スーツ着てると迫力増すもんな
 いや、空は迫力出過ぎて殺し屋みたいだけど」
「確かに!」
日野の言葉に、俺はつい吹き出してしまった。

「でも、あのドロドロの服、店まで持って行くの大変じゃない?」
俺は白久にそう訪ねてみた。
ジョンの話を聞く限りでは、そのお店は事務所の近くには無さそうだったからだ。
「大荷物で電車で移動するの、厄介だよな」
日野も顔をしかめている。
「いえ週に2回、火曜と金曜のしっぽや業務開始前に、車で事務所まで配達に来てくれるのです」
「影森マンションにも、移動クリーニング店として寄ってくれるんだ
 大手チェーン店より値段が高いけど、腕が良いからそれなりに繁盛してるみたいだね
 カズハ君の家も利用していたらしくて、化生の関係者だと聞いて驚いてたよ」
白久と黒谷の答えで、俺と日野は納得する。
「平日の朝に来るから、俺達ジョンに会ったことないんだ」

俺達はジョンと岩月さんに会ってみたくなった。
予備校の日程を確認すると、次の月、火は俺も日野も授業予定がなかったのでその旨、白久に伝えてみる。
「それでは次の火曜の朝に少し時間をとってもらえるよう、ジョンに連絡しておきましょう」
白久は笑って頷いてくれた。

こうして俺は、新しい仲間のジョンと岩月さんに会うことになったのであった。




翌週の月曜日、俺と日野はしっぽやでのバイトの後に、影森マンションの飼い犬の部屋に帰っていった。
このまま泊まって、火曜日は早めに事務所に行くことにしたのだ。
ゲンさんより年上の飼い主に会うということで少し緊張してしまうが、話を聞いた限りでは優しそうな人である。
化生飼いの先輩に聞いてみたいことがあり、俺はかなり年上なオジサンとの面会を楽しみにしてる自分に少し驚いていた。
『化生っていう共通項がなければ、会おうとも思わない相手だよな』
化生を通じ世界が広がっていくのが不思議でもあり、楽しくもあった。

白久の部屋で、白久が作ってくれたご飯を食べる。
白久とゆっくり過ごすのは久し振りで、俺は幸せを感じていた。
忙しない夏休みの疲れが、癒されていく。
暫くは麦茶を飲みながら見るともなしにつけていたテレビを眺めていたが、白久と2人っきりだということを意識すると興奮してドキドキしてしまう。
俺は白久に抱いてもらえることを期待していたのだ。
白久も少し上気した顔で俺を見てくれる。
俺達は自然に抱き合って、熱く唇を重ね始めた。

一緒にシャワーを浴びた後、ベッドで想いを確かめ合う。
「白久…」
「荒木…」
お互いの名を呼び合って、その肌に触れ合う、存在を身近に感じる至福の時が訪れる。
いつものように何度も繋がりあい想いを解放し、愛を確認しあった。
夢のような時間はあっという間に過ぎ去って、心地良い闇に包まれる。
俺は白久の腕に抱かれて眠る、極上の時を満喫していた。



翌朝、いつもより早い時間にしっぽや事務所に出勤する。
黒谷と日野は俺たちよりもっと早く事務所に来ていた。
「早起きして、黒谷と少し走ってきたんだ」
日野は清々しい笑顔をみせた。
日野も、黒谷との時間を満喫していたようだ。

「岩月さんには、どんなお茶出せば良いかな」
俺はまた緊張してきた。
「岩月さんって、ゲンさんより上だけど婆ちゃんより若いんだよな
 最初は冷たい麦茶で、エアコンで冷えてきたら温かいお茶…
 いや、最初から温かいお茶の方が良いかも」
「じゃ、とっておき、こないだタケぽんに買わせた『やぶきた茶』出そう
 お茶請けはどうする?」
色々計画を立てる俺と日野を、白久と黒谷はニコニコしながら見ていてくれた。


コンコン

ノックの後に白久が頷いたので、彼らが来たことを俺と日野は察知する。
「まいどー、永田クリーニングです」
黒谷が扉を開けると、荷物を抱えた2人が室内に入ってきた。
ハーフにも見える端正な顔に人懐こい笑みを浮かべる、茶色い髪の人がジョンであろう。
白久よりは少し年輩に見えるが、それでも30前後、といった外見であった。
もう一人もやはり茶色い髪をしている。
けれども明るい雰囲気の優しそうなオジサンであった。
オジサンは俺と日野を見ると
「やあ、初めまして、若い飼い主さん達
 僕はジョンの飼い主、永田 岩月です、よろしくね」
とニッコリと笑ってくれた。
「あの、白久の飼い主の野上 荒木です」
「黒谷の飼い主、寄居 日野です」
俺達も慌てて挨拶を返し、ペコリと頭を下げる。
「永田クリーニング店の可愛い看板犬、ジョンでーす」
ジョンが悪戯っぽい顔で、へヘヘッと笑った。

俺と白久、日野と黒谷と一緒に岩月さんとジョンが控え室に入る。
ここなら落ち着いて話が出来ると、事前に打ち合わせておいたのだ。
他の化生は事務所で待機してもらっていた。
「やあ長瀞、こないだゲンちゃんに頼まれたジャケット持ってきたから、クローゼットに入れとくよ
 帰りに持って帰ってね」
岩月さんに言われ
「岩月様、いつも有り難うございます
 近いうちに背広も頼みますね」
「あ、岩月さん、俺もサトシの背広頼みたかったんだ
 今度持ってくるね」
長瀞さんと羽生が、笑顔で会釈しながら事務所に移動していった。
岩月さんは化生とは顔馴染み、と言った感じであった。

「どうぞ」
控え室のソファーに腰掛けた2人に、俺はお茶を出す。
「お茶請けも召し上がってください」
日野が煎餅やクッキーの入ったカゴをテーブルの上に置いた。
「どうもありがとう、気が利く子達だね、ゲンちゃんの言ってた通りだ」
岩月さんは親しみを込めた視線で、俺達を見てくれた。
「黒谷と白久が選んだ飼い主だ、良い子に決まってるさ」
ジョンが岩月さんに寄り添うと
「そうだね、やっと2人に飼い主が出来て喜ばしい限りだよ」
岩月さんもジョンに寄り添った。
穏やかにソファーに並ぶ2人はとても幸せそうで、自然体に見えた。

そんな2人を見ていると『オジサンになったら白久が離れていくんじゃないか』なんて不安を感じたことが、バカらしく思えてくる。
時を重ねれば重ねるだけ化生と飼い主の絆は深くなる、そう思わせてくれる雰囲気が彼らにはあった。
何十年か後、俺と白久もこんな風に自然に寄り添いあっていられるよう、願わずにはいられなかった。
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