しっぽや(No.70～84)
翌朝、俺と白久はいつもより早く家を出た。
まだ爽やかな空気が残っている時間、少し遠回りしてしっぽやに向かう。
途中、早朝からやっている牛丼屋でモーニングを食べてみた。
「ふうん、朝は軽めのメニューとかあるんだね」
こんな早い時間に初めて店に入った俺は、いつもとは違うメニューが珍しくて目移りしてしまった。
「クロと日野様は、たまに利用するそうです」
「そっかー、これも、こっちも美味しそう
よし、今日はこれにする
今度また、朝に来てみよう」
「はい、飼い主との朝の散歩、朝ご飯付き
贅沢で楽しいです」
俺達は顔を見合わせて笑い合った。
しっぽやに着き、朝の掃除を開始する。
「もう少しすればタケぽんも来てくれるし、受付は俺達に任せて白久は捜索に出て良いからね」
「朝からそんなに依頼は来ませんので、大丈夫ですよ」
そんな会話を交わす俺と白久に
「そうそう、むしろ土日の朝は、俺が大忙しなのだ
今日もしつけ教室、午前も午後も満員電車、ギュウギュウ詰め」
空が笑顔を見せる。
「満員御礼（おんれい）ですね」
すかさず白久が訂正する。
「そうそう、そのオンリー」
わざとなのか本気で間違えているのかわからない空の言葉に
「満員なのに、オンリー」
俺は思わず笑ってしまった。
業務開始時間を過ぎると、しつけ教室参加希望者が徐々に集まりだした。
俺はその中に、見知った顔を発見する。
「あれ、弘一（こういち）君？」
驚く俺に
「荒木先輩、おはようございます
あの、ここって、しつけ教室もやってるってジジイ…、爺ちゃんに聞いて
ちょっと参加してみたいなって
ラキ、まだ５ヶ月前だから、しつけとかって早いのかな」
弘一君はモジモジしながらそう言った。
弘一君は、白久達化生を診てくれる『秩父診療所』の医師、カズ先生のお孫さんだ。
先月、カズ先生からの依頼で、俺と白久は『ラキ』の捜索をしてる。
弘一君が連れている秋田犬の子犬ラキは、俺が見たときよりずいぶん大きくなっていた。
「こんにちは、大きくなりましたね」
白久がさりげなくしゃがみ込み、ラキの頭を撫でている。
今日のことをラキに伝えているのだろう。
ラキは白久を覚えているのか、嬉しそうに尻尾を振っていた。
「大丈夫ですよ、この子は賢い子だから弘一君との付き合い方を学べる機会を喜んでいます」
白久がそう言うと
「えー？そんなことわかるの？」
弘一君は半信半疑な感じながらも、嬉しそうな顔をする。
「わかりますよ、私はこれでも、長くこの仕事をやっていますからね」
白久のもっともらしい顔をみて
「お兄さん、スゲー！ラキのことすぐ見つけてくれたし、優秀だって荒木先輩も言ってたもんね」
弘一君は白久を見て頬を染めた。
そんな弘一君の態度を見ていると、俺の心の中にモヤモヤした思いが生まれてしまう。
『えっと、カズ先生は秋田犬の親鼻さんが好きだった
亡くなってる秩父先生も、秋田犬の親鼻さんが好きだった
ってことは、今、秋田犬を飼ってる弘一君が白久に惹かれても不思議はない…のか？
秩父の血を持つ者って、秋田犬に魅了されやすい？？』
自分でもバカな考えだと思うものの、一回そんな疑問が浮かんでしまうと俺はそれを否定できなくなってしまう。
しつけ教室参加者が空と一緒に事務所を出て行っても、俺の胸の中はそんなモヤモヤした考えでいっぱいだった。
「荒木、どうかなさいましたか」
白久が少し心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「え？あ、いや、子犬の成長って早いなって
ラキ、前はヌイグルミみたいだったのに、しっかりした顔立ちになってきたね」
俺は何気なさを装って、そう答えた。
「やはり可愛らしさでは、あのくらいの年頃の方にはかないませんね…」
白久が少しションボリするので
「いやいや、白久だって可愛いよ
それに凄く格好いいし、子犬より断然頼りになる」
俺は慌ててそう付け加えた。
ホッとしたような白久の顔を見て
『弘一君には悪いけど、白久は俺の飼い犬で、俺のことが好きなんだ』
俺は優越感を感じてしまった。
タケぽんが出勤してくる前で、事務所には化生しかいなかったので
「白久、愛してる」
俺は白久に抱きつくと、少し濃厚な口付けをした。
白久もそれに応えてくれる。
それで、俺の不安はずいぶん和らいでいった。
その後は、いつものような時間が流れる。
出勤してきたタケぽんと未入力のデータを入力し、入力済みで１０年以上前の古い報告書をスキャナーで取り込んでいく。
取り込み終わった物はシュレッダーにかけていった。
ポツポツと入ってくる捜索依頼をこなし、気が付くとお昼の時間になっている。
「白久はまだ捜索中だけどそろそろ空が帰ってくるから、ひろせとタケぽんは先にランチに行ってきたら？
ついでに水出し麦茶のパック買ってきて」
「はーい」
仲良く出かける２人を見送って、俺は事務所のソファーで一息つくのであった。
コンコン
ノックと共に
「たっだいまー、いやー、暑くなってきたぜ
控え室の空調フル稼働して涼ませて－」
汗だくの空が戻ってくると、そのまま控え室に直行する。
空に続いて、弘一君も事務所にやってきた。
「すいません、爺ちゃんが車で迎えに来てくれるんで、ここで待たせてもらって良いですか
ラキ、張り切りすぎたんだかちょっとバテちゃって、なるべく日陰に居たんだけど」
見るとラキは口を開けてハアハアと喘いでいる。
俺は慌てて犬用のお皿に水を入れ、ラキの元に持っていってやった。
ガブガブと水を飲むラキの頭を撫でながら
「秋田犬には、夏の暑さが堪えるね」
俺はそう話しかけた。
「すいません、もっと注意するようにします」
ションボリする弘一君に
「ラキのこと、可愛がってくれてるんだ
秋田犬、好き？」
俺は何となくイヤらしい質問をしてしまう。
「はい！秋田犬って、スゲー格好いいです
爺ちゃんが一番好きな犬種だって言ってるの、わかりました」
そんな答えが返ってきて、俺の心の中はまた複雑な思いで揺れ動いてしまった。
弘一君は事務所内を見回すと
「あのお兄さん、白久さんでしたっけ
仕事に行っちゃったんですか」
オズオズとそんなことを聞いてきた。
「うん、柴犬の捜索依頼が来てね、白久は和犬と相性良いからさ」
俺はつい、白久のことを自慢げに答えてしまう。
弘一君は少し逡巡していたが思い切ったように
「あ、あの！
荒木先輩って、その、白久さんとお付き合いしてたりするんですか？」
顔を真っ赤にしながら、ストレートな質問をぶつけてきた。
俺はそれを聞いて、去年の夏休みを思い出してしまった。
あのときは、日野に同じようなことを聞かれたのだ。
その後に告げられた事実は、俺にとって何よりも辛い現実だった。
ここで曖昧な返事をして弘一君に変に期待を持たせるのは酷だし、何より俺が白久を手放したくなかった。
「うん、付き合ってる、体の関係も、もうあるし」
俺はつい、聞かれてもいないことまで答えてしまう。
『中学生相手に、そこまで言わなくても良かった』
さらに赤くなった弘一君の顔を見て、俺も猛烈に恥ずかしくなってくる。
俺達は顔を赤くしながら、暫く見つめ合っていた。
室内温度が、体感で５度くらいは上がったように感じられた。
「白久さんって、格好良いですもんね…
俺なんかと違って頼りになりそうだし、荒木先輩のこと守ってくれそうだし
俺もあの人くらい背が高かったらな…」
弘一君は俺から目をそらすと、そんなことを呟いた。
それは俺が思っていた諦めの言葉とは少し違う気がして、頭の中に『？』マークが浮かんでしまう。
「荒木先輩って、スゲー可愛いのにしっかり自分の考えとか持ってて、ガキみたいな態度とってた俺の相手、真面目にしてくれて
なんつーか、俺、荒木先輩のこと…」
弘一君がそこまで言ったところでノックが聞こえ、カズ先生が事務所に入ってきた。
「いやー、信号に８回も引っかかって遅くなっちゃった、ごめんごめん
どうしたのコウちゃん、顔が赤いけど、まさか熱中症？
それとも荒木君に告ってたの？
あれからコウちゃん、荒木先輩、荒木先輩ってうるさくてさ
小学生の頃、仮面ライダーにハマってたときみたいだったよ
あの時は、いっぱいオモチャ買わされたっけ」
カズ先生の言葉を聞いて
「ジジイ、黙ってろ！」
弘一君は顔を真っ赤にして怒鳴っていた。
しかしカズ先生は慣れているのかものともせず言葉を続けた。
「白久は捜索で出てるのかな
コウちゃん『白久さんて、秋田犬みたい』とか言い出してさ
ラキを飼ってる自分と白久さんが側にいる荒木先輩、お揃いっぽい、なんて言うんだ
重度の中二病、これは医者でも治せなくて
こんな孫だけど、仲良くしてあげてね」
俺が弘一君に感じていたライバル心のようなものは完全に吹き飛んで、さすがに居たたまれなくなってきた。
わなわなと震えている弘一君に
「俺、ＳＮＳとかやってないから、メアド、交換する…？」
スマホを取り出してそう聞いてみる。
彼もギクシャクとした動きでスマホを取り出した。
赤外線通信で情報を交換しあうと
「良かったねー、でも荒木君は受験生なんだから、あんまりしつこく連絡しちゃだめだよ」
カズ先生が弘一君に注意する。
既に一杯一杯の彼は、マリオネットのようにカクカクと頷いていた…
カズ先生に連れられて弘一君が帰って行くと、俺はソファーにへたり込んだ。
『告られたのなんて、初めてだ』
今の出来事をそう表現していいものか、俺は可笑しくなってくる。
『いや、初めてじゃないっけ』
この事務所の、このソファーに座っていたとき
『私を飼ってください』
白久にそう言われたのだ。
あれは切実な白久の告白であった。
俺の初めては、とっくに白久と体験済みだったと気が付くと嬉しさがこみ上げてくる。
そろそろ帰って来るであろう愛しい飼い犬の顔を思い浮かべ、俺の顔は緩みっぱなしになってしまうのであった。
まだ爽やかな空気が残っている時間、少し遠回りしてしっぽやに向かう。
途中、早朝からやっている牛丼屋でモーニングを食べてみた。
「ふうん、朝は軽めのメニューとかあるんだね」
こんな早い時間に初めて店に入った俺は、いつもとは違うメニューが珍しくて目移りしてしまった。
「クロと日野様は、たまに利用するそうです」
「そっかー、これも、こっちも美味しそう
よし、今日はこれにする
今度また、朝に来てみよう」
「はい、飼い主との朝の散歩、朝ご飯付き
贅沢で楽しいです」
俺達は顔を見合わせて笑い合った。
しっぽやに着き、朝の掃除を開始する。
「もう少しすればタケぽんも来てくれるし、受付は俺達に任せて白久は捜索に出て良いからね」
「朝からそんなに依頼は来ませんので、大丈夫ですよ」
そんな会話を交わす俺と白久に
「そうそう、むしろ土日の朝は、俺が大忙しなのだ
今日もしつけ教室、午前も午後も満員電車、ギュウギュウ詰め」
空が笑顔を見せる。
「満員御礼（おんれい）ですね」
すかさず白久が訂正する。
「そうそう、そのオンリー」
わざとなのか本気で間違えているのかわからない空の言葉に
「満員なのに、オンリー」
俺は思わず笑ってしまった。
業務開始時間を過ぎると、しつけ教室参加希望者が徐々に集まりだした。
俺はその中に、見知った顔を発見する。
「あれ、弘一（こういち）君？」
驚く俺に
「荒木先輩、おはようございます
あの、ここって、しつけ教室もやってるってジジイ…、爺ちゃんに聞いて
ちょっと参加してみたいなって
ラキ、まだ５ヶ月前だから、しつけとかって早いのかな」
弘一君はモジモジしながらそう言った。
弘一君は、白久達化生を診てくれる『秩父診療所』の医師、カズ先生のお孫さんだ。
先月、カズ先生からの依頼で、俺と白久は『ラキ』の捜索をしてる。
弘一君が連れている秋田犬の子犬ラキは、俺が見たときよりずいぶん大きくなっていた。
「こんにちは、大きくなりましたね」
白久がさりげなくしゃがみ込み、ラキの頭を撫でている。
今日のことをラキに伝えているのだろう。
ラキは白久を覚えているのか、嬉しそうに尻尾を振っていた。
「大丈夫ですよ、この子は賢い子だから弘一君との付き合い方を学べる機会を喜んでいます」
白久がそう言うと
「えー？そんなことわかるの？」
弘一君は半信半疑な感じながらも、嬉しそうな顔をする。
「わかりますよ、私はこれでも、長くこの仕事をやっていますからね」
白久のもっともらしい顔をみて
「お兄さん、スゲー！ラキのことすぐ見つけてくれたし、優秀だって荒木先輩も言ってたもんね」
弘一君は白久を見て頬を染めた。
そんな弘一君の態度を見ていると、俺の心の中にモヤモヤした思いが生まれてしまう。
『えっと、カズ先生は秋田犬の親鼻さんが好きだった
亡くなってる秩父先生も、秋田犬の親鼻さんが好きだった
ってことは、今、秋田犬を飼ってる弘一君が白久に惹かれても不思議はない…のか？
秩父の血を持つ者って、秋田犬に魅了されやすい？？』
自分でもバカな考えだと思うものの、一回そんな疑問が浮かんでしまうと俺はそれを否定できなくなってしまう。
しつけ教室参加者が空と一緒に事務所を出て行っても、俺の胸の中はそんなモヤモヤした考えでいっぱいだった。
「荒木、どうかなさいましたか」
白久が少し心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「え？あ、いや、子犬の成長って早いなって
ラキ、前はヌイグルミみたいだったのに、しっかりした顔立ちになってきたね」
俺は何気なさを装って、そう答えた。
「やはり可愛らしさでは、あのくらいの年頃の方にはかないませんね…」
白久が少しションボリするので
「いやいや、白久だって可愛いよ
それに凄く格好いいし、子犬より断然頼りになる」
俺は慌ててそう付け加えた。
ホッとしたような白久の顔を見て
『弘一君には悪いけど、白久は俺の飼い犬で、俺のことが好きなんだ』
俺は優越感を感じてしまった。
タケぽんが出勤してくる前で、事務所には化生しかいなかったので
「白久、愛してる」
俺は白久に抱きつくと、少し濃厚な口付けをした。
白久もそれに応えてくれる。
それで、俺の不安はずいぶん和らいでいった。
その後は、いつものような時間が流れる。
出勤してきたタケぽんと未入力のデータを入力し、入力済みで１０年以上前の古い報告書をスキャナーで取り込んでいく。
取り込み終わった物はシュレッダーにかけていった。
ポツポツと入ってくる捜索依頼をこなし、気が付くとお昼の時間になっている。
「白久はまだ捜索中だけどそろそろ空が帰ってくるから、ひろせとタケぽんは先にランチに行ってきたら？
ついでに水出し麦茶のパック買ってきて」
「はーい」
仲良く出かける２人を見送って、俺は事務所のソファーで一息つくのであった。
コンコン
ノックと共に
「たっだいまー、いやー、暑くなってきたぜ
控え室の空調フル稼働して涼ませて－」
汗だくの空が戻ってくると、そのまま控え室に直行する。
空に続いて、弘一君も事務所にやってきた。
「すいません、爺ちゃんが車で迎えに来てくれるんで、ここで待たせてもらって良いですか
ラキ、張り切りすぎたんだかちょっとバテちゃって、なるべく日陰に居たんだけど」
見るとラキは口を開けてハアハアと喘いでいる。
俺は慌てて犬用のお皿に水を入れ、ラキの元に持っていってやった。
ガブガブと水を飲むラキの頭を撫でながら
「秋田犬には、夏の暑さが堪えるね」
俺はそう話しかけた。
「すいません、もっと注意するようにします」
ションボリする弘一君に
「ラキのこと、可愛がってくれてるんだ
秋田犬、好き？」
俺は何となくイヤらしい質問をしてしまう。
「はい！秋田犬って、スゲー格好いいです
爺ちゃんが一番好きな犬種だって言ってるの、わかりました」
そんな答えが返ってきて、俺の心の中はまた複雑な思いで揺れ動いてしまった。
弘一君は事務所内を見回すと
「あのお兄さん、白久さんでしたっけ
仕事に行っちゃったんですか」
オズオズとそんなことを聞いてきた。
「うん、柴犬の捜索依頼が来てね、白久は和犬と相性良いからさ」
俺はつい、白久のことを自慢げに答えてしまう。
弘一君は少し逡巡していたが思い切ったように
「あ、あの！
荒木先輩って、その、白久さんとお付き合いしてたりするんですか？」
顔を真っ赤にしながら、ストレートな質問をぶつけてきた。
俺はそれを聞いて、去年の夏休みを思い出してしまった。
あのときは、日野に同じようなことを聞かれたのだ。
その後に告げられた事実は、俺にとって何よりも辛い現実だった。
ここで曖昧な返事をして弘一君に変に期待を持たせるのは酷だし、何より俺が白久を手放したくなかった。
「うん、付き合ってる、体の関係も、もうあるし」
俺はつい、聞かれてもいないことまで答えてしまう。
『中学生相手に、そこまで言わなくても良かった』
さらに赤くなった弘一君の顔を見て、俺も猛烈に恥ずかしくなってくる。
俺達は顔を赤くしながら、暫く見つめ合っていた。
室内温度が、体感で５度くらいは上がったように感じられた。
「白久さんって、格好良いですもんね…
俺なんかと違って頼りになりそうだし、荒木先輩のこと守ってくれそうだし
俺もあの人くらい背が高かったらな…」
弘一君は俺から目をそらすと、そんなことを呟いた。
それは俺が思っていた諦めの言葉とは少し違う気がして、頭の中に『？』マークが浮かんでしまう。
「荒木先輩って、スゲー可愛いのにしっかり自分の考えとか持ってて、ガキみたいな態度とってた俺の相手、真面目にしてくれて
なんつーか、俺、荒木先輩のこと…」
弘一君がそこまで言ったところでノックが聞こえ、カズ先生が事務所に入ってきた。
「いやー、信号に８回も引っかかって遅くなっちゃった、ごめんごめん
どうしたのコウちゃん、顔が赤いけど、まさか熱中症？
それとも荒木君に告ってたの？
あれからコウちゃん、荒木先輩、荒木先輩ってうるさくてさ
小学生の頃、仮面ライダーにハマってたときみたいだったよ
あの時は、いっぱいオモチャ買わされたっけ」
カズ先生の言葉を聞いて
「ジジイ、黙ってろ！」
弘一君は顔を真っ赤にして怒鳴っていた。
しかしカズ先生は慣れているのかものともせず言葉を続けた。
「白久は捜索で出てるのかな
コウちゃん『白久さんて、秋田犬みたい』とか言い出してさ
ラキを飼ってる自分と白久さんが側にいる荒木先輩、お揃いっぽい、なんて言うんだ
重度の中二病、これは医者でも治せなくて
こんな孫だけど、仲良くしてあげてね」
俺が弘一君に感じていたライバル心のようなものは完全に吹き飛んで、さすがに居たたまれなくなってきた。
わなわなと震えている弘一君に
「俺、ＳＮＳとかやってないから、メアド、交換する…？」
スマホを取り出してそう聞いてみる。
彼もギクシャクとした動きでスマホを取り出した。
赤外線通信で情報を交換しあうと
「良かったねー、でも荒木君は受験生なんだから、あんまりしつこく連絡しちゃだめだよ」
カズ先生が弘一君に注意する。
既に一杯一杯の彼は、マリオネットのようにカクカクと頷いていた…
カズ先生に連れられて弘一君が帰って行くと、俺はソファーにへたり込んだ。
『告られたのなんて、初めてだ』
今の出来事をそう表現していいものか、俺は可笑しくなってくる。
『いや、初めてじゃないっけ』
この事務所の、このソファーに座っていたとき
『私を飼ってください』
白久にそう言われたのだ。
あれは切実な白久の告白であった。
俺の初めては、とっくに白久と体験済みだったと気が付くと嬉しさがこみ上げてくる。
そろそろ帰って来るであろう愛しい飼い犬の顔を思い浮かべ、俺の顔は緩みっぱなしになってしまうのであった。
