2章
父方の親族への挨拶と、母方の親族への挨拶と、初詣。正月からは家庭の行事で慌ただしくなる。
初詣が最後の行事だった。毎年、町の中心にある神社に行く。愛翔はいつもよりも熱心に祈っていた。合格祈願でもしているのだろう。試験まであと僅かだった。少し遠いところにある大きな神社で祈祷でもするかと父が提案したものの、愛翔はお守りを買うだけでいいと言った。あとは自分の力で頑張る。その愛翔を見ていると、弟ながら頼もしいなと思う。県外に出てしまうのは寂しいが、希望する大学には合格してほしい。
自分が大学受験の時は、そこまで熱心になれなかった。あいメモリーを選んだ時と同じように『入れるならどこでもいい』と決めてしまったからだ。それだったら、一歩のように、やりたいことを早く見つけて中退した方が良かったのかもしれない。何のために学んでいるのかすら分からないまま四年間を過ごし、仕事も適当に選んだ。適当に選んだから、結局辞めてしまったのだ。はっきりとした目標がある愛翔が羨ましくも思ってしまう。気付くのが遅すぎた。
いくら過去のことで悔やんでも、過去を変えることはできない。
今年に期待をしよう。あいメモリーで、すべきことをしながら一生懸命になれたらいい。あいメモリーは自分に向いている気がしているのだ。
帰宅してソファに座ってスマホの通知を確認した。着信履歴があれば仕事に行かなければならない時間である。
あれからあいメモリーから連絡が来ることはなく、一歩からも連絡は来なかった。
お菓子を期待していたわけじゃないから、というメッセージの後にどう返事をしていいか分からず、適当なスタンプを送ったままにしている。
カフェから帰って連絡した時、一歩は既にステンドグラスクッキーを食べていた。届いたパフェもすぐに食べたそうにしていたし、甘いものが目の前にあると我慢できないようである。甘い物が好きだということを隠していた時は、相当我慢をしていたのだろう。
パウンドケーキも、葬儀のために作ったケーキも、クッキーも、一歩は全部食べてくれた。また何か作って持っていこう。明日は、葬儀の打ち合わせも入っている。そう思うと、体が動き始めた。
もし一歩の計画がうまくいけば、レシピを開発しなければならない。この前のカフェがいちごを売りにしていたように、何を売りにすればいいかを考えないといけない。
あれから一歩とは話はできていないが、香織里は提供する料理について何かアイデアを出さないといけないなとは思っていた。
引き出しの奥にある型を取り出し、混ぜ合わせた生地を流し込む。しっかり膨らむことを祈りながらオーブンに入れる。
部屋にコーヒーの香りが広がった。この香りだけでも香織里は心が安らぐ。
もし――本当に、お店をするのなら。
香織里はオーブンの中に夢を描いた。好きな香り、落ち着く香りで満たされた、ほっとできる場所。美味しいものを食べて、満足できる場所。それから、故人を偲び、ゆっくりできる場所。いつか訪れる死を恐れずに迎える準備ができる場所――。
また一歩と、話を進めたい。そう思っているとオーブンが鳴った。
できたものは、コーヒーシフォンケーキだった。愛翔や父からの評判は良かった。ネットで見たレシピを参考にしながらも、砂糖の量を変えたので甘すぎないか不安だったが、丁度いいという評価を押されたので、もう一度作ってタッパーに入れた。
一歩はどう思うだろう。一歩の口に合えばいい。そう思っている自分がいた。
初詣が最後の行事だった。毎年、町の中心にある神社に行く。愛翔はいつもよりも熱心に祈っていた。合格祈願でもしているのだろう。試験まであと僅かだった。少し遠いところにある大きな神社で祈祷でもするかと父が提案したものの、愛翔はお守りを買うだけでいいと言った。あとは自分の力で頑張る。その愛翔を見ていると、弟ながら頼もしいなと思う。県外に出てしまうのは寂しいが、希望する大学には合格してほしい。
自分が大学受験の時は、そこまで熱心になれなかった。あいメモリーを選んだ時と同じように『入れるならどこでもいい』と決めてしまったからだ。それだったら、一歩のように、やりたいことを早く見つけて中退した方が良かったのかもしれない。何のために学んでいるのかすら分からないまま四年間を過ごし、仕事も適当に選んだ。適当に選んだから、結局辞めてしまったのだ。はっきりとした目標がある愛翔が羨ましくも思ってしまう。気付くのが遅すぎた。
いくら過去のことで悔やんでも、過去を変えることはできない。
今年に期待をしよう。あいメモリーで、すべきことをしながら一生懸命になれたらいい。あいメモリーは自分に向いている気がしているのだ。
帰宅してソファに座ってスマホの通知を確認した。着信履歴があれば仕事に行かなければならない時間である。
あれからあいメモリーから連絡が来ることはなく、一歩からも連絡は来なかった。
お菓子を期待していたわけじゃないから、というメッセージの後にどう返事をしていいか分からず、適当なスタンプを送ったままにしている。
カフェから帰って連絡した時、一歩は既にステンドグラスクッキーを食べていた。届いたパフェもすぐに食べたそうにしていたし、甘いものが目の前にあると我慢できないようである。甘い物が好きだということを隠していた時は、相当我慢をしていたのだろう。
パウンドケーキも、葬儀のために作ったケーキも、クッキーも、一歩は全部食べてくれた。また何か作って持っていこう。明日は、葬儀の打ち合わせも入っている。そう思うと、体が動き始めた。
もし一歩の計画がうまくいけば、レシピを開発しなければならない。この前のカフェがいちごを売りにしていたように、何を売りにすればいいかを考えないといけない。
あれから一歩とは話はできていないが、香織里は提供する料理について何かアイデアを出さないといけないなとは思っていた。
引き出しの奥にある型を取り出し、混ぜ合わせた生地を流し込む。しっかり膨らむことを祈りながらオーブンに入れる。
部屋にコーヒーの香りが広がった。この香りだけでも香織里は心が安らぐ。
もし――本当に、お店をするのなら。
香織里はオーブンの中に夢を描いた。好きな香り、落ち着く香りで満たされた、ほっとできる場所。美味しいものを食べて、満足できる場所。それから、故人を偲び、ゆっくりできる場所。いつか訪れる死を恐れずに迎える準備ができる場所――。
また一歩と、話を進めたい。そう思っているとオーブンが鳴った。
できたものは、コーヒーシフォンケーキだった。愛翔や父からの評判は良かった。ネットで見たレシピを参考にしながらも、砂糖の量を変えたので甘すぎないか不安だったが、丁度いいという評価を押されたので、もう一度作ってタッパーに入れた。
一歩はどう思うだろう。一歩の口に合えばいい。そう思っている自分がいた。