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5月 Red and White, Pink Flowers.

 2003年4月中旬。もうすぐ初夏の風が吹く頃、四季を通して様々なお客様が来店する生花店は今、繁忙期を迎えていた。
 もうすぐ母の日――
 それは私の営む店も例外ではなく、カーネーションを求めて来店するお客様が後をたたなかった
 今日もいつものように発注をかけていると、お店の電話が鳴った。
「はい、フラワーショップYAMAZATOです。……あら、光子郎くん。久しぶりね」
 電話の向こうの彼は照れたような声で「どうも、ご無沙汰してます」と返事をした。
 電話の相手……光子郎くんは常連の泉さんの息子さん。
 年頃の男の子の中では低めの背丈。だけど、その年齢の子にしてはとてもしっかりしている。そんな彼は決まってこの時期に、自ら注文の電話をかけてくるのだ。
『あの。いつもの母の日用のアレンジ、お願いできますか』
「もちろん。毎年ありがとうね」
 何年経っても毎年注文してくれる光子郎くんに、私は笑顔で答える。
 一通りアレンジの希望を聞いた後、受け渡しの日を決めた。
「今年も頑張るから、期待していてね」
『ありがとうございます』
 受話器の向こうのその声から、彼のはにかんでいる顔が目に浮かんだ。
 すると、光子郎くんは思いがけないことを言った。
『完成したら、ぼくの先輩と一緒にお店に行きます。先輩が母の日用のカーネーションを見たいそうなので』
「あら。じゃあ楽しみにしているわね」
 光子郎くんがお母さん以外の誰かと一緒に私のお店にやって来ることはこれまでなかった。彼の先輩とはどんな人だろうと、興味が湧いたけど、それは当日まで楽しみにしておこうと思った。
「そういえば光子郎くん、何年生になったの?」
『今、中学2年です』
「そう、もうそんなになるのね」
 私は、時の流れをひしひしと感じた。光子郎くんが最初にこの店にやってきたのは小学5年生の時だった。あれから3年の月日が経っていたなんて。
 それからいくつか会話のやり取りをして、彼との電話を終えた。
 受話器を置いた私はほう……とため息をつく。
 出会った頃は小学生だった彼も、今や中学生。
(毎年どんどん背も伸びてるし)
 母親思いの優しい彼が、どのように成長していくか楽しみな今日この頃である。そして同時に私は、彼との出会った日のことを思い返していた。

     *

 私事だけど、私がお台場に店を構えたのは、今から5年前の1998年の春のことだった。それまでいた大手の生花店から独立し、初めて自分の店を持ったばかりの私は、不安が大きかった。だけど、お台場の人たちの優しさに支えられ、徐々に店も軌道に乗っていった。
 そんな中で早くから常連になってくれた人がいた。
 近所に住んでいるという泉さん。よくアレンジの花束を買って行ってくれる女の人だった。何回かお会いするうちによく話すようになって、1年も過ぎるととても仲良くなった。
 翌年、1999年は夏に大きな事件があったけれど、記憶がおぼろげでよく覚えていない。けれどその事件の後、泉さんが前より明るくなったというか、何か心につかえていたものが取れたというか、なんとなくそんなことを感じていた。
 2000年になっても変わらず、お店に来てくださっていたけれど、2001年の春のある日、泉さんが背の低い男の子を連れてきた。
「あら、その子は……」
 男の子は私に気付くと、礼儀正しく「こんにちは」と挨拶をした。
「私の息子です」
 泉さんがその男の子の紹介をした。
 それが私と光子郎くんの出会いだった。
 それから彼は、遠慮がちにこんなことを言った。
「母の日の……アレンジをお願いしたいんですけど」
「ええ。いいわよ。どんなアレンジがいいかしら?」
「ええっと……」
 光子郎くんは、なんだか言いにくそうにしていた。
 私は最初、隣にお母さん本人がいるからなのかな、と思っていた。
 すると、泉さんがこんなことを言った。
「かおりさん、白のカーネーションのアレンジって、お願い出来ます?」
 白。それを聞いて私は、おや? と思った。
「すみません。白のカーネーションはいま、在庫を切らしているので、発注します」
「お急ぎですか?」と聞くと、母の日の少し前に間に合えば大丈夫とのこと。
「それでかおりさん。そのアレンジを地方に送ることは出来ますか? 西の方なんですけど」
「はい。出来ますよ」
 私は発注の伝票と、アレンジのオーダー内容に備えてメモを用意していた。
「それでね、送り人はこの子なんです」
「はい」
 その場では反射的に返事をしたものの、少しして私は「えっ」と思った。だって、そこにいるのは……?
 戸惑ったのが表に出てしまったのか、そんな私に向かって泉さんが口を開いた。
「かおりさん。あのね、実は……」
 泉さんが手短に話したのは、彼女の隣にいる男の子が泉さんの実の子ではないこと、そしてその子が本当のご両親を生まれてすぐに亡くしていたことだった。
 昨年夏に打ち明けて、それからお墓参りにも行き、その後、彼からある提案があったのだという。
 男の子は訥々と私に話し始めた。
「ぼくは……お母さんのこと、大好きで大切なんですけど、でも、ぼくを産んでくれたお母さんのことも大切にしなきゃなって思って。亡くなったお母さんのために何かしたいと思ったんです。それを、お父さんとお母さんに相談したら、是非やりなさいって言われて……母の日にお墓の前に供えてもらうように」
「そうだったのね」
 私は感心とともに彼の考えに感嘆した。その時点で年齢を聞いていなかったけれど、彼は恐らく小学校高学年ぐらい。その年齢でそんな考えを持っているなんて。
 すると、彼は照れ臭そうにして、
「でもそれを知ったのはインターネットです。ぼく、パソコンが趣味なので」
 という種明かしをした。
「こういうのをお願いしやすいの、かおりさんかしらって思って。この子はとてもしっかりしているけど、心配だからついて来ちゃったの。かおりさんともお話したかったしね」
 光子郎くんの隣で、泉さんは優しく微笑んでいた。
 詳しくオーダーを伺った後、泉さんは
「しばらく店内を見ていいかしら?」と聞いた。
「どうぞ」と私は返事をした。
「お母さんはどの色の花束が良いですか?」
「そうねぇ」
 発注の準備をしながら遠巻きで、泉親子の姿を見る。 
 家庭の事情の話を聞いてしまったせいもあるのか、私は胸に迫るものがあった。
 そしてふたりは、帰り際に花束を買っていってくれた。アレンジが完成したら、すぐに連絡しますと申し伝えた。
 数日後、発注していた白のカーネーションとそれに合わせた花々が届き、私は一生懸命アレンジを施した。品物が完成した後、泉さんのお宅に電話をかけた。
 すぐに伺いますとの言葉の通り、泉さんと光子郎くんはすぐにやってきた。
「わあ」
「すごい、きれい。素敵ね」
 光子郎くんと泉さんは、アレンジを見るなり目を輝かせていた。そして嬉しそうに「ありがとうございます」と言ってくれた。
「どういたしまして」
 私の技術で人を笑顔に出来た、そんな時が花屋になって本当に良かったと思う瞬間だ。
 光子郎くんは帰り際、
「あの……また、来年もお願いしていいですか?」と私に聞いた。
「もちろん」
 私は笑顔で彼に答えた。
 それからというもの、光子郎くんは、お母さんのおつかい、という名目で時々お店に来てくれるようになった。
 お母さんに頼まれたお花を買いに来てくれたり、そのついでに色々な話――学校のことやお母さんのこと、趣味のパソコンのこと、友達のこと――をしたりした。
 そんなある日。
「かおりさんはデジモン、って知ってます?」
 光子郎くんが私にそう聞いてきた。なんだか何処かで聞いたことのあるようなそんな響きの言葉だった。
 よくは知らないけど、聞いたことはあるかもしれないと答えると、彼はそれについて話したかったらしく、堰を切ったように話し始めた。
「2年前の……夏にお台場で起きたあの事件、その……デジモンが関わっていたんです。そして、その事件にはぼくも関わっていました。ぼく、デジモンたちの存在する世界に行って、長い間旅をしていたんです」
 突然の話に、私は内容を飲み込めずにいた。少しの間、言葉を失った私は、やっとの事で彼に質問した。
「長い間、ってどのくらい?」
「こちらの時間では数時間にも満たないですが、向こうの時間だと1年ほどでしょうか」
 私は、おとぎ話にしか思えない彼の話に驚きながらも、一生懸命に話をする、彼の言葉に耳を傾けた。
「ぼくは……小さい頃にお母さんとお父さんの本当の子供じゃないって知ってしまって、それからどうしたら良いか分からなくなって、ずっと辛かったんです。
 ぼくなんかいなくてもいいんじゃないか、って思ったこともあって。
 でも、デジモンとデジモンたちのいる世界に出会って、デジモンがいる世界で一緒に戦った仲間がいて、ぼくは変われました。昔より前向きになれたというか、ぼくはぼくでいいんだって、そう思えるようになって。
 お台場が大変だった時に、お父さんからぼくがふたりの養子だってことを打ち明けられて。だけどぼくは、そのことを素直に受け止められたんです。本当の両親のこともその時に知って。本当の両親は事故で亡くなって、本当のお父さんにぼくはそっくりで、ふたりとも、ぼくを大事に思っていたって聞いて、今まで目を背けていたことと、ちゃんと向き合おうっていう気持ちになったんです」
「じゃあ、光子郎くんにとってデジモンは大切な存在なのね」
 私の言葉に光子郎くんは「はい」と頷いた。
「それに……デジモンはぼくたちの味方にもなってくれます」
「デジモンって、いいデジモンと悪いデジモンもいるの?」
 私の質問に光子郎くんは「ええ、それはもちろん」と答えてくれた。
「ですが……人間にもいい人と悪い人がいますから、それと一緒だと思っています」
 私は、小学校高学年で言うような台詞じゃないなと思った。けれど、かつて塞ぎ込んでいたらしい彼が、それだけのことを言えるようになった、そんな、かけがえのない経験をしてきた世界に、とても興味が湧いたのだった。
「かおりさんは、99年より前に、ここでお花屋さんをしていたんですよね」
「ええ、そうよ」
「じゃあ……2年前の春、2000年春に、レジのバーコードが調子悪くなったことありませんか?」
 光子郎くんに聞かれて、私は記憶を辿った。
「そういえば、去年の春……」
 レジのPOSシステムの不調で、急遽臨時休業をした日。何気なく見ていたインターネットの画面。私は目が釘付けになった。
 画面の向こうに、人間の男の子がふたり。
 そして大きな卵のような形に光り輝くモノ。次の瞬間、その中から、まるでファンタジー小説の登場人物のような巨大な剣士が現れて、画面の向こうで逃げ回る謎の怪物を倒したのだった。
「あの時、その怪物……新種のディアボロモンというデジモンだったんですけど、あいつを倒してくれたのは、ぼくの仲間であり、クラブでお世話になっていた先輩だったんです」
「そうだったの」
「ええ。その人はぼくの大切な……あ、いや、尊敬している人で」
 その時の光子郎くんのはにかんだ笑顔を、私はよく覚えている。
 その日を境に、学校が忙しくなったのか、光子郎くんはあまりお店に来なくなってしまった。だけど今度また、お花を買いに来てくれる。私は彼が来る日を心待ちにしていた。
 そしてその日はやってきた。
「こんにちは」
 お客様としては見慣れない、だけど何処かで見たことのある男の子がお店にやってきた。そしてその後ろからよく見知った顔が見えた。
「あら、光子郎くん。いらっしゃい」
「こんにちは、かおりさん。先日の電話ぶりですね」
 光子郎くんはいつものように、はにかんだ笑顔を見せた。
「例のアレンジ、出来てるわよ」
「ありがとうございます。楽しみにしていました」
 少しの間光子郎くんと談笑していると、光子郎くんと一緒に来た男の子がムッとした表情で、
「お姉さんは光子郎とどういう関係なんですか」と言った。
「え、どういうって」
 私が戸惑いながら聞くと、彼は、
「あの、こいつはオレの恋人なんで!」と主張した。
 思わぬ宣言に内心、驚きながら光子郎くんを見ると。
「ちょ……た、太一さん。な、何いって」
 彼のすぐ隣にいた光子郎くんは、慌てた様子だった。
 そんな光子郎くんに、太一さん、と呼ばれる男の子は光子郎くんの肩に手を回しながらこう言った。
「だって! おまえのこと、このお姉さんに取られちまう気がして」
 あまりに大真面目に、膨れた様子を見せる彼を見ているうちに、だんだん私は、可笑しさがこみ上げてきた。そしてつい、声を上げて笑ってしまった。
「な、なに笑ってるんですか!」
「ごめんなさい、あなたがそんなにムキになっているのが可笑しくて」
「かおりさん、太一さんは例の彼です」
 ふと、光子郎くんがそう言った。その一言で私はすぐに分かった。
「ああ! パソコンの中にいた子ね」
「へっ?」
 私たちの会話に「太一さん」は、不思議そうな顔をした。
「太一さん。かおりさんは2000年春の戦い、ネットで見ていたみたいですよ」
 2000年春の戦いとは、恐らく以前、光子郎くんが話してくれた、POSシステムの不調に関すること。彼らの中では共通の単語のようで、「太一さん」は、「あっ」という顔をした。
「そ、そうなんですか?」
「デジモンのことも、ぼくが話したので知っています」
 光子郎くんが畳み掛けると、「太一さん」は、
「オレが乗っていたあのでっかいの、オレのデジモンなんですけど……カッコいいですよね」と言って気恥ずかしそうにしていた。
「ところであなたの質問の答えだけど、光子郎くんはうちのお店のお得意様よ。お母さんのおつかいによく来てくれるの」
 そして私は「太一さん」を安心させるように、
「光子郎くんは確かにいい子だけど、年齢差がありすぎるから対象外よ」
 と、彼に伝えた。すると。
「よかったぁ……」
 彼は見るからに安心したようだった。
「あなた光子郎くんのこと、本当に大好きなのね」
「あ、はい。でも……すみません、お姉さんに失礼なことを言って」
 私に向かって「太一さん」はすまなそうにしていた。だから、「ううん、大丈夫よ」と伝えた。
「わりぃ、早とちりして」
「いいえ」
 小声でやり取りする彼らに、私は微笑ましく思ってしまった。
 ここで私はある提案をした。
「あなたのこと、光子郎くんと同じように下の名前で太一くんって呼んでもいいかな?」
「は、はい!」
 私の提案に太一くんは屈託のない、少年らしい、いい笑顔を見せた。

     *


「太一さんに珍しいものをお見せしますよ。すみません、かおりさん。頼んでいたアレンジ、見せていただけますか?」
 一件落着したところで、私は光子郎くんに言われるがまま注文の品物を見せた。
「へえ! オレ、白のカーネーションは初めて見ました」
 太一くんは私のアレンジをまじまじと見て感嘆の声を上げていた。
「カーネーションで白は珍しいですよね」
「ええ。この色は普段ウチのお店では取り扱っていないの。この春は光子郎くんのためにしか入荷していないわ」
「珍しい色で綺麗なのに、どうして店に置かないんですか?」
 太一くんは不思議そうにして聞いた。
「それはね、この白いカーネーションにはある意味が込められているからなの」
「意味……」
 太一くんが神妙な顔をしたその時。
「私の愛は生きている」
「え?」
 太一くんはその言葉を発した光子郎くんのほうを見た。
「この白のカーネーションの花言葉です」
「花言葉……私の愛は生きて……」
 光子郎くんの言葉を復唱した太一くんはハッとした。
「これ、おまえの本当の母さんにあげるために?」
 太一くんの質問に光子郎くんは黙って頷いた。
「親戚の家に送って、お母さんのお墓の前にお供えしてもらおうと思って、注文したんです」
「そっか」
 そう呟いて、しばらく黙ったまま太一くんは何かを考えていた。
 唐突に彼は口を開いた。
「じゃあ、オレもこのお花の代金出すよ」
「え?」
 光子郎くんは驚いた顔をした。太一くんの言葉に、私も思わずビックリした。すると、太一くんは胸を張ってこう答えた。
「だって。これを贈る相手は、おまえを産んでくれた母さんなんだろ? だったら、オレにとっても大切な人だ。当然じゃんか」
「でも」
「なんだ?」
「太一さん、おばさんにあげるカーネーションは……」
「あっ」
 太一くんは固まった。そして即座に、光子郎くんに頭を下げた。
「すまん、光子郎! いつか機会があったら……っつーか来年こそは! もっとお小遣い貯めとくから!」
 平謝りする太一くんに、光子郎くんは恐縮していた。
「いいんです。太一さんのお気持ち、とても嬉しいですから」
 その言葉の通り、光子郎くんは嬉しそうに笑っていた。
「いいカレね」
 私がこっそり耳打ちすると、その途端に光子郎くんは顔を真っ赤にさせていた。
 その後、彼らは私の店にある花を見て回り、お母さんにあげる花束の花を選んでいた。
 私がお花の説明をすると、太一くんは「ほえ〜」とか「そうなんだ」など言って感心していた。
 ある程度イメージが固まったところで、私はふたりのオーダーしたカーネーションの花束を作り始めた。その工程を興味深げに見つめながら、太一くんはこんなことを質問してきた。
「そういえば、赤とピンクのカーネーションって色以外にどう違うんですか?」
「そうねえ。あまり差は無いのだけど……一番は花言葉ね」
 花にはそれぞれ花言葉があり、カーネーションも色によって花言葉が違う。花言葉に詳しい方も世の中に一定数いるため、花を贈るときは注意が必要なのだ。
「母の日や贈り物に向いているのは赤やピンクのカーネーションね。このふたつのカーネーションには敬愛、という意味も含まれているわ」
「ケイアイ……」
 太一くんは腕を組み、何かを考えていた。その横で光子郎くんが、
「敬愛とは他人を尊敬し、親しみを持つことですね」と言った。
「ふうん……なるほどなあ」
 ふと何を思ったのか、太一くんが、
「あ、光子郎。ちょっと相談」
 と、光子郎くんを自分の近くに呼んで、ひそひそと話し始めた。しばらくすると。
「ああ! いいですね」
「だろっ? じゃあ、決まりな」
 話がまとまったようで、ふたりは顔を見合わせてにんまりと笑った。
 そして、母の日の花束をふたつ作り終えたばかりの私に、太一くんがあるオーダーを持ちかけた。
「明るくて優しくて、尊敬出来るような女の人に向けた花束を作ってください。500円以内でお願いします」
 そのオーダーを不思議に思いつつも、私は彼の言ったイメージ通りのミニブーケを手早く、かつ丁寧に作っていった。
 数分後。
「はい、出来たわよ」
 私は完成した花束を太一くんに手渡した。
「ありがとうございます」
 太一くんは光子郎くんと顔を見合わせた。次の瞬間、
「はい、これ……お姉さんにあげます!」と、太一くんから、ついさっき私が作った花束を手渡された。
「えっ、でもこれ」
 私が戸惑っていると、太一くんは笑顔でこう言った。
「ほら、これはオレたちからの感謝の気持ち、ってやつですよ。いろいろ教えてくれて、ありがとうございました!」
 太一くんは深々と頭を下げ、「それじゃあ、失礼します」と言って、ふたり仲良くこの店を後にした。その手には、私がアレンジした真っ赤なカーネーションのミニブーケを握りしめて。
 ひとり残された私。私の手元に残るは、ピンクのカーネーションを中心とした小さな花束。
「ふふっ、今どきの男の子は……」
 店の開いた窓から爽やかな風が入る。それに乗り、カーネーションの優しい香りはどこまでも流れていった。
「隅に置けないわね」
 手元にあるカーネーションからふたりの気持ちを汲んだ私は、思わず微笑んだ。
 あなたたちの想い、大切なお母さんへ届きますように。
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