『青服の日常』より

 幸せなんてどこにもないと思っていた。
 そう思いたかった。
 違う。「そう」なのだ。
 幸せなんてどこにもない。
 そうだ、そのはずだ。
 この世は地獄で幸せなんてどこにもない、あるはずがない。俺はそう思っている。
 そもそも幸せを感じるということが俺にはよくわからない。
 最後に幸せを感じたのは実家の犬と戯れたときぐらいか、いや、それもただ気を紛らわせる事象でしかない。幸せなのかどうか考えてみるとそうでないような気がしてくるし、憂鬱と空虚を一時忘れられはするものの消えるわけではないから、煙草のようなものだ。
 仮にも俺の癒しである存在に対してそんなことを言う俺はひたすら救えねえとも思うが、地獄にあって腐るなという方が無理な話だ。青服の奴らは違うのかもしれないが、ホクサイやドクターなんかは俺同様にこの世界のどうしようもなさを理解している、かのように見える。しかしホクサイにはマリアという名の救いがあるし、ドクターだってただ己に価値を見出せないだけで、世界に諦めをつけているわけではないのだろうか。
 考えたってわからない。
 そもそも他の奴の考えていることなどわかるはずもないのだ。両親のことすらわからなかった俺に同僚のことなどわかるわけがない。
 それなのに考えてしまうのはおそらく性分だ。
 手が空くと、頭が空くと、どうしようもないことをぐるぐると考える。
 自分のこと、周囲のこと、太陽が目を刺していること、喧噪が耳を苛んでいること、表通りのにぎわいに視界が瞬くこと、今日の依頼人が幸せなんぞを信じていたこと、途方もない大きさの空虚が心を占領し続けている現状……まあ、途方もない空虚に関してはいつものことだ。のしかかってくる憂鬱も、倦怠感も、億劫さも。昔はそれから逃れる方法を探したりもしたが、結局はどんなこともその役には立ってくれなかった。
 無駄だったのだ。
 ボスから勧誘されたのは全てを諦めかけたときだった。
 記憶がぼんやりしていて、その辺りのことはよく思い出せない。とにかくあの時期は限界だった。
 青服に所属する以前の記憶は俺自身の記憶というよりは別人のもののような、それでもマイナス感情や身体の重さはその過去からずっと継続し続けているのだから始末が悪い。
 だからといって、特につらい記憶や悲しい出来事があったからこうなったわけではない。俺はウィリアム・スミス。その性質は平々凡々、どこにでもある性格に誰にでもある過去。だからこそのアンノウン。
 気付いたらこうなっていた。どこにでも付きまとってくる「解放されたい」という思いを持て余してずるずると日常を生きる、それだってどこにでもいそうな労働者のあるある話でしかない。
 結局俺はどこまで行っても平凡な男なのだ。
 どこまで行っても「特別」にはなれない。だから誰の「特別」にもなれない、どこにでもいる一般人。
 昔からずっと、今までずっと、付きまとってくる「普通」さに。
 うんざりしつつも──ている。
 ……?
 まあ、いいのだそんなことは。俺が普通だろうが特別でなかろうが、それを気に病む者は俺しかいない。どこにでもいる男が何を考えていようが、誰の気に留まることもない。俺しか考えない憂鬱なんて、世界にとってはないのと同じだ。
『──』
 違う。俺を気に留める者などいない。いるはずがない。あいつらも、あいつだって……そう。だから俺の空虚も憂鬱も倦怠感も億劫さも、世界にとっては何でもないことで。
 これほど日々が憂鬱なのに、世界にとってはないのと同じ。
 それがどうした。
 俺は世界が嫌いだし、世界は俺に興味がない。それならイーブン、少し天秤が傾いちゃいるが一方的で綺麗じゃないか。
 叶わぬ想いは嫌いじゃない。絶望こそがこの世界にとっては真実だからだ。
 なんて嘯いちゃいるが、明日になったら、それどころか、家に着いたらもう俺は元の憂鬱に戻っているのだろう。
 どうでもいい。どうでもいいが、今だけは、一方的な感傷の救いに浸っていたかった。
 一時の癒しになるならば。

 というのが。
 どこにでもいる男のどこにでもある独白らしいッスね。


(おわり)
2/22ページ
スキ