おまけ
「一歩くん、これ見て」
晩御飯の後、リビングの床に寝そべって、うとうととしていると、香織里が背中を突っついてきた。スマホが差し出される。映し出されていたのはショート動画だった。
企業チャンネルだ。社内で料理をして食べている。白米がやたら美味しそうに見えるのは、編集のせいだろうか。
「高級炊飯器で炊いたんだって。ここの会社の炊飯器。美味しそうだよね。炊飯器って大事なんだろうなあって思う」
一歩の住む部屋には炊飯器はない。今日は香織里が晩御飯をわざわざ作りに来てくれたが、炊飯器がないので白米はパックのものだった。香織里は一歩に炊飯器を買えとは言っていないし、恐らく、東条家にあったらいいなと思っているのだろう。
香織里のスマホを覗き込む。CurasiLという家電メーカーの炊飯器らしい。香織里が動画を見ている隣で、すぐ通販サイトで注文した。
金ならあった。ローン関係は全て片付けていたし、お金のかかる趣味はない。それなのに給料はいい方だったから、金だけはあった。香織里が欲しいのなら、買ってもいいかなと思って、軽率に「ポチって」しまった。
香織里がご飯を作りに来るようになって、茶碗や小皿、箸、コップなどが増えていた。キッチンの棚の中には、香織里お気に入りの包丁も入っている。これも一歩が買っておいた。不自由なく料理をしてほしかったからだ。香織里の生きがいは料理だ。いくらでも用意してやりたかった。
スマホを床に投げ、香織里に抱きつく。
「今日は泊まるの?」
「あ、ううん。帰るよ。明日も仕事だし。一歩くんも疲れてるでしょ?」
「別にいいけど、わかった」
また今度の休みね、と、香織里は約束してくれたので、軽いキスをして見送った。
その炊飯器は数日後に届いた。
仕事が終わって、クリーニング屋にシャツを取りに行き、アパート近くにあるスーパーで惣菜を買って帰ったタイミングで配達が来た。
やたらと大きなダンボールに入っていた炊飯器は黒いボディでかっこいい。炭火をイメージしているのだろう。制服を着たまま炊飯器をダンボールから取り出す。説明書はろくに見ずに、とりあえず床に置く。炊飯器台はなかった。また家具屋で買うか、とぼんやり思いながらコンセントを差し込む。少量でいいから、米と米びつくらい買ってくればよかった。惣菜はおかずしか買っていなかった。今日は式がなかったから控えたが、カフェでパフェを食べて帰る回数が増えており、夕食は少なめにしていた。だがせっかく炊飯器が届いたのだ、試しに炊いてみたい。料理はしなくても、米くらい炊ける、日本人なのだから。
もう一度スーパーに買いに行った。今日はホームセンターに行く元気はないから、米びつも炊飯器台と一緒に買うものリストに入れておいた。
2kgの、地元米を買う。無洗米と書かれたものがあったが、違いが分からなかったので、1番安いやつを買った。米とぎくらいできる、小学生の調理実習でやったから。
どこかウキウキしている自分がいた。米を炊くだけなのに心が弾む。
一人暮らしを始めた時、最低限の生活さえできればいいやと思っていた。親から勘当され、とりあえず職場近くのアパートに入り、働きながら最低限のものを揃えた。余計な家具や小物は一切なかった。寝て、起きるだけのような部屋だった。
だが、香織里がアパートに来はじめてからモノが増えていく。香織里が不自由しないようにと思って、ちょっとずつ買い足していた。香織里が「買ってくれたんだ」と嬉しそうに言うのを見ると、自分も嬉しくなった。ずっといてくれよ、なんてまだ言えないが、いつか言いたい。
アパートに戻り、米を炊飯器前に置いた。ネクタイを外し、制服を脱ぎ、ハンガーにかけ、そのまま洗面所に行く。すぐ米を炊き始めた方がいいだろうと思ったが、汗で気持ちが悪くて先に風呂に入ることにした。
湯を張っている間、洗面台の鏡で自分の前髪をかき乱す。ワックスで持ち上げている長い前髪が目にかかると落ち着いた。葬儀という大切な式に立つので、かっちりとセットするのだが、キャラではないなと思う。高校時代から女子たちに顔だけはいいとよく言われてきたが、本当は地味な自分。香織里への告白もグダグダしてしまうくらい、地味で、奥手で、残念な自分――自己評価はかなり低い。自分を隠したくて前髪を伸ばしている。カフェに一人で行けるのも、この前髪あってこそだと思う。
シャンプーは男女兼用のものに変えた。もともといい香りがする香織里には、男用の無粋なものは使ってほしくなかった。ガシガシと洗い、さっぱりさせる。前髪が顔にへばりついて、根暗男みたいだった。香織里は仕事中の一歩もかっこいいよと言ってくれるのに、まだ自信がない。どうしたら香織里に相応しい男になれるのだろうか。せめてデートの時くらい、仕事と同じように前髪を上げてみようか。鏡の前で、両手で前髪を持ち上げ、後ろに流した。広い額が丸出しになり、キモ、と呟いてやっぱり前髪は下ろした。オールバックはさすがにキツかった。容姿的には似合わないわけではないが、性格的に似合わなかった。
湯船に浸かっていると空腹を感じたし、そろそろご飯を炊かなければ夕飯が遅くなると思い、入浴を終わらせ、髪を濡らしたままリビングに戻った。
米をとぐことはできるが、計量がわからなかった。ネットで調べ、1人分をザルに入れる。母も確かこうやっていた……と思い出すと、芋ずる式に怒り狂った母まで思い出されたので、スマホで動画を垂れ流しにして気を紛らわせる。テレビはもちろん不要なのでない。香織里もテレビはあまり観ないというので、テレビは購入リストには入れてなかった。
炊飯器のモードが多くて、どれがいいか分からず、何となく説明書を読んで「もっちり炊き」を選んだ。炊きあがりを調整できるところに、高級感を感じたが、他のこだわりはよく分からない。普通の炊飯器と圧力炊飯器は何が違うのだろうか。香織里なら分かるのだろうが一歩には全く分からない。
待っているあいだ暇だったので、炊飯器の写真を撮って、SNSで香織里に送った。何だか自分が浮かれているような感じがしたが、実際浮かれている。香織里から『すごい! 明日行くね』と返事が来て、ニヤついてしまう。またキモイ顔をしていると思って、座布団に顔を埋めた。ちょっとだけ臭う。消臭スプレーが必要かもしれない。
電話したい。香織里の声が聞きたい。なんて思う自分は、まるで中学生の恋する男子みたいだ。女子とは何人かと付き合っても、自分から好きになったことは一度もない。自分から、心から好きになったのは、香織里がはじめてだった。
殺伐とした部屋で静かに生活をし、他人の死に関わり、心が貧しくなる感覚がして、たまに男一人でカフェに行きパフェを食らっていた。そんな中で手渡された香織里の手作りのお菓子たち。生き返った気がした。死の中に囚われていた木乃伊のような自分に、また血が通いだした気がしたのだ。
食べたい、香織里さんの料理が。惣菜も美味しいが、香織里の作った、あたたかい料理が食べたかった。
通話ボタンを押した。香織里はすぐ出たが、水音がした。声も何だかくぐもっている。どこにいるのかと聞くと、意外な答えが返ってきた。
『お風呂中なんだ』
「あっ、え、ごめんなんか」
声が聞けたのはいいが、スピーカーの向こうに入浴中の香織里がいると思うとドキドキしてしまう。だが香織里は一歩の中学生じみた気持ちなど知る由もない。
『いいよいいよ。炊飯器どう?』
「あのさ、モードが沢山あったから適当にもっちりにしたんだけどさ……まだ炊けてなくて」
せめて食べてからにすればよかった、と項垂れていると、炊飯器が炊きあがりを知らせてきた。
『あ、炊けたみたいだよ』
スピーカーにして、スマホを円テーブルに置き、茶碗に米をよそった。今日の惣菜はかき揚げだった。即席の味噌汁と一緒に持ってくる。
白米を一口食べて、よく噛み締める。いまいちよく分からなかったが、まあ多分、美味しいのだろう。香織里に素直に感想を言うと、笑われてしまった。
『かき揚げなら、どんぶりにしても美味しいよ。塩でもいいんだけど、この前、麺つゆ買ったでしょ、それかけてみて』
冷蔵庫の中に麺つゆがあった。香織里が料理に使える万能の調味料なのだといって、一番に買ったやつだった。
香織里に言われた通り、白米の上にかき揚げをのせ、麺つゆをかけた。
温めなかったかき揚げが白米でほんのりとあたたかくなる。玉ねぎや人参、米の甘さと、麺つゆのしょっぱさが絡み合って美味しかった。
それよりも、あたたかいのが、一番嬉しかったかもしれない。
「美味しい」
『でしょ。いいなあ、明日、絶対行くから、食べさせてね、ご飯』
「何作ってくれるの」
『えー? 何にしよう。何食べたい?』
「香織里さんが作りたいもの。あったかいのがいい」
『あはは、それ、困っちゃうよ。分かった、考えとく』
そろそろお風呂出るというので、通話はそこで終わった。
かき揚げ丼は一瞬で終わった。結局、残っていた白米をおかわりして、塩を振って食べた。あたたかい。それだけで美味しい。高級炊飯器だからこその美味さも、あるのかもしれないが。
翌朝、一番にシャワーを浴びて、洗面台の前に立った。クリーニングしたてのワイシャツに袖を通し、ワックスを手につけて前髪を上げる。キャラじゃないなと思う。だが、香織里はこの髪型も好きだと言ってくれる。
今日は葬儀が執り行われる日だった。自分が担当する式だ。スタッフたち、外部の業者を動かし、いいお見送りができる式にしなければならない。
心なしか、いつもより朝のだるさがなかった。夕飯のおかげか、それとも香織里が今晩来てくれるおかげか、そのどっちもか。
ネクタイを締め、ジャケットを羽織る。そこでもう一度、姿見で自分を見た。
様になっているだろうか、葬儀コーディネーターとして。
式が終わったら、カフェで香織里のパフェを食べ、帰ったら香織里が作ってくれる夕飯を食べる。それから、香織里と――いろいろしたい。いろいろだ、とにかく。
生きた心地がする。
部屋の鍵をしめ、一歩はあいメモリーに向かった。
晩御飯の後、リビングの床に寝そべって、うとうととしていると、香織里が背中を突っついてきた。スマホが差し出される。映し出されていたのはショート動画だった。
企業チャンネルだ。社内で料理をして食べている。白米がやたら美味しそうに見えるのは、編集のせいだろうか。
「高級炊飯器で炊いたんだって。ここの会社の炊飯器。美味しそうだよね。炊飯器って大事なんだろうなあって思う」
一歩の住む部屋には炊飯器はない。今日は香織里が晩御飯をわざわざ作りに来てくれたが、炊飯器がないので白米はパックのものだった。香織里は一歩に炊飯器を買えとは言っていないし、恐らく、東条家にあったらいいなと思っているのだろう。
香織里のスマホを覗き込む。CurasiLという家電メーカーの炊飯器らしい。香織里が動画を見ている隣で、すぐ通販サイトで注文した。
金ならあった。ローン関係は全て片付けていたし、お金のかかる趣味はない。それなのに給料はいい方だったから、金だけはあった。香織里が欲しいのなら、買ってもいいかなと思って、軽率に「ポチって」しまった。
香織里がご飯を作りに来るようになって、茶碗や小皿、箸、コップなどが増えていた。キッチンの棚の中には、香織里お気に入りの包丁も入っている。これも一歩が買っておいた。不自由なく料理をしてほしかったからだ。香織里の生きがいは料理だ。いくらでも用意してやりたかった。
スマホを床に投げ、香織里に抱きつく。
「今日は泊まるの?」
「あ、ううん。帰るよ。明日も仕事だし。一歩くんも疲れてるでしょ?」
「別にいいけど、わかった」
また今度の休みね、と、香織里は約束してくれたので、軽いキスをして見送った。
その炊飯器は数日後に届いた。
仕事が終わって、クリーニング屋にシャツを取りに行き、アパート近くにあるスーパーで惣菜を買って帰ったタイミングで配達が来た。
やたらと大きなダンボールに入っていた炊飯器は黒いボディでかっこいい。炭火をイメージしているのだろう。制服を着たまま炊飯器をダンボールから取り出す。説明書はろくに見ずに、とりあえず床に置く。炊飯器台はなかった。また家具屋で買うか、とぼんやり思いながらコンセントを差し込む。少量でいいから、米と米びつくらい買ってくればよかった。惣菜はおかずしか買っていなかった。今日は式がなかったから控えたが、カフェでパフェを食べて帰る回数が増えており、夕食は少なめにしていた。だがせっかく炊飯器が届いたのだ、試しに炊いてみたい。料理はしなくても、米くらい炊ける、日本人なのだから。
もう一度スーパーに買いに行った。今日はホームセンターに行く元気はないから、米びつも炊飯器台と一緒に買うものリストに入れておいた。
2kgの、地元米を買う。無洗米と書かれたものがあったが、違いが分からなかったので、1番安いやつを買った。米とぎくらいできる、小学生の調理実習でやったから。
どこかウキウキしている自分がいた。米を炊くだけなのに心が弾む。
一人暮らしを始めた時、最低限の生活さえできればいいやと思っていた。親から勘当され、とりあえず職場近くのアパートに入り、働きながら最低限のものを揃えた。余計な家具や小物は一切なかった。寝て、起きるだけのような部屋だった。
だが、香織里がアパートに来はじめてからモノが増えていく。香織里が不自由しないようにと思って、ちょっとずつ買い足していた。香織里が「買ってくれたんだ」と嬉しそうに言うのを見ると、自分も嬉しくなった。ずっといてくれよ、なんてまだ言えないが、いつか言いたい。
アパートに戻り、米を炊飯器前に置いた。ネクタイを外し、制服を脱ぎ、ハンガーにかけ、そのまま洗面所に行く。すぐ米を炊き始めた方がいいだろうと思ったが、汗で気持ちが悪くて先に風呂に入ることにした。
湯を張っている間、洗面台の鏡で自分の前髪をかき乱す。ワックスで持ち上げている長い前髪が目にかかると落ち着いた。葬儀という大切な式に立つので、かっちりとセットするのだが、キャラではないなと思う。高校時代から女子たちに顔だけはいいとよく言われてきたが、本当は地味な自分。香織里への告白もグダグダしてしまうくらい、地味で、奥手で、残念な自分――自己評価はかなり低い。自分を隠したくて前髪を伸ばしている。カフェに一人で行けるのも、この前髪あってこそだと思う。
シャンプーは男女兼用のものに変えた。もともといい香りがする香織里には、男用の無粋なものは使ってほしくなかった。ガシガシと洗い、さっぱりさせる。前髪が顔にへばりついて、根暗男みたいだった。香織里は仕事中の一歩もかっこいいよと言ってくれるのに、まだ自信がない。どうしたら香織里に相応しい男になれるのだろうか。せめてデートの時くらい、仕事と同じように前髪を上げてみようか。鏡の前で、両手で前髪を持ち上げ、後ろに流した。広い額が丸出しになり、キモ、と呟いてやっぱり前髪は下ろした。オールバックはさすがにキツかった。容姿的には似合わないわけではないが、性格的に似合わなかった。
湯船に浸かっていると空腹を感じたし、そろそろご飯を炊かなければ夕飯が遅くなると思い、入浴を終わらせ、髪を濡らしたままリビングに戻った。
米をとぐことはできるが、計量がわからなかった。ネットで調べ、1人分をザルに入れる。母も確かこうやっていた……と思い出すと、芋ずる式に怒り狂った母まで思い出されたので、スマホで動画を垂れ流しにして気を紛らわせる。テレビはもちろん不要なのでない。香織里もテレビはあまり観ないというので、テレビは購入リストには入れてなかった。
炊飯器のモードが多くて、どれがいいか分からず、何となく説明書を読んで「もっちり炊き」を選んだ。炊きあがりを調整できるところに、高級感を感じたが、他のこだわりはよく分からない。普通の炊飯器と圧力炊飯器は何が違うのだろうか。香織里なら分かるのだろうが一歩には全く分からない。
待っているあいだ暇だったので、炊飯器の写真を撮って、SNSで香織里に送った。何だか自分が浮かれているような感じがしたが、実際浮かれている。香織里から『すごい! 明日行くね』と返事が来て、ニヤついてしまう。またキモイ顔をしていると思って、座布団に顔を埋めた。ちょっとだけ臭う。消臭スプレーが必要かもしれない。
電話したい。香織里の声が聞きたい。なんて思う自分は、まるで中学生の恋する男子みたいだ。女子とは何人かと付き合っても、自分から好きになったことは一度もない。自分から、心から好きになったのは、香織里がはじめてだった。
殺伐とした部屋で静かに生活をし、他人の死に関わり、心が貧しくなる感覚がして、たまに男一人でカフェに行きパフェを食らっていた。そんな中で手渡された香織里の手作りのお菓子たち。生き返った気がした。死の中に囚われていた木乃伊のような自分に、また血が通いだした気がしたのだ。
食べたい、香織里さんの料理が。惣菜も美味しいが、香織里の作った、あたたかい料理が食べたかった。
通話ボタンを押した。香織里はすぐ出たが、水音がした。声も何だかくぐもっている。どこにいるのかと聞くと、意外な答えが返ってきた。
『お風呂中なんだ』
「あっ、え、ごめんなんか」
声が聞けたのはいいが、スピーカーの向こうに入浴中の香織里がいると思うとドキドキしてしまう。だが香織里は一歩の中学生じみた気持ちなど知る由もない。
『いいよいいよ。炊飯器どう?』
「あのさ、モードが沢山あったから適当にもっちりにしたんだけどさ……まだ炊けてなくて」
せめて食べてからにすればよかった、と項垂れていると、炊飯器が炊きあがりを知らせてきた。
『あ、炊けたみたいだよ』
スピーカーにして、スマホを円テーブルに置き、茶碗に米をよそった。今日の惣菜はかき揚げだった。即席の味噌汁と一緒に持ってくる。
白米を一口食べて、よく噛み締める。いまいちよく分からなかったが、まあ多分、美味しいのだろう。香織里に素直に感想を言うと、笑われてしまった。
『かき揚げなら、どんぶりにしても美味しいよ。塩でもいいんだけど、この前、麺つゆ買ったでしょ、それかけてみて』
冷蔵庫の中に麺つゆがあった。香織里が料理に使える万能の調味料なのだといって、一番に買ったやつだった。
香織里に言われた通り、白米の上にかき揚げをのせ、麺つゆをかけた。
温めなかったかき揚げが白米でほんのりとあたたかくなる。玉ねぎや人参、米の甘さと、麺つゆのしょっぱさが絡み合って美味しかった。
それよりも、あたたかいのが、一番嬉しかったかもしれない。
「美味しい」
『でしょ。いいなあ、明日、絶対行くから、食べさせてね、ご飯』
「何作ってくれるの」
『えー? 何にしよう。何食べたい?』
「香織里さんが作りたいもの。あったかいのがいい」
『あはは、それ、困っちゃうよ。分かった、考えとく』
そろそろお風呂出るというので、通話はそこで終わった。
かき揚げ丼は一瞬で終わった。結局、残っていた白米をおかわりして、塩を振って食べた。あたたかい。それだけで美味しい。高級炊飯器だからこその美味さも、あるのかもしれないが。
翌朝、一番にシャワーを浴びて、洗面台の前に立った。クリーニングしたてのワイシャツに袖を通し、ワックスを手につけて前髪を上げる。キャラじゃないなと思う。だが、香織里はこの髪型も好きだと言ってくれる。
今日は葬儀が執り行われる日だった。自分が担当する式だ。スタッフたち、外部の業者を動かし、いいお見送りができる式にしなければならない。
心なしか、いつもより朝のだるさがなかった。夕飯のおかげか、それとも香織里が今晩来てくれるおかげか、そのどっちもか。
ネクタイを締め、ジャケットを羽織る。そこでもう一度、姿見で自分を見た。
様になっているだろうか、葬儀コーディネーターとして。
式が終わったら、カフェで香織里のパフェを食べ、帰ったら香織里が作ってくれる夕飯を食べる。それから、香織里と――いろいろしたい。いろいろだ、とにかく。
生きた心地がする。
部屋の鍵をしめ、一歩はあいメモリーに向かった。