2章

 自宅葬になると、祭壇などはレンタルとなり、葬儀屋のスタッフが準備することになる。
 香織里は車に葬儀用具一式を確実に積んだか最終確認をしていた。
 その後ろで、人一倍張り切っていた人がいた。
「自宅葬、久しぶりだから楽しみだわ。お家の雰囲気に似合うデザインができればいいのだけど」
 園子はそう言いながら白いエプロンを身につけた。花粉が制服につかないようにするためである。
 今回、注文した花屋には、佐藤家に直接花を届けるよう伝えてある。このあとこの車が出発したら、通夜に向けての準備が始まる。
 一歩は数人のスタッフと共に一足先に佐藤家に赴いており、準備を始めているところだ。
 リストに全てチェックし終えた香織里は、バインダーを脇に挟んでトランクを閉めた。
「園子さんの祭壇が見れないのは、ちょっと残念です。私、園子さんのデザインんする祭壇、前から凄いなって思っていたので」
「あら、ありがとう。嬉しいわあ。香織里ちゃんは今回はお留守番なのよね」
「はい。何かあった時、こちらですぐ動けるようにするので。でも……正直、私も一緒に行きたかったです。こっちでやることがあるのは分かっているんですが」
 雲一つない空を見上げる。すっきりとした天気で、寒さもいつもより和らいでいた。この天気は明日まで続くと予報されていた。
 一歩と香織里、それからスタッフたちが一丸となって準備してきたものが完成する葬儀。香織里も葬儀に携わった一人だと体感できる場だった。
 今回は、それを目の前で見届けることができない。寂しさを感じていた。
「分かる分かる。私も祭壇をセットしたらおしまいって時があるから。今日もそうよ。私は祭壇を準備したら仕事終了だもの。あとはお片付け。祭壇の感想なんて滅多にないし」
 袖のボタンを外し、腕まくりをした園子は、ぐっと空に手を突き出し伸びをした。
「園子さんもですか?」
「そうよ。私ね、前はブライダルの仕事をしていたの。会場の飾り付けから、花嫁が持つブーケまで色々やってたわ。でも、こっちに来てから、大掛かりな仕事が減って、最初は寂しく思ったものよ」
「ブライダル? 園子さん、あいメモリーには転職して入ったんですか?」
「ええ。ブライダルも楽しいなって思っていたんだけど、祖父母の葬儀を経験したら、今度はこっちの仕事がやりたくなっちゃって。幅広くするなら自分で開業して仕事を集めればいいんだけど、葬儀メインでしたくなっちゃったから。あいメモリーに入って、葬儀中心でやろうって決めたの」
 香織里は前職の先輩の結婚式を思い出す。結婚ラッシュの際に、いくつかの結婚式に招待され、出席していたのだ。
 会場いっぱいに飾られた花々。席にも壁にも花が飾られ、美しいと思った。葬儀と比べれば、ブライダルのほうが断然華やかである。やりがいもあるだろう。
 それでも園子は祖父母との別れを経験し、花祭壇の仕事がしたくなって、葬儀を選んだ。
 園子も、自分のやりたいことのためにあいメモリーに入った一人だ。葬儀がやりたくて大学を中退した一歩と同じだ。
 始めからやりたいことがあってあいメモリーに入った園子や一歩が輝かしく見える。
 しかし、その園子にも寂しいと感じる時があることが意外だった。
「寂しいって思った時、それは自分が主役になりたいと思っている時よ」
 園子のその一言に、香織里ははっとした。
「私たちは主役じゃないわ。今日の主役は健史さんと幸恵さんよ。かずちゃんにも今回のコンセプトは聞いている。あの親子のための自宅葬なんだって。私たちは主役になれない。主役を主役にしてあげるのが仕事。だから、寂しいなんて思ったらいけないの。式を見届けることができなくても、後から式が成功したと分かればそれでいいのよ。まあ……もちろん、感謝されると嬉しいけどね。私はこれから、そういうつもりで花祭壇を用意してくる。じゃあ、行ってくるわ。お留守番よろしくね」
 香織里の背中をばんっと力強く叩いて、園子は男性スタッフと一緒に車に乗り込んだ。
 あいメモリーを出発する車を見送った香織里は、もう一度、空を見上げた。
 確かにそうだ。料理だってそうだ。
 食事の時の主役は、料理と食べる人であって、料理を作る人ではない。自分が感謝されるために作っているわけでもない。食べてほしいから作るのだ。
 裏方は裏方ですべきことがもっとあるはずだ。香織里はバインダーを抱きしめて営業所に戻った。
 香織里には、明日のフレンチのコースメニューを考えるというもう一つ大事な仕事があった。

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