1章
「お世話になりました。本当に……、何もかも……」
式が終わり、一歩と香織里に晴馬は頭を下げた。
「こちらもお手伝いができて良かったです。その後で何か困ったことがあったら、連絡してください」
「はい。本当にありがとうございました。それから、兄の嫁から、ケーキを用意してくれた人にもお礼を言っておいてほしいと頼まれたんですが、あれはどこかのお店の人に頼んだものですか?」
香織里は瞬間的に「そうです」と答えそうになった。自分がしたことに、礼など不要だったし、店のケーキだと思ってもらえたのなら、そう思ったままにしてほしかった。
だが、それよりも前に一歩が答えた。
「東条が作りました。礼は東条に言ってください」
「そうでしたか。あ、もしかして、コーヒーについていたケーキも東条さんが作ったケーキだったんですか?」
「そうです」
一歩が香織里に視線を送ってくる。何か言え、という合図だった。
「すみません、口に合うかどうか分からなくて、不安だったんですが……、喜んでもらえてよかったです」
「僕も、陽向も、すごく助けられたというか、安心できたというか。そんな味でした。美味しかったです。本当にありがとうございました」
こんなに感謝されるのは、いつぶりだろう。いや、初めてのことかもしれない。
晴馬が帰宅したあと、香織里と一歩は片付けが終わったことを確認し、スタッフたちに労いの声をかけ、解散させた。
一息つけたのは、営業所に戻ってからである。
ケーキの切れ端が残っていることを思い出し、一歩や園子たちに「食べてください」と声をかけ、それから調理台の片付けを始めた。
「これ美味しかったわあ〜。香織里ちゃんって、お菓子作りが得意なのね。いつも美味しそうなコーヒーも飲んでるし。こんなのささっと作っちゃうって、それはもう趣味を超えてると思うんだけど」
流しに皿を持ってきた園子にそう言われて、香織里は嬉しくなった。
「趣味です。結構あったのに、もう全部食べたんですか?」
「あ〜、私は一切れしか食べれなかったの。かずちゃんが一気に食べちゃった」
「え?」
一歩が、一気に食べた。前作ったパウンドケーキはすぐ食べようとはしなかったのに。
想像ができなくて、園子に聞き返した。
「福原さんって、甘いの食べれるんですか?」
「大大大好きよ、彼、極度の甘党なの。見た目から想像できないけど。あ、これ喋ったの、内緒ね。彼、甘党なの香織里ちゃんには秘密にしているらしいから」
ふふふ、と笑って、園子は休憩室から出ていった。
後で食べると言って、コンビニの袋の中に何かを残していたが、あれはもしかして、甘いものだったのだろうか。パウンドケーキも後で食べると言っていた。香織里が退勤したあと、残業中に食べるつもりだったのだろうか。
休憩室から出ると、園子は既に退勤しており、一歩だけが残っていた。
ケーキほとんど食べたんですか、とは聞けなかったし、一歩からもケーキに関して何も言われなかった。
やっぱり、余計なことをしたことに怒っているのだろうか。しかし、もしそうならケーキは食べないだろう。何も言わない一歩に気まずさを感じる。
もう帰ろうと決めて、立ち上がろうとした時だった。
「香織里さん、もしかして、視えてる?」
「みえ? 何がですか?」
「喜一さんが旅立つ瞬間が、視えてた?」
白いもやと、ケーキを食べた喜一の姿のことを言っているのだろうか。香織里が首をかしげていると、一歩は首を振って自分の問いをなかったことにした。
「まあ、どっちでもいい。視えているか視えてないかなんて。とにかく、香織里さんがいないと、駄目だということが分かった」
「えっと……どういうことですか?」
一歩が何を言いたいのか、よく分からなかった。聞き返すと、一歩は何かを決心したかのように、大きく息を吐いた。
「もう少し時間ある? 僕の話を聞いてほしい」
式が終わり、一歩と香織里に晴馬は頭を下げた。
「こちらもお手伝いができて良かったです。その後で何か困ったことがあったら、連絡してください」
「はい。本当にありがとうございました。それから、兄の嫁から、ケーキを用意してくれた人にもお礼を言っておいてほしいと頼まれたんですが、あれはどこかのお店の人に頼んだものですか?」
香織里は瞬間的に「そうです」と答えそうになった。自分がしたことに、礼など不要だったし、店のケーキだと思ってもらえたのなら、そう思ったままにしてほしかった。
だが、それよりも前に一歩が答えた。
「東条が作りました。礼は東条に言ってください」
「そうでしたか。あ、もしかして、コーヒーについていたケーキも東条さんが作ったケーキだったんですか?」
「そうです」
一歩が香織里に視線を送ってくる。何か言え、という合図だった。
「すみません、口に合うかどうか分からなくて、不安だったんですが……、喜んでもらえてよかったです」
「僕も、陽向も、すごく助けられたというか、安心できたというか。そんな味でした。美味しかったです。本当にありがとうございました」
こんなに感謝されるのは、いつぶりだろう。いや、初めてのことかもしれない。
晴馬が帰宅したあと、香織里と一歩は片付けが終わったことを確認し、スタッフたちに労いの声をかけ、解散させた。
一息つけたのは、営業所に戻ってからである。
ケーキの切れ端が残っていることを思い出し、一歩や園子たちに「食べてください」と声をかけ、それから調理台の片付けを始めた。
「これ美味しかったわあ〜。香織里ちゃんって、お菓子作りが得意なのね。いつも美味しそうなコーヒーも飲んでるし。こんなのささっと作っちゃうって、それはもう趣味を超えてると思うんだけど」
流しに皿を持ってきた園子にそう言われて、香織里は嬉しくなった。
「趣味です。結構あったのに、もう全部食べたんですか?」
「あ〜、私は一切れしか食べれなかったの。かずちゃんが一気に食べちゃった」
「え?」
一歩が、一気に食べた。前作ったパウンドケーキはすぐ食べようとはしなかったのに。
想像ができなくて、園子に聞き返した。
「福原さんって、甘いの食べれるんですか?」
「大大大好きよ、彼、極度の甘党なの。見た目から想像できないけど。あ、これ喋ったの、内緒ね。彼、甘党なの香織里ちゃんには秘密にしているらしいから」
ふふふ、と笑って、園子は休憩室から出ていった。
後で食べると言って、コンビニの袋の中に何かを残していたが、あれはもしかして、甘いものだったのだろうか。パウンドケーキも後で食べると言っていた。香織里が退勤したあと、残業中に食べるつもりだったのだろうか。
休憩室から出ると、園子は既に退勤しており、一歩だけが残っていた。
ケーキほとんど食べたんですか、とは聞けなかったし、一歩からもケーキに関して何も言われなかった。
やっぱり、余計なことをしたことに怒っているのだろうか。しかし、もしそうならケーキは食べないだろう。何も言わない一歩に気まずさを感じる。
もう帰ろうと決めて、立ち上がろうとした時だった。
「香織里さん、もしかして、視えてる?」
「みえ? 何がですか?」
「喜一さんが旅立つ瞬間が、視えてた?」
白いもやと、ケーキを食べた喜一の姿のことを言っているのだろうか。香織里が首をかしげていると、一歩は首を振って自分の問いをなかったことにした。
「まあ、どっちでもいい。視えているか視えてないかなんて。とにかく、香織里さんがいないと、駄目だということが分かった」
「えっと……どういうことですか?」
一歩が何を言いたいのか、よく分からなかった。聞き返すと、一歩は何かを決心したかのように、大きく息を吐いた。
「もう少し時間ある? 僕の話を聞いてほしい」