空の兄弟〈後編〉
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その人はすぐに避難者たちに囲まれた。
(兵隊サン、助ケテ下サイ! 助ケテ下サイ!)
避難者たちの悲願の叫びが轟音となり、ただ差し伸べただけの無数の手たちに突つかれて、兵隊は川に落ちて、打ち所が悪かったらしく死んでしまった(と思う)。
それでも避難者たちは動かなくなった彼に助けを求める。
俺は気味が悪くなって、泳いで川を渡り始めた。
その途中で妹が低く呟く、
(へいたいさあん、あたしと、おにいちゃんを、たすけてくださあい…)
俺は胸が苦しくなった。
対岸に上がると、水分を吸って体が重たい、背中の妹を振り落としたくもなった。
ふらふらと覚束無い足取りで公会堂へ向かった、そこに両親がすでに避難しているかもしれない。
早く行きたい、早くあの中へ逃げ込みたいのに、どうして道を開けてくれないの。
(バカヤロオ、押スンジャネエヨオ!)
(早ク進ンデエ、コンナ所デ死ヌノワイヤア!)
ヒイイという声が渦巻く。
俺もうおおと叫んでやった。
背中の妹がびっくりして泣き出す。
(おかあちゃあん、おかあちゃああん…)
空でゴウと唸る風。
見上げればまたB29。
火の粉にまみれて海の方へ向かっているようだったが、焼夷弾を落とすのをいつまでも止めなかった。
さあ! もっと酷い話を聞かせてやろうか? あれは5月の──
「もうええ」
話の途中だったが、言葉で俺を殺そうとするこの男の物語を、俺は遮った。
心臓の辺りを片手で鷲掴みする。
ああ、あの時のお前の気持ちはこうか、鷹!
「もうええから、黙っとってくれませんか」
※よければこちらもどうぞ
→紙に書き殴った時代・⑭
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