1章

「いやあ。かずちゃん、厳しいからねえ。何人かアシスタントを辞めさせてるのよ、実は」
「え?」
 持ち上げていたミートボールがぽろりと落ちた。
「あ、いや、脅すつもりじゃないの。ごめんね。コーディネーターの資格を取ってから三人のアシスタントさんと組んだんだけど、どれも駄目で。でも、香織里ちゃんには頑張ってほしいって思ってるの……あ、かずちゃん、おつかれー」
 園子が話を切り上げ、一歩に笑顔を向ける。
「園子さんはまたその話をしてたんですか。やめてください、前のアシスタントの話をするのは」
 ビニール袋の中から出てきたのはおにぎり一つだった。まだ袋の中に何かが残っていたが、食後に食べるのだろうか。
「やだ、違うわよぉ。香織里ちゃんに調子聞いてただけ!」
 一歩が香織里を見る。自分の目を射抜くような鋭い視線に、香織里は小さく頷くことしかできなかった。
 園子がいてよかった。一歩と二人きりだと、息が詰まるだけで休憩になりそうになかった。
「福原さんはおにぎりだけですか?」
 話を変えようと思い、香織里はビニール袋の中に残っているものを聞いた。園子がニヤリとして、袋に手を伸ばしたが、一歩はそれよりも先に袋を引っ掴んで自分の膝に置いた。
「見ないでください。これは後で食べるやつ」
「恥ずかしがらなくていいのに。香織里ちゃんはいつもコーヒー持ってきてるけど、それ、いいコーヒーなの?」
「あ、はい。最近ハマってて……」
 コーヒーは自分で豆を挽いて淹れていた。コーヒーを淹れるのが朝のお決まりだった。気分で豆を変えている。今日は苦味が強いものを選んでいた。
「お弁当も自分で作ってるんでしょ? 偉いわぁ。かずちゃんも見習いなさいよ。夜はそこのスーパーのお惣菜なんでしょ。今はすらっとしてても、三十を過ぎたらすぐぽちゃっといくわよ〜、怖いわよ〜」
「余計なお世話です。僕はいいんだ。料理に興味がない」
 興味なくても自分の体のことでしょー、という園子のお説教を完全無視しながら、おにぎりを頬張る一歩を横目に、香織里は黙って自分の弁当のおかずを食べる。
 前の職場には同期もいたし、休憩時間はわりと楽しく過ごしていた。ここも温かい職場ではあるが、一歩とは打ち解けることができそうになく、いつの間にか園子と一歩の会話を傍で黙って聞くことになってしまう。
 休憩後、喪主を務める男性とその奥さんが葬儀の相談に来る予定になっていた。
 一歩が早めに休憩を切り上げたので、香織里もそれに続く。
 途中まで記入されているプランシートを隅から隅まで確認した。
 一歩と香織里の二人体制で相談を進めるものの、ほぼ全て一歩が喋り、香織里はメモをするだけで終わってしまう。更にはそのメモしたことに間違いがあったため、一歩にはまた呆れられた。
 一歩のアシスタントの中では、一番の出来損ないなのではないか。落ち込みながら退社する。
 風が冷たい。十二月ももう終わりが近かった。

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