2章

 営業所に着くと、一歩が受話器を持っていた。
 香織里が一歩の隣に行くと、メモ帳を渡してくる。今回は自宅で息を引き取ったらしく、メモには『遺族が病院に連絡をしたところ』と書かれていた。とりあえず電話が終わるのを待つ。
 受話器を置いた一歩が、大きな溜息をついた。
「さすがの僕でも、今日この時間に仕事が入るのはきついな」
 時間は午前一時前。この時間はパートが電話を取るはずだが、年末年始ということもあって、正社員であるコーディネーターやアシスタントが交代交代で待機することになっていた。
「とりあえず、これ」
「ありがとうございます……、老衰ですか」
 プランシートには故人は佐藤健史、電話をしてきたのはその娘である佐藤幸恵の名前が記入されていた。あいメモリーから近い家からの連絡だった。通夜、告別式を希望する、というところまでは決まっているようである。
「エンディングノートがあるらしい。でも、その内容があまり良くなくて、また見てほしいって希望されている。ごめん、急に呼び出して。危篤状態に入ったという連絡を受けて一人で待機していたんだけど、なんだか一人では心細くて」
 しんとする営業所。新年を迎え、お祝いムードに包まれる世の中とは、空気が違った。
 ここに一人でいると、誰でも心細くなるのは当然のことだ。
「遺族側がやることは一通り伝えたけど、また電話がかかってくるかもしれない。駄目だ、眠い」
「コーヒー……、飲みますか」
 机に突っ伏した一歩に試しに聞くと、一歩は小さく「いる」と答えた。
 ドリップバッグでコーヒーを淹れ、砂糖とミルクをつけて一歩に出した。
「香織里さん、今日はお菓子は作ってないの?」
「今日はさすがに。晩は食べていないんですか?」
「いや、食べたけど……、この時間になるとお腹空く。早く帰りたい。どうせ葬儀は四日以降じゃないとできないんだから」
 壁にかかっているカレンダーには、三日までバツ印がついている。電話対応のみで、式は四日以降になるのだ。
 香織里は机の中から個包装のチョコを出して一歩に渡した。
「福原さんも、仕事モードにならない時があるんですね。ちょっと意外です」
「プランを立てる時と色々手配している時が一番仕事している感じがする。電話を受けただけじゃまだ気が入らないよ。早く安置まで終わらせて、ゆっくりしたい」
 自分たちの待機時間は、午前三時までだ。香織里は伯母が来る前までゆっくりと寝ていたのでまだ我慢はできるが、一歩は限界が近いようだった。チョコを食べ、コーヒーを飲んでもぼうっとしていた。
「福原さんって、兄弟とかいるんですか」
「え? いないけど。なんで?」
「いえ。なんか弟に似てるなって。うちの弟も眠い時はそんな顔しているから」
 一歩が甘いものに表情を緩ませていたり、眠そうにしていたりする姿を見て、だいぶ印象が変わっていた。
 弟に似ているといって年下扱いされたのが癪に障ったのか、不貞腐れたような顔をしている。
「全部、香織里さんのせいだ」
「全部? 何がですか」
「あ、いや、なんでもない……あいメモリー福原がお受けします……」
 自分は一歩に何かしてしまったのだろうか。
 気になりはしたが、はぐらかされたうえに、電話もかかってきてしまったので、それ以上聞くことはできなかった。
 遺体安置は自宅ですることになったので、香織里は納棺業者に連絡をする。
 そこで二人の待機時間は終了となった。
 帰ったあと、布団に潜り込んだ時になって、ようやく新年の挨拶をしていないことに気づき、メッセージを簡単に送った。
 一歩からは昼前に返事が返ってきたが、挨拶の後に『急に仕事に呼び出して申し訳なかった。香織里さんのお菓子を期待していたわけじゃないから』と文章が続いており、香織里は更に困惑してしまった。
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