おまけ

 机の上に何枚か試し刷りされたチラシが置かれていた。
 チラシを囲むようにして立っているのは、園子、平次、それからチラシを作成した広報部の女性二人だった。
 あいメモリーは定期的に新聞にチラシを挟んでいる。墓石や仏具のセール、樹木葬ができるガーデンの見学会、終活相談会などの情報を載せていた。
 平次は顎を手のひらでさすりながら、うーん、と唸る。広報部の二人は社長の反応を息をひそめて見ていた。
「フレッシュさがほしいね」
 平次が呟くと、野次馬をしにきていた園子も頷いた。
「あ、分かる。フレッシュ。夏だし」
 カタカナ語で表現されてしまい、広報二人は首をかしげる。
 平次は指でレイアウトをなぞりながら、例えば、と提案を出す。
「ガーデンの写真があるけど、実際の写真載せるだけじゃあねえ。緑が多いのがうちの園の特徴だから、もっと全体的に緑ばーっとやっちゃってもらっていいよ。イメージでいいから」
 なるほど、とメモをとる広報二人。
 平次の隣で部外者の園子も口出しをする。
「というかこのモデルさんもそろそろ変更したほうがいいわよ。せっかくうちには若い子が多いのに。新しく写真でも撮りなさいな」
「誰かいましたっけ」
「いるでしょ! 一人! 顔が綺麗なイケメン甘党葬儀コーディネーターが!」
 営業所の端で一人作業をしていた男性職員の一気に注目が集まる。女性三人からの視線にはさすがに気づいたのか、顔をゆっくりと上げた。
「……え、何」
「かずちゃん、モデルしない!? チラシに載るの!」
「……は?」
 ボールペンを落とした一歩は、慌てて首を横に振ったが、広報二人はすぐにカメラを撮りに行って話を聞いていなかった。野次馬の園子も、乗りかかった船である。逃げようとする一歩を羽交い締めにした。
 平次はにこにことしながら社長室に戻っていった。


「僕じゃなくても他に適したモデルいるだろ、なんで僕!? てか髪いじるのやめろ! 園子さん仕事違うだろ!」
「もうじっとしててよっ、あいメモリーでいちばん顔がいいの、かずちゃんなんだから。お客様が来ないと、かずちゃんの生きがいの葬儀もできないでしょ!?」
「ぐ……、それはそう」
「あと、この長い前髪、さっさと切ったほうがいいわよ」
「余計なお世話だよ。僕はこれでいいと思ってる」
 カメラを持ってきた広報に肩を押さえつけられ、園子には女性用ヘアワックスで前髪を整えられていた。パワハラだと一歩が喚いても、女三人は解放してくれなかった。他の男性職員は嫉妬に近い視線を送ってくる。広報二人も若い女性だったからだろう。
 一応、一歩も出勤する時は、長い前髪はなんとなく目にかからないように整えているのだが、園子は納得してくれなかった。なんでも、もっと顔が見えたほうがいいという。前髪を耳にかけられ、いつもより視界が明るくなった。
「あら〜、イケメン」
「おばさんみたいなこと言うなって」
「え〜、私、おばちゃんですけどぉ。私はね、図々しいおばちゃんやってるんです。別におばちゃんて言われても傷つきませ〜ん。あ〜、これ香織里ちゃんに見せてあげたいわ」
「園子さん!」
 広報二人は一歩と香織里の関係については何も知らないようで安心したが、自分の知らないところで園子が大っぴらにしているのではないかと不安になる――もう手遅れかもしれないが。
 今日は葬儀がなかったのでジャケットは脱いでいたし、ネクタイも外していた。だが、写真となると着なければならないので、一度更衣室に戻った。ロッカーの扉の内にある鏡で顔を見て、うえ、と声が出る。
 就職したばかりの時に、先輩の葬儀コーディネーターから、身だしなみはきちんとしろと教わっていたので、似合わないと思いながらもやってきたが、ここまで顔をはっきりと出すことはしていなかった。
 昔はここまで気にするようなことはなかった。前髪を伸ばすようになったのは、大学受験の頃からだった。
 自分のこの顔のせいで、興味のない女が寄ってくる。顔だけで自分を判断されたくない。そんな気持ちがあった。
 だが、今日は別にそれはよかった。園子たちが言い寄ってくるのは写真目的だったからだ。
 今日は使われてやるか、と諦めて、葬儀の格好になる。
 写真を撮られているところは香織里には見られたくないので、試食を持ってこないことを願いながら戻る。
「どこで撮るんですか」
 広報に聞くと、白い壁の前がいいと言われた。
 思い当たるのがホールの壁しかなかったので、本館ホールに移動する。照明をすべてつけて、壁の前に立った。写真は広報が撮るのに、なぜか園子もいた。
「はーい笑ってぇ〜」
 広報の代わりに園子が指示してくる。笑ってと言われても笑えないのが一歩だった。
 チラシで使えそうなポーズをして何枚か撮ったが、広報二人もあまり納得していない。
「僕じゃ無理だ。やっぱり他の人がいい」
 数分だけのことだったのに疲労を感じる。営業所に戻ろうとすると、園子に腕を摑まれた。
「だめよ! かずちゃんじゃなきゃ! おばちゃんは若くてイケメンな男が好きなんだから!」
 後ろで広報がうんうんとうなずいている。
 今度飲み会があったときに、人事にもう少し若くて顔がいい人を入れてくれと頼んでおこうと誓った。
 諦めて恥を捨てて写真を撮られた。
 ここまで頑張れたのは、今日の晩に香織里がアパートに来る約束があったからだった。
 営業所に戻ると、試食用のシフォンケーキを持ってきていた香織里とばったり会った。
「あれ、いつもと雰囲気、違うね」
「でしょ? こっちのほうがいいと思わない?」
「あ、えと、福原さんならなんでも似合うかなって……」
 園子がニヤニヤしながら一歩の背中をバンッと思いっきり叩いてくる。園子には何度も背中やら肩やらを叩かれてきているが、今日のが一番痛かった。
 香織里が顔を赤らめて困ったような顔をしているので、一歩も顔がかっとなった気がして、すぐに更衣室に逃げた。
 香織里が持ってきたシフォンケーキはオレンジシフォンケーキだった。
 広報二人はカフェの写真も撮りに行ったらしく、営業所にはいなかった。
「まじで園子さん、やめてくれませんか」
 生クリームをたっぷりとつけて頬張った。園子がケーキを切り分けていて、一歩のは他よりも量が多かった。
「なんで?」
「なんでって」
 社内恋愛だし、と言おうとしたところでケーキが喉に引っかかって出てこなかった。
「いいじゃない。というか、かずちゃん、ちょっと太ったわよね」
「ぐっ……」
「幸せ太りってやつ〜? い〜な、おばちゃんそういう話もっとききたーい」
 園子の大きな溜息が営業所に響き渡る。
 他の人にも「福原さん、彼女でもできたんですか」と聞かれる羽目になる。
 こういうときに普通に嘘をつけたらいいのだが、嘘をつくことは苦手だった。恥ずかしくなってフォークを持ったまま頭を抱えた。
「いい子がいたんですって。でも内緒って」
 何度も背中を叩かれ園子を睨む。
 だが、園子は嬉しそうな顔をしていた。
 自分たちのことを一番祝福してくれているのは、なんだかんだ、園子なのかもしれない。
 あいメモリーで最も自分のことを気にかけてくれているのも、園子だった。
「……園子さん」
「ん?」
「やっぱ、なんでもないです」
 口止めをしようかと思ったが、やめた。
 隠していても、どうせ、その他のどこかから話が漏れるような気がしたからだ。同じ職場だ。気付く人は早く気付くだろう。


 後日、チラシが完成して、一歩にも一枚が記念に渡された。いらないと言ったのだが、無理矢理押し付けられた。
 ちょうどその日の晩も香織里がアパートに来てくれたので、チラシを渡した。カフェの写真もあったからだ。
「一歩くんってやっぱりかっこいいよね」
「香織里さんもそう思ってたんだ」
「思ってたよ、最初から。顔、綺麗だなって。写真でみても、やっぱり綺麗だなって思った。あ、そうだ、弟に写真送りたいから、一枚撮って良い?」
「やだ」
「お父さんにも紹介したいし……チラシよりはいいと思うけど……だめ?」
 お父さんも弟も顔見たがっている、と言われると、断ることができなかった。
「前髪、耳かけてよ」
「そこまでする?」
「かっこいいから自慢したいの」
 カメラから視線をそらしていたが、いつまで経ってもシャッター音が聞こえなかったので、香織里のほうをちらっと見ると、その瞬間に撮られた。待ち伏せされていた。
「あ、いいの撮れた。見る?」
「見ない」
「そっか」
 香織里はしばらく写真を眺めていたが、妙に寂しくなって、スマホを取り上げたのだった。
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