『青服の日常』より

 不安。
 俺について回るそれ。
 今夜はいったい何の不安なんだ? と自分の中を覗き込む。
 今夜は、「人が怖い」。
 人が怖いって言っても別に本当に人が怖いわけじゃない。人の目とか、向けられる視線とか、そういうものが怖いだけ。
 いつもは無視できている、最近は無視できていた。
 だけどたまに来るのだ、こういう発作が。
 そんなときは、怖い、怖い、怖い、怖いととても落ち着いてはいられない。
 誰が怖くないのか、誰が怖くないのか、区別さえつけられなくなって、ただただ卑屈になって顔色をうかがって、そんな自分が何より嫌だ。
 ■■の顔色をうかがうなんて歪んでいる。たぶん。でもそういうものなのかもしれないと思う自分、ずっとそう思って生きてきた自分もいて。
 バイヤーと出会ってから、俺はだいぶ大胆になったと思う。一般人なんかが社会や他人の人生に出張ることなんておこがましいとか、どうせ俺なんてと思っていたけど、必要なときは話そうってそういう気持ちも段々出てきた。
 だけど今日みたいな夜はやっぱり来る。
 何がきっかけになったのかはわからない。本当に、唐突に来る。そして眠れなくなる。
 まあ眠れないなんていつものことだし、こと一般人はそんな感じで睡眠に問題を抱えてることが多いのも知ってる。企業戦士なんてそんなもん。俺の仕事はだいぶ楽な方だけど。
 それでも憂鬱になったり落ち込んだり、何が不満なのか知らないが、毎日アップダウンを繰り返す自分が嫌だし、同僚たちにも迷惑をかけてしまっていると思っている。やめたい。ほんとに。不安定やめたい。
 バイヤーに謝罪メールでも送ろうかと思ったが、迷惑かけるだけと思ったしやめた。勢いで行動したっていいことはない。たぶん。
 そんなときに、ぴろん、とメッセージが来る。
 スタンプ。
 バイヤー。
 こいつ俺の心が読めるんじゃないか、とたまに思う。そんな神がかったことなんてあるはずないけど、タイミングとかそういうのがいつも合いすぎていて、助かるけど、頼りすぎたくないし、でも俺はバイヤーのことが■■だしやっぱり嬉しくて、嬉しくて、さっきまでの不安なんてどこかに行ってしまって、
『どうした、バイヤー』
 即返信してしまうのだ。
『明日暇ッスか?』
『予定はないけど』
『手打ちうどんセット買ったんで、アンノウンさんちでうどんパーティしましょうよ』
『うどんって東洋の国のアレか?』
『そそ。アンノウンさんうどん好きでしょ』
 なんで知ってるんだ? と思ったが、それを聞いても会話のテンポを遅くするだけだと思ったので聞かない。明日余裕があったら聞こう。
『全員呼ぶのか?』
『いーや、アンノウンさんと俺だけッスよ』
 ほ、と息を吐く。何の感情を抱いたのかよくはわからず、霧散。追う気も起こらなかったので放置し、それってパーティって呼べるのか? と突っ込みたかったがそれをしても会話のテンポが落ちると判断、
『わかった』
 とだけ返した。
『じゃあ明日アンノウンさんが起きる頃に来るッス』
『俺の起きる時間わかるの?』
『だいたい14時でしょ。常識ですよ』
 常識なのか?
『じゃあ14時で』
『はーい、おやすみなさい』
 スタンプ。
 俺もおやすみ、と返して、スマホを裏返して布団に潜る。
 明日……バイヤーが家に来るのか。
 それってどういう状況なんだ?
 回り始めそうになった思考、まあ友達ってそういうものだろって思って、友達? みたいに思考が止まって、でもそんなこと考えたって仕方ないし、明日はバイヤーが来るし、そしたら何かいいことでもあるみたいな気持ちになって、ほわっと暖かくなって、そのせいか知らないけどなんだかすぐに寝てしまった。



 目が覚めて、ベッドの上でもそもそと着替えて終わったところでチャイムが鳴った。
 俺は急いでベッドから降り、玄関まで歩いて行って鍵を開ける。
「はよッス」
「……おはよう」
「うどんパーティッスよ」
「そうだな」
「オレの腕が鳴ります」
「そうなのか?」
 バイヤーはにやりと笑った。
 そうなのか?
「まあ、入ってくれ」
「お邪魔しまーす」
 脱いだ靴を揃えるバイヤー。そういえばこいついつも靴揃えてるな。几帳面なのだろうか。妙にきっちりしたとこがあるのは知ってる。でも俺やっぱりこいつのことそこまで知ってるわけじゃなくてそれは■■として許されることであるのか、知ろうとするのが誠意ではあるのだろうがそうやって不用意に踏み込んで■てしまったらどうする? ■な相手のことを知りたいと思うのは自然みたいな言説、たぶんそれが「普通」であるのだろう。じゃあ俺はこいつのことを一体
「アンノウンさーん」
「え、あ、何だ」
「テーブル使っていいスか?」
「いいよ、自由に使って」
「はい」
 何らかの容器を手渡してくるバイヤー。
「これは?」
「ハンドソープですよ、手洗ってください」
「ええと」
「一緒に作るんでしょ」
「そうか」
 ぽん、と手を叩く俺。
 そのまま洗面所に行ってハンドソープを使って手を洗った。
「ん」
「ん?」
「オレも使うんで、貸してください」
「おう」
 ハンドソープをバイヤーに渡す。
 バイヤーは普通に手を洗った。
 普通にっていうのがどんな普通なのかはわからないのだが、なんか無駄のない、かつきちんとした、手首とか親指とかもちゃんと洗う系のきちんとした動きだ。
 やっぱりこいつは几帳面なのでは?
 几帳面なのだろうか。
 わからないけど。
 そう思いながら見ていると、バイヤーは手を洗い終わってハンカチで手を拭いた。
 なんか高そうなハンカチだった。
 自分で買ったのかな。
 もらったやつだったらどうしよう。
 誰から?
 まあ、そんなことはどうでもいいか。
 どうでもいいのに何だか気にしてしまうのは俺の調子が悪いからなのだろうか。こんなことではいけない。ぼんやりしてたら置いて行かれてしまうかも。■れてしまうかも。それは嫌だ。嫌だ? 俺はそれを嫌だと思っているのか? じゃあ俺はバイヤーにどう
「アンノウンさーん」
「え、何」
「これ」
「これは?」
「小麦粉ッスよ~」
「小麦粉?」
「始めて見たみたいに言わないでくださいよぉ」
「いや、使ったことないし」
「まあ、そうかなって思ってました」
「そう?」
「そう」
 俺と会話をしている間にもキッチンの上の棚からボールを取って軽く洗い、どこからか取り出したふきんで拭いてテーブルの上に乗せて、とバイヤーの動きは無駄がない。
「ボールに小麦粉入れて、塩水入れて混ぜるんス」
 いつの間にかテーブルの上には塩が乗っていた。滅多に使わないから棚の奥深くにしまってたと思うけど、よく見つけてきたな。
 バイヤーは袋に入っていた小麦粉をボールに全部開けた。
「塩、そのスプーンに一杯取ってこれに入れて、混ぜといてください」
「わかった」
 塩の容器を取り、スプーン、これ確か大さじ? 小さじ? 中さじ? よくわからないが、なんかの「さじ」だ。これに取ればいいんだな。

 スプーンをテーブルの上に置き、塩を、
 これどこまで入れればいいんだ? 大盛り? なんかすり切りとかいう言葉を昔習ったような習わなかったような気がする。
「バイヤー」
「すり切りで」
「OK」
 塩を慎重に盛り、なんとかぴったりのところで止めた。
「よし」
 それを、カップの水……計量カップとか一回も使ったことないけどよく見つけてきたな。そういえばこの前のクリスマス飲みのときにナイトが使っていたような使っていなかったような、よく見ていなかったから覚えていない。
 とにかく塩を入れるんだな。
「よっと」
 投入。
 そのままさじで混ぜる。
 冬だからか塩はなかなか溶けなくて、ぐるぐると混ぜ続ける。
 バイヤーの方はと見ると、何か鍋に湯を沸かして茹でていた。
 小魚となんか黒い板っぽいのと茶色いひらひらしたやつ。
 何だろうか。
「これ、黒いのはコンブって言って、茶色いのはカツオブシって言うんスよ」
「コンブ……カツオブシ……味噌汁に」
「入ってるッスね」
「成分表に書いてあった。昔、読んだことがある」
「細かいとこよく見てますもんねあんた」
「そうか?」
「そうですよ。塩、溶けました?」
「えーと」
 手元を見る。
「溶けた!」
「じゃあそれを三分の二だけ粉に入れてください」
「三分の二でいいのか」
「残りは後で入れます」
「なるほど」
 俺は塩水を粉に回し入れた。
 こういうのはまんべんなくと言うんだ。昔祖母が言っていた。
「アンノウンさん、だし取りやります?」
「ん」
「俺粉混ぜるのやりたいッス」
「おう」
 バイヤーから箸を受け取り、鍋に向かう。
「それあと4分ッス、タイマーはかけてるんで」
 腕まくりをしながらバイヤー。
「わかった」
 鍋を見る。お湯が沸いている。
 煮出すんだな。チキンスープの要領だ。
 チキンスープの作り方は昔本で読んで知っている。
 まあ料理の知識なんて誰でもそんなもんだろう。完璧に自炊できますなんて一般人はきっと珍しいし。でもバイヤーいつも結構料理うまくて俺なんかこれ普通でいいのかなってちょっと不安になってくるけどバイヤーの作る料理はおいしい。そういえばこいつなんで今日は俺と一緒に作ることにしたんだろう。俺が料理そんなにうまくないのは知ってると思っていたが。知っててもなお一緒に作りたい理由? そんなものがあるのだろうか。いや、ない。
 鍋はぐらぐらと沸騰している。
 きっとこれは優しさなのだろう。休日一人で寝ているだけの俺を気遣ってくれた、きっとそうだ。駄目だ、なんだかすごく世話をかけてしまっているような気がする。でも俺がバイヤーに世話をかけるなんて今に始まったことではないし、■■に世話をかけるとかかけないとか心配することじゃないとか、そういうことを、なんか前に……言われたような、言われていないような、
『PiPiPiPi!』
「!?」
 俺は跳び上がった。
「タイマーです。問題ないッス。火、止めてください」
「わかった」
 俺は火を消した。沸騰していた湯がすうっと大人しくなる。
 さっきはびっくりしたけど、なんか料理してるっぽい気がしてきた。
「これ結構……楽しいな」
「まだまだこんなもんじゃないッスよ。この粉捏ねるやつ、やります?」
 バイヤーの手元にはパンのように丸くなった粉があった。
「えっこれ粉がこうなったのか? すごい」
「フッフッフ。うどんのタネってやつッス。本格料理ってやつはこういうやつを言うんスよ。はい」
 バイヤーが俺に場所を譲る。
 俺はうどんのタネとやらにおそるおそる触った。
「む」
「む?」
「これを捏ねるんだな」
「そうス」
「よし」
 俺は腕まくりをして、タネを押した。
「それ、なんか四隅から内側に捏ねるらしいッス」
「こうか?」
 俺はタネを内側に丸めた。
「そうそう」
「よいしょ」
 丸める。結構固いなこれ。
「捏ねてると固くなってくるらしいんスよね。あと二回くらいそれしたら寝かすんス」
「二回でいいのか」
「楽でいいでしょ」
「楽なのはいいな」
 よいしょよいしょと捏ねる。そういえば昔、母がこんな風にパンを作っていたような。あれは小麦粉だったのか。いや、そうだな。パンは小麦粉から作るもんな。うまく繋がっていなかったそれらの知識が繋がるのがわかる。
「いいなこれ」
 よいしょと捏ねて、
「できた」
「これをポリ袋に入れて、寝かすんス。はい」
 ポリ袋を手渡してくるバイヤー。
 俺はタネを袋に入れ、
「冷蔵庫に入れるのか?」
「常温ッス」
「常温でいいのか! 楽だな!」
「いいでしょ」
「いいな!」
「で、手を洗います」
「なるほど」
 バイヤーがキッチンのシンクで手を洗う。排水溝になんかゴミ取りっぽい網が張ってある。いつの間にやったんだ、こいつやっぱりできる男だな。
「はい」
 シンクを譲られたので俺も手を洗った。小麦粉は結構こびりつくものだということがわかったが、ごしごし洗っていたら取れた。
「タイマーかけたんで、時間来たら鳴ります」
「わかった」
「で、待ちます」
 バイヤーが椅子に座る。
 俺もその向かいに座った。
 す、と静けさがやってくる。
 ストーブのごうごう鳴る音。
「冬だな……」
「そうッスねぇ」
「コタツを思い出すな」
「そうスねぇ」
「あれ、俺も買おうかと思ったんだが、搬入が面倒そうでやめた」
「搬入の問題!?」
「置くところはこのテーブル捨てたらなんとかなるかと思ったんだが、捨てるのも面倒だったし」
「あんたたまに思い切ったことしますよね、いや、今回はしてないスけど。そんなに気に入りました?」
「ん」
 俺は頷く。
「コタツは落ち着くからな」
「まあドクターも最近すっかりコタツの住人と化してますからね。コタツの魔力、お墨付きッスよ。しかしそんな気に入ってくれるとは買ってよかったッスね」
「……」
 いや、これは普通のなんてことない言い回し。俺のために買ったとかそういうわけではないはずである。俺は冷静に判断し、コタツは良い、とだけ返した。
「コタツは良い」
「いいッスよね」
「良い」
 コタツは良い。入っていると身体が温まってなんか落ち着く。ずっと入っていたくなる魔力も、どうせ俺はいつも億劫なんだしコタツで億劫がってたって日常と何も変わらないわけだし。部屋には置かないけどな。ん、でも、コタツと言えば、
 ――ちゃんと見ろ
「……」
 あれは結局何だったのだろう。なんか近かったのは覚えているのだが、詳細を思い出そうとすると心臓がおかしくなってくる。思い出そうとする度にそうなるので今年の健康診断大丈夫かとかなり心配になってくる。だって俺ももう31だし健康とかマジで気を遣わないといけない歳だってのはわかってるんだけど面倒でやっぱりジャンクフードばっかり食べてしまうけど、そういえば最近はナイトやバイヤーと食べる機会も多いような気がする。今日もうどん作ってるしな。これで血液の数値改善してるといいんだが。っていうかあのときのバイヤーめっちゃ近くなかったか? あんなに近付かれると俺なんか平静ではいられなくなるようなそんななんかがあるんだが、何かわからないけど。でもバイヤーが近かろうが遠かろうがそんな問題あるか? 遠いとちょっと寂しいかもしれない。寂しい? 何だそれ。なんでバイヤーが遠いと寂しいんだ? 友達だから?
「百面相ッスねえ」
「そうか?」
「わかりやすいんスよねえ」
「、そうか?」
「前も言いましたけど、アンノウンさんってたぶん自分で思ってるより色々顔に出るタイプッスよ」
「何考えてるかわからないってよく言われるけど」
「慣れの問題じゃないスかね」
 バイヤーはテーブルに両肘をつく。
 アンノウンさんは、とバイヤー。
「アンノウンさんは俺の考えてることわかりますか、ってこれは失言ですね……」
 バイヤーは眉を寄せる。
 バイヤーの考えていること。バイヤーの考えていることはいつもわからない。考えてみても確信が持てない。普通に考えると不安になってしまうから、こうだろうとプラス解釈を決めつけて強く念じて、でもバイヤーはそれがなぜか当たっているかのような動きをする。不安を不安のまま置いておくことはバイヤーに対して失礼であるような気がしていて、なんで失礼かはわからないけど、でも、そうか、これはたぶん……
「バイヤー」
「何スか」
「俺たぶん、バイヤーのことが……大事? なんだと思う」
 一つ、瞬き。
「俺は、すぐに嫌われる人間だし、行動とか、言葉とか、気をつけないとっていつも思ってるけど、お前に対してはなんか、あんまりそう思わないというか、思わないようにしてる」
「……」
「それは俺がお前のことを……なんだろう、尊敬? 違うか、お前は……そもそもお前は本当に嫌だったら言ってくれると思うし、あんまり不安とか回してても無駄だろうと思うし、なんか、」
「……」
「すき、」
 バイヤーが青紫を大きく見開く。
「みたいな」
「アンノウンさん、」
「俺、今……」
「すきって言いましたね?」
「俺ってバイヤーのこと好きなのか?」
 好きなのか?
 好き、なのか!?
「そうなのか!? 好きだからなんか落ち着かなかったり心臓おかしくなったり近いと平静保てなくなってたりしてたのか!?」
 これが好きってやつなのか? 名前付けられるやつなのか? 憂鬱や不安が薄れて消えそうになるこのどうしようもないでも確かにそこにあるようなこの感情が? 嘘だろ!? 違うだろ!?
 はー、と目を覆いながらバイヤーが息を吐く。
「あんたほんと馬鹿ですね……」
「違うんだバイヤーこれは」
「何が違うんスか?」
 こんなものは知らない、こんなものは、薄れるなんて、俺はずっと不安で憂鬱で、それが普通で、でも、好きって、でも、もっとこう、なんか、こう、もっとこう……いや……否定、できない、
「どうしよう……俺バイヤーのこと好き……」
「……、」
『PiPiPiPiPi!』
「ぴゃ」
「……タイマーッスよ。空気読めませんね」
「えっごめん」
「アンノウンさんじゃなくて、タイマーが」
「タイマーが?」
「うどんの続きをしましょうか」
「あ、ああ……わかった」
 切り替えられる気がしないんだが。
 それでも心のスイッチをぱちんと切り替えるつもりで俺はよし、と言ってうどんのタネを取った。



 そこからうどんを延ばして切って茹でてだしに入れてお椀に盛るまではほとんど無言だった。
 バイヤー怒ってないといいんだが、と思いつつちらちらと観察していたが、特に怒っている様子も悲しんでいる様子もなくいつものバイヤーで、なんか好きとか言ったこととか忘れてしまうようなそんな感じで、俺は、んーと思った。
 まあ、今日の目的はそれじゃなくてうどんパーティだしな。うどんがおいしければ今日はそれでいいんだ。特に気にすることじゃない。だいたいあそこから話が続いたら俺が困るし。何が困るのかはわからないけど、なんか困るし。
 っていうかうどん切る作業思ったより楽しくて、集中してしまった。またやりたい。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
 バイヤーがお椀を寄せてくる。俺はありがたくそれを受け取り、
「いただきます」
「えーといただきます」
 マイ箸を手に取った。
 うどんを一筋取って、食べる。
 咀嚼。飲み込む。
「うまい!」
「うまいッスね」
「初めてとは思えないな! さすがバイヤーは料理がうまい」
「一緒に作ったでしょ~」
「そうだった」
「共同作業ッスよ共同作業」
「……」
「顔赤いッスよ」
「そうか?」
 俺はうどんを更に食べる。
 うまい。これことによると店のやつよりうまいんじゃないか? いや確実にうまい。なんか食べたことない味するし。
「たまには手作りもいいでしょ」
「いいな!」
 うまいうまいと食べていたらあっという間に食べ終えてしまった。
「そこでこのチョコですよ」
「えっ」
「どうぞ」
「なんでくれるの?」
「カレンダー見たらどうですか?」
「カレンダー持ってない」
「そこにスマホがあるでしょう」
 俺は横に置いてあったスマホを付ける。
 2月14日。
「チョコ……あっ今日ひょっとしてバレンタインか!?」
「そうですよ」
「俺何も用意してない……けどそういえば買い置きがあったな」
 席を立ち、戸棚をあさる。
「あった!」
 来客用にと買っていたチョコはまだ未開封だった。
「お前がくれたやつ高そうだし、俺はこの袋を……やる」
「いやいいですって。オレの勝手なあれですし」
「そうか?」
「また来たときに食べればいいですし」
「また来たとき……」
「はい」
「……ありがとう」
「例なんていりませんよ。ともだ……いえ……オレもアンノウンさんのこと好きって話はしましたっけ」
「初耳なんだが」
「そういうことなんで」
「なんで?」
「よろしければ」
「よろしければ?」
「一歩踏み込んだお付き合いを、って全部言わせるとこがアンノウンさんらしいッスよね……」
「えーと!? それはマジで言ってるのか!?」
「大マジッスよ」
「ありがとう!?」
「なんで疑問系なんスか」
「いやなんか……嬉しいっていうのかこういうの? なんか……俺なんかでいいの?」
「アンノウンさんがいいんですよ」
「……、」
「あんたほんと顔に出ますね」
 そう言ってバイヤーは笑った。

 あんなに強かったはずの不安が、そのときだけは影をひそめていた。
 そんな話。
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