夜は嘘にふるえてる


 冬が来る前に、姉は死んだ。
 それは予想よりも早かった。
 通夜、葬式は慌ただしかった。
 母の肌はガサガサで、白髪の増えた髪はほとんど全て白くなっていた。
 父は、最期に間に合わなかった。ものすごく久しぶりに顔を見たせいか、やつれているんだか、いないんだかわからなかった。
 ただ、老けたなと思った。
 家に帰ってきて、寝かされている姉の枕元に、父は、じっと座っていた。
 私は驚かなかった。
 いつだって姉は死ぬものと、思いながら過ごしていた。
 時々心のどこかが、何かに引っ張られているように引きつるけれど、ずっと、あっさりしたものだった。
 姉の骨は細くて、白くて、子どものようだった。
 これは姉ではない、何かべつのものではないかと、私でさえ思った。
 泣くことももはや出来ない母の前で、その骨が砕かれる。
 そして、砕いたそれを箸でつまみ壺にいれる。
 事務的な行為は、残酷といっても足りない気がした。

 母は今、ぼんやりと骨壷を抱えていた。

「納骨はしないといかんよ」

と目を赤くした伯母が、母の肩を抱いて言った。

「お母ちゃんを支えてあげなさいよ」

 と、ついでに私の両肩を強くつかんでいった。おどしのような目だった。大して見舞いにも来なかったくせに、そんなことを、熱を込めて言えるなんて。
 私なんかに何ができるというのだろう。
 母は、抜け殻のようになってしまった。
 姉の骨の前に座る母は、ずいぶん小さく見えた。
声をかけても、返事は返ってこない。父もまた、帰ってこなかった。

「どうして言ってくんなかったの」

 通夜、葬式があけて、学校に行くと汐里が待ちかまえていた。

「由衣の担任に聞きにいって、そんな大事なこと、事務的に知らされてさ。ショックだよ」

 汐里は泣いていた。
 私のことを支えたかったのだと言う。
 それは例え、私が汐里に伝えていても叶わなかった夢だと思う。

「何か言ってよ」

 汐里が、私の手を握る。私は黙っていた。
 何が友達だよ。
 誰に向けてか、わからないけど、そんな言葉が出た。
 幸い、音になることはなかった。
 大切な秘密を話さなかった私は、もう汐里の友達じゃないかもしれない。
 次第に、汐里は私のそばにいなくなった。

 姉の死から、私以外、それぞれは変わっていくらしい。
 私が一番変わっていくと思っていた。けれど、そうではなかったみたいだ。
 私は家の掃除機をかけ、洗濯物をたたみ、米を炊いた。
 飯が炊けたら専用の器に飯を盛り姉に供えた。
 死んでから、姉に飯をよそうるなんて不思議だった。
 姉の茶わんは、まだ食器棚にしまわれている。
 それは今までと変わらない。機会がこれから、一生ないだけだ。
 父と母の分のご飯を残して、私は自分の茶わんに飯をよそった。

「お母さん、ごはんだよ」

 食べ始める前に、私はもう一度だけ母に声をかけた。
 けれど、やっぱり返事はなかった。
 私は一人、席に着いて手を合わせた。

「いただきます」

 いつまで続くのだろう、そんなことを考える。
 ずっとと言うのは、簡単だった。けれど、そんな簡単なものでもない。
 ただ、この家には、光があったのだ。それは、もう失われた。
 日の光だけ射す、部屋の中は、暗い。
 確かに、同じ光が、指していたはずなのに。



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