悠の詩〈第3章〉
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「琴葉ちゃーん、一緒に帰ろう」
そんな、テストが終わって後は冬休みを迎えるだけになった穏やかなある日の放課後、4組の教室の外から由野を呼ぶ声が飛んだ。
由野は気まずそうに笑って、すぐ傍にいる柏木を見る。
たしか、由野と柏木は長い事一緒に帰れてなくて──大抵柏木がさっさと下校してしまう、劇団云々なんだろうけど──今日やっと約束が出来たんじゃなかったか、さっきの昼休みに。
柏木は由野と廊下の人物を順番に見て、由野の肩をトントンと叩きながら「また今度、ね」と穏やかな顔で廊下に促した。
由野は申し訳なさそうに、というより悔しそうに、「ごめん、今度、絶対よ」無理繰りに柏木の小指に自分の小指を絡めて一度だけ振ると、バッグを肩に掛けて廊下へ駆けていった。
今俺の席がど真ん中の列の一番後ろなので、後ろの扉から出るやつらはほとんど俺の後ろを通り抜ける。由野も然りで、通りすがりに「じゃあね春海くん、また明日」と声を掛けた。
「おー」由野の背中を見送った後で、窓際の席の柏木に首を向けた。
柏木は何もなかったようにバッグに荷物を詰めて、ゆっくりこちらに歩いてきた。
あんまりゆっくりだから、いつもなら俺の後ろなんてさっさと去っていく柏木に、組み手を後頭部に少しのけ反りながら声を掛ける。
「なー、帰る約束してなかったっけ、オマエら」
見てたの、誰にも分からないような舌打ちをして、柏木は抑揚なく続けた。
「してたけど。でも、先にしたもの勝ちだし、友情は大事にしないとね」
言い終えると、「久々に昼寝でもするかな」大あくびをしながら歩調を速める事なく教室を出ていった。
それでよかったんかよ、もういない柏木に向かって問うてみる。
俺見てたんだからな、オマエの方から由野に「今日はゆっくり帰れそうなんだけど」って言っていたのを。
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