悠の詩〈第3章〉

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 辿り着いた先は、大通りから一本外れてちょっと坂を上った、この町の小さな劇場だった。

 正面玄関に【只今の時間関係者以外立入禁止】の札が立てられてあったが、コタ先生が受付のおじさんに話をすると、

「ああ、柏木座長から聞いてますよ。突き当たりを右の、階段上った所にある扉から入って下さい」

 と言われたので、中に入りその通りに進んだ。

 ギギギと扉をゆっくり最小限に開けて、その隙間に身体を滑り込ませ、素早く扉を閉める。

 コタ先生と何も打ち合わせていないのにこの行動、考えている事はおそらく一緒。

 予想した通り、入ったそこは演劇の最中だった。

 俺達は客席側の、ステージから見ると左手の奥にいて、高低差のある席の作りだから、一番高い所からステージを見下ろしている状態。

 俺達の存在なんか知りもしないで、学校の体育館よりちょっと広いステージで物語ストーリーを進める役者達。

「土浦先生、足を運んで下さってありがとうございます。今までの事も、本当にありがとうございます」

 そう言って近寄ってきたのは柏木の父ちゃん、演劇の最中なので低姿勢のヒソヒソ声。

「いやこちらこそ、また稽古中にお邪魔してしまって申し訳ありません。封切りの昨日に、とも思ったんですけど、そっちのが余計な気を遣わせてしまいそうだったので」

 コタ先生もペコペコと頭を下げながら、これ皆さんで召し上がって下さい、と持っていた紙袋を差し出す。

「先生のご提案のおかげでアイツ、本当に腕が上がりました。お、ちょうど出番だ、見ていってやって下さい」

 受け取りながら、柏木の父ちゃんは顎でステージを指した。

 中央にライトが当たり、その中に妖精みたいな格好の環奈さんが。

 相変わらず綺麗、いや、舞台の上のあの人はいつも以上に輝いている気がする。

 いつも以上に見惚れていると、もうひとつのライトが下手しもての岩場を照らして、そこに腰掛けてギターを構えている、黒いバケットハットを深く被った柏木。

 一瞬柏木だって分かんなかった、だってアイツ、いつも以上に男みたいなんだもん。俺よりずっとずっと歳上の、大人の男みたいだった。

「はっは、カッコイイな、柏木。
 アイツには俺達がいる事、内緒にして貰ってるからな。バレたら怒られる(笑)
 お前もうっかり学校で漏らさないようにな」

 コタ先生が笑いながら小声で言って、恒例の小汚ないウィンクを寄越した。





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