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しっぽや(No.70~84)

side<HINO>

ピピ、ピピ、ピピ、ピ…

スマホのアラームに起こされて、俺の意識が覚醒する。
日曜日の早朝、今日は黒谷とランニングをする予定なのだ。
時刻は午前5時を過ぎたばかりで、部屋の中は薄明るい。
窓の外からは、鳥が鳴き交わしている声が聞こえていた。
日が昇る直前の爽やかな空気を感じ
「よし!頑張るか!」
自分に活を入れながらベッドから起き上がった。

婆ちゃんや母さんはまだ寝ている。
俺は2人を起こさないよう静かに台所に移動すると、婆ちゃんが作っておいてくれたおにぎりにかぶりついた。
冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぐ。
麦茶を飲みながらおにぎり3個を完食し、デザートにバナナも3本食べた。
歯磨きをして顔を洗うと、俺は誕生日に黒谷に買って貰った新しいランウェアに着替える。
『新しいウェアって、気持ちいいな』
鏡に映る自分を見ていると、満更でもない気分になってきた。
買うときに一緒に選んでくれた黒谷も『似合う』と言ってくれたのだ。
俺は顔がニヤケてしまう。
ウエストポーチにタオルや小銭、スマホを入れると、俺は静かに家を出た。

日は昇って明るくなってはいるが、まだ暑さは襲ってこない。
俺はマンションからランニングコースのある公園まで歩き始めた。
黒谷と一緒に走ると思うだけで、テンションが上がってしまう。
日曜日だけれど、早起きをする事が全く苦痛に感じなかった。


公園に着き柔軟体操をしていると、早朝ランニングしている人をチラホラと見かけた。
犬を連れている人もいる。
散歩もかねているのだろう。
『今くらいの時間ならそんなに暑くないし、犬も楽だもんな』
俺も犬連れで走るのだと思うと、そんな人達に親しみがわいてしまう。
「おはようございます」
そう声をかけると、全く知らない人でも
「おはようございます」
爽やかに挨拶を返してくれた。

「日野、お待たせいたしました」
背後から、黒谷が声をかけてくる。
愛しい飼い犬との合流に、俺の頬は自然と緩んでいた。
「おはよ黒谷、わざわざこっちまで出てきてくれて、ありがとう」
「いいえ、ここの公園は緑が多くて気持ち良いですから
 いつも夜のランニングなので、朝に走れるのを楽しみにしていましたよ」
黒谷は俺の選んであげたランウェアを格好良く着こなしていて、その勇姿に見とれてしまう。

「人の少ない時間帯だったので、このまま電車に乗って来てしまったのですが…
 変に思われなかったでしょうか」
俺の視線に気が付いたのか、彼は少し心配そうな顔を見せた。
「大丈夫、アスリートに見える
 ジャージの空は、ヤンキーみたいだったもんなー」
カズハさんには悪いけど、俺は空の姿を思い出して苦笑してしまった。
「ここで2時間くらい走って、その後は影森マンションまで走って行こう
 走れば1時間かからないから、暑さが増す前には着けると思うんだ
 そうだ、部屋に行く前に朝定食べようよ」
「はい、運動の後のご飯は美味しいですから、楽しみです」
嬉しそうな黒谷が、とても可愛らしかった。

それから俺達は軽い柔軟体操をして、コースを走り始める。
黒谷は俺に合わせてゆっくり走ってくれた。
本気を出した犬の化生がどれくらい早く走れるか、俺は空を見て知っている。
悔しいが、俺が短距離を全力疾走するよりも遙かに早かった。
しかし、ゆっくりと言っても、俺だってそこそこのスピードは出している。
俺達は他にジョギングしている人を、次々と追い抜きながら走っていった。

黒谷とすれ違う犬が、軽く尻尾を振って誇らかな視線を向けてくる。
黒谷も相手の犬に同じような視線を向けているところを見ると、飼い主と一緒に走っている自慢をしているようであった。
飼い犬の様子に気が付いた飼い主が俺達に視線を向けるが、俺と黒谷を見ると
「おはようございます」
と親しげに声をかけてくれる。
「おはようございます、このくらいの時間だと犬も楽で良いですよね」
「そうですね、そろそろ夕方も暑いから散歩の時間が難しくて」
相手は普通に、他の飼い主に話しかけるような言葉を返してくれた。
犬連れでのランニングというこの状況が、とても嬉しかった。

俺達はその後、予定通り2時間くらい走っていた。
流石にランニングをする人の姿が減ってくる。
自販機で買ったスポーツドリンクを黒谷と分け合って飲みながら
「今日はこの辺にして、影森マンションに帰ろうか」
俺は自然に影森マンションに『帰る』と言う言葉を口にしていた。
俺にとって影森マンションの黒谷の部屋は、帰るべき場所になっていたのだ。
「そうですね」
汗を拭きながら黒谷が笑顔で答えてくれる。
「飼い主と一緒に走るのは、とても気持ちが良いですね
 また、早朝ランニングしましょう」
黒谷の言葉に俺は幸せな気持ちで大きく頷くのであった。


家を出る前に食べたおにぎりやバナナはとっくに消化してしまったのか、腹ぺこの俺は黒谷と一緒にガッツリと朝定をたいらげた。
マンションへの帰り道
「流石に暑くなってきたなー」
俺は昇りきった日を仰ぎ見る。
「本格的に暑くなる前に戻ってこれて、良かったですね」
黒谷は首にかけているタオルで汗を拭っていた。
「うん、熱中症にならないよう、水分と塩分補給に気を付けなきゃね
 捜索に出る化生達にも言っといて
 今は、昔とは暑さの度合いが違うからさ」
化生は体質的には人間に近くなるので、俺はそう注意する。
「はい、しつけ教室の開始時刻の変更も考えてます
 色々と、変化させていかねばならないことが出てくるのですね
 飼い主がいると、勉強になります
 これがゲンの言っていた『新しい風』ということでしょうか」
「そんな大げさなことじゃないけどさ」
俺は照れながらも、黒谷と共にしっぽやの未来を考えることが出来て深い喜びを感じていた。


マンションに帰り着いた俺達は、シャワーで汗を流してサッパリとする。
服を着る前に脱衣所で黒谷をマジマジと見た俺は
「少し、焼けちゃったね
 日焼け止め塗れば良かったかな」
ランウェアを脱いだ黒谷の首元が、赤くなっていることに気が付いた。
「肌が焼けるなんて、今まで気にしたこともありませんでした
 日野も少し赤くなってますよ、大丈夫ですか?」
黒谷が俺の首元を優しく撫でてくれた。
黒谷に触られるだけで、俺の体にゾクリとした感覚が走った。
彼に触れたくて、触れてもらいたくてたまらなくなる。
「うん、大丈夫」
俺は撫でてくれた黒谷の手を掴むと、その手を引き寄せ彼の指にキスをした。
今度は黒谷がビクリと体を震わせた。

俺は彼の指にそのまま舌を這わせ
「しっぽやに行く前に、する時間ある?」
そう聞いてみる。
「今日は重役出勤ですからね、昼過ぎの出勤でかまわないでしょう」
黒谷は俺の耳元で囁くように答え、ピッタリと寄り添って固く熱くなっている自身を押しつけてきた。
俺自身も、黒谷と同じように反応している。

俺達は熱く見つめ合い、熱く唇を重ねた。
それから、ベッドで熱く繋がり合った。
室内はエアコンを利かせていたが、求め合う俺達はたちまち体に熱を帯びていく。
歓喜の波に飲み込まれ、どれだけ想いを解放しても相手に対する愛で体が熱くなっていった。

欲望が冷めるまで何度も繋がった俺達は、再び汗だくになってしまう。
「しっぽや行く前に、もう1回シャワー浴びよ」
俺は黒谷の腕に抱かれながら、笑ってそう言った。
「そうですね、日野、お疲れではないですか?
 今日は休みにしても良いですよ」
黒谷が労るように髪を撫でてくれる。
「大丈夫だよ、俺、捜索に出る訳じゃないし
 黒谷は?疲れてない?」
黒谷の顔をのぞき込んで聞くと
「僕も、よほど忙しくなければ捜索には出ませんからね」
彼は悪戯っぽい顔で答えた。
俺達は見つめ合って笑ってしまった。

それからシャワーを浴び直し黒谷の部屋に置いてある服に着替えると、しっぽやに出勤する。
「一緒に住めたら、いつもこうやって仕事に行けるね」
俺はまだまだ先の未来を思い、幸せに包まれた。
「その前に、色々やることあるけどさ
 まずは受験勉強と大会に向けての調整かな」
「僕で手伝えることがあったら、何でも言ってくださいね」
そう言ってくれる黒谷の気遣いが嬉しかった。


「うーん、朝定ガッツリ食べたけど、またお腹空いてきた
 運動したからかな」
俺がそう言うと
「しっぽやに行く前に、何か食べますか?」
黒谷はそう聞いてくれる。
「でももう昼過ぎてるし、流石にこれ以上遅くなるのもなー
 よし、食パンでも買っていって、向こうで焼いて食おう
 ハムとか出来合いのサラダとか買えば、トーストサンドになるし
 荒木、ランチに行っちゃったかな
 一応多めに買って行こうか」
「そうですね、この時期は食中毒が怖いので弁当を作ってこない事もあるから
 余ったら冷蔵庫に入れておけば、誰かしら食べますよ
 以前はそこまで気を使うことは無かったんですが、やはり時代が違うと言うやつですかね
 多分、大部分を空が食べるでしょう」
黒谷はクスクス笑っている。
「じゃ、決まり」
俺達はスーパーに寄ってパンやハム、出来合いのサラダやカット野菜を買い込み大荷物を持ってしっぽやに向かうのであった。
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