3章

 桜は散り、じんわりと汗ばむことが増えた。
 早紀と共に一週間に三度の頻度でパフェやシフォンケーキ、花の写真をSNSにアップした甲斐あって、五月に入る頃には一般の客が来るようになっていた。
 最初は早紀の友人だった。隣の県から遊びに来たついでに、早紀に会う目的で来たのだ。パフェを見て、綺麗、可愛い、と言ってくれたのは嬉しかった。
 彼らもパフェを写真に撮って、SNSにアップしてくれた。口コミというものだ。お客にそうやって拡散してもらうのは初めてのことだったので、喜びは大きかった。
 若い客が来てくれるのも嬉しかった。それは、店の印象、雰囲気がいいという証でもあった。香織里の予想では年配の客の方がもっと多いかと思っていた。これもSNSの力だろう。
 一組のカップルが来たこともあった。女性が花を見ていたので、男性が女性に向けて花を買って帰ったのだ。それも一輪ではなく、複数選んだ。香織里も早紀も大きな花束は作ったことがなく、苦戦しながら用意した。申し訳ないと謝罪すると、男性は手を振っていいですよ、と笑ってくれた。
 これを機に、香織里と早紀は、園子からよりおしゃれに見えるラッピングの方法を教えてもらった。色とりどりのテープ、包装紙を用意し、花束を作れるように練習をした。色んな人が、色んな目的で花を買ってくれたら嬉しい。
「最近ね、バレンタインやホワイトデーにも花を贈ることが増えてるらしいのよね。もっと日常的に花を使ってくれたら、私も嬉しいわ」
 営業所に飾る花を見繕いながら、園子がそんなことを教えてくれた。
「もう少しで母の日じゃない。ちょっと、これ、宣伝で使ってよ。あいメモリーのフラワーデザイナーの力を広めてちょうだい」
 園子の作った花束は、いつも華やかだ。今日はメインに黄色の菊を使っていた。小ぶりの菊を使っていて、可愛らしさもあった。
 写真を撮り、母の日に向けてという内容で投稿の準備をする。
「そういえば園子さん、六月のイベントの準備、どうなっているんですか?」
 香織里が提案したあと、それから二週間くらいで会社全体が動き出した。香織里はカフェでテイクアウト用の新メニューの開発をしているので、カフェの外の様子は分からない。だが、一歩からちょくちょく園子たちがホールで会議をしているという話は聞いていた。
「凄いわよぉ。菊なんか百種類くらい用意するの。バラ、ユリ、胡蝶蘭の定番から、カーネーション、アンスリウム、リンドウ、キキョウ、もう出せるもの全部出すって感じ。私達デザイナーも総出で頼まれたらアレンジもするわ。ホールが花でいっぱいになるの」
 聞くだけでもすごい。本館ホールは十分な広さがある。色とりどりの花で溢れかえったホールはさぞかし華やかなのだろう。
 精進落しで使われる会食場では、休憩ができるようになっている。カフェでカレーやアイスを受け取ったあとは、店内か会食室で食べられるようになっていた。コーヒーもホットとアイス両方を用意している。
 カフェ側が新しく用意したのは、香り高いバニラアイスに花と果物、チョコブラウニーを添えたものだった。小さなパフェだ。一歩の評価も高い。
 さらに、虎鶴をはじめ、精進落しを提供してくれている各仕出し料理店からは小さな弁当も出るようになっていた。
「楽しみですね」
 早紀が言うと、園子も香織里も頷いた。
「あいメモリーはじめてのビッグイベントだもの。三日間。私達も楽しまなきゃね」
 チラシ用の写真を用意し、カフェの入り口に出来上がったチラシを貼り、カウンターにもチラシを置く。もちろんSNSでも宣伝した。
 ガーデン見学会はバスが無料で出る。墓石、仏具はいくらか値引きがされる。年に一度の祭典、という大きな見出しに、香織里の心が弾む。
 祭りが近づけば近づくほど、おてんとちゃんもそわそわと店内を浮いていた。
 仕事終わりに一人でパフェを食べに来る一歩も、それに気付いていて、何度か話しかけていた。話しかけていれば、いつか話せるようになるのではないかという期待もしていたのだ。
「気になる人がいたら、ちゃんと香織里さんに教えるんだぞ。この人だって。いっぱい人が来るからな」
 一歩の膝の上に乗って一緒にパフェを食べているおてんとちゃんは、何の反応もしない。
「まあ……、このくらい幼いとなれば、母親か父親か、そのあたりだと思うけどな」
「そうだね。でも、この子が覚えてなかったらどうしよう」
「香織里さんも、客の様子はよく見ておいたほうがいい」
「例えばどんな?」
「例えば? 例えば、そうだな。長い時間花を選んでいるとか、何回も足を運ぶのに何も買わない人とか、そういう人かな……。何か躊躇ってたり、悩んでたりしてそうな人。申し訳ないけど、僕は相談ブースから動けないんだ」
 無料相談のブースはかつての打ち合わせ場所である営業所内の部屋だった。
 葬儀コーディネーターは営業と一緒になって、見積もり相談などの対応をするのだ。つまり、当日は一歩と一緒に動くことはできなくなる。
「分かった。気をつけてみる」
 パフェを食べた一歩はおてんとちゃんの頭を撫でた。
「次の世がどんな場所なのかは分からないけどさ。今まで見送ってきた人を見ていると、いい場所じゃないかなって思うよ、僕は。死者も、生者も、いつまでも死に留まるのは、お互いにつらいことじゃないかなって思う。見送られる側にも、見送る側にも、死の先に未来があるんだ」
 いいお見送りをしよう。一歩の言葉に、香織里は頷いた。
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