『青服の日常』より

 廃工場、今回の取引場所で遊んでいる子供がいた。
 安物の服を着、一人きりで石を眺めている。
 俺は子供に興味はないが、先方を待つ間の空き時間、特にすることもないのでぼんやりとその様子を見つめていた。
 たくさんの石を集めて、一つ一つつまみ上げては裏表横を丹念に眺めては置く。
 石なんかどこが面白いのかと思ったが、そいつにとってはきっと意味のある行為なのだろう。
 平坦なような、興味深げなような、どちらともつかない目。
 あれはおそらく楽しんでいるという感情を表に出さぬようにしている、そういう顔だ。
 だからどうというわけでもない。見知らぬ子供の来歴や内面を推し量ってみても俺には何の得もない。ただ、暇だから。何もすることがないから。ぐるぐる渦巻く憂鬱と億劫さを持てあますことに今日この瞬間は飽きていたから、ただ見ていた。
 日が陰る。
 遠く、やってくるのは今回の取引相手。
 簡単な仕事だった。
 人混みに紛れて背後から一突き。介抱するふりをして路地裏に運び、沈黙を確認したら「葬儀屋」に引き渡す。
 それだけ。
 ボスには既に報告済みで、残っているのは先方に仕事の完了を伝えることだけであった。
 取引相手が片手を挙げる。
 俺は吸っていたタバコを消し、携帯吸い殻入れにしまった。
「どうだった?」
「平穏無事に済みましたよ」
「はは。あっけないもんだ」
「ええ」
「これで叱責もなくなる。怒鳴り声もなくなる。解放されるんだ……ハハ、ハハハ」
「……」
 笑い続ける取引相手。
 嫌な上司が一人死んだくらいで人生は変わらず、生とは存在し続ける限り永遠に続く地獄だと、こいつはいつ気付くのだろう。
 教えてやる義理もない。
 ふと、取引相手が笑いやむ。
 視線の先は、あの子供。
 止めようかどうか、少し迷った。
 逡巡する間に取引相手はゆっくりと銃を取り出し、撃った。
 子供の持っていた石が地面に転がる。
 子供の地獄はここで終わった。
「……ハハ」
 俺の手にスーツケースを渡し、ふらふらと去っていく。
 いつ、気付くのだろう。
 焦燥感と憂鬱と倦怠感と。
 紛れていたはずのそれらが一気に襲う。
 何の役にも立たない。立たなかった。
 好奇心も。興味も。
 俺も。あの子供も。
 デバイスなんかは役に立った例なのだろうが、そんな例はおそらくほんの一握りだ。
 何の役にも立たないなら最初からない方がよかった。持ち続けて不幸になるのはただの社会不適合者だ。
 そうなる前に。
 ではあの取引相手は「よいこと」をしたのだろうか?
 どうでもいいことばかり考える。
 いつもそうだ。
 思考など。
 鈍い方が楽に生きられるのに。
 タバコに火を点ける。
 キッドには知られぬ方がよさそうだ。面倒なことになる。
 煙を吸い込みながら歩く。今日は直帰だ。
 ハンバーガー屋に寄るのもコンビニに寄るのも面倒で、部屋に帰ることすら面倒だったが昨日バイヤーがちゃんと寝るんスよ馬鹿とか言っていたことを思い出した。
 干渉されるのは嫌いだ。そんなこと言葉にするまでもないが、たまにいくら拒絶しても干渉してくる馬鹿がいる。俺なんかに関わらなければいいのに。あいつらも。ボスも。ナイトも。バイヤーも。
 無に関わることそれそのものが無駄であり無だ。
 それがわからないのだろうか。
 ともあれ面倒だが部屋に帰る。もっと面倒なことになってはたまらない。
 冷蔵庫に入っていたいつの日のものかわからないスナックを囓ってベッドに倒れ込む。
 だらだらと続くまどろみの中で止まらぬ思考が考える。
 明日なんか来なければいいのに明日が無くなるのは怖い。
 その折衷案が不規則な生活というゆるやかな自傷なのだろうか。
 どこまでも愚かだ。
 どこまでも続く。
 逃れることはできない地獄だと、いつになったら気付くのだろう。
 そうして俺は意識を落とした。


(おわり)
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