1章 推しを忘れた令嬢
約束の日。ムゲンは朝からカウンターの中で屹立していた。化粧を直したのか、ムゲンはいつもより目つきが厳しくなっていた。アイラインを少し変えたらしく、厳しそうな雰囲気を醸し出していた。それが私は一人で大丈夫だという強がりのように見えて、バンドウは逆に心配になってしまう。
「ムゲンさん、僕がいなくても、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。お忘れ物センターの留守番くらい、もう一人でできます」
キッと睨まれる。このところバンドウへの敬語は少なくなっていたはずだが、ムゲンの言葉はいつになく堅かった。
ムゲンを一人にしてしまうのは、これが初めてだった。しっかりしているようだが、面倒くさいお客にはまだ甘いのがムゲンだ。今までしつこい客はバンドウが追い払っていた。二日に一回はそういう面倒くさい客が来るから、余計に心配だった。
しかし、いくら心配しても、ムゲンは強がる一方で意味がない。バンドウは一切狂わない腕時計を弄りながら提案した。
「お土産、買ってきます。ムゲンさんの、お忘れ物センター配属半年祝いで」
「要りません。お気遣いなく」
「そうですか。ジョーさんが遊びに来たら、ゲームでは遊ばないでくださいって伝えておいてくれますか? 今、すごいいいところなんですよ」
ムゲンは眉間に皺を寄せ、しょうもないと呟いた。そうは言いつつ、言われた通りするところがムゲンなのだ。バンドウはにこにこしながら、ガラス扉の向こうを見る。
ブルーのワンピース。まるで、これから乗る特急チキュウの車体のようだ。アデリアは時間通り、お忘れ物センターにやって来た。
「じゃ、ムゲンさん。お忘れ物センター、よろしくお願いします。何かあったらすぐに近くの駅員なり駅長なり異世界警察なり助けを呼ぶんですよ」
バンドウは保管室入り口の右側、壁に設置された電話を指差した。
ムゲンはそれを確認し、頷く。
「マニュアルは全部暗記しています。大丈夫です。行ってらっしゃい」
語尾がちょっと震えたような気がしたが、バンドウは簡単に敬礼をして扉を押し開けた。
元々細い目が糸になるくらいの笑みを浮かべ、朗らかにアデリアに挨拶をする。
「おはようございます、アデリア様。お待ちしておりました」
バンドウが声をかけると、アデリアはつんと顎を上げた。きつい化粧の匂いがする。
「あちらの駅員ではないのですか?」
「はい、今日は私が担当させていただきます。バンドウと申します。本日はよろしくお願いします」
バンドウの挨拶を無視し、アデリアは踵を返し改札に向かおうとする。中央改札か南口改札だと思っているのだろうか。これから向かうべき場所は、三階10番乗り場だ。北口改札から入った方が早い。
バンドウがアデリアにそう伝えると、アデリアは顔を赤くして「それを早く言ってくださいます?」と怒った。
こちらに面倒くさい客がいるのなら、お忘れ物センターの方は平和かもしれない。バンドウは笑顔を浮かべながら、申し訳ありませんと口先だけで謝罪した。
朝の星の間中央駅はそれなりに混雑している。中央エリアほどではないが、北口エリアもかなりの人がいた。アデリアはバンドウにぴったりとくっついて歩いていた。
星の間中央駅の改札は、自動改札機である。最近ようやく導入された優れものだった。アデリアは慣れない手付きで乗車券と特急券を重ねて改札機に通す。勢いよく券が吸われ、ゲートが開いた。恐る恐る入場し、乗車券と特急券を回収する。
バンドウは職員専用ゲートから入場し、再度アデリアの元に駆け寄る。緊張するアデリアにバンドウが声をかけたが、アデリアは面倒くさそうに眉をひそめるだけだった。
バンドウが案内していると『九時発、天の川線、特急チキュウは10番乗り場から発車、乗り換えのお客様は10番乗り場にお越しください』と放送が流れてくる。時間通り発車できるようだ。
エスカレーターに乗り、三階に向かう。『快適な星間旅行は、異世界鉄道で』とプリントされたポスターが至るところに貼られてあった。箒を持たない魔女が、ゆったりとリラックスして列車に乗っている様子が写っている。時空旅行は自力でできる者もいる。その代表が魔女だ。魔女たちは箒や鏡などを使って、自分で時間をかけず時空旅行をすることができた。そういう人にも利用してもらおうと、付加価値をつけるのに会社は躍起になっている。
10番乗り場にはそこそこに人がいたが、満席というほどでもなかった。アデリアには指定席の切符を発券している。前世お忘れ物サービスの利用者は指定席を提供するというのが決まりだった。
特急の到着を知らせるために、ホームに哀愁漂うメロディが流れる。曲名は分からないが、この音楽を聴くと、バンドウは何故か懐かしい気持ちになる。それと同時に、ホームに滑り込む車体の前に身を投げ出したくなる衝動に駆られる。
――死にたい。死なせてください。逝かせてください。
言葉が喉までせり上がってくる。生唾を飲み、衝動を抑えた。
バンドウは腕時計を触り、真っ青な車体を見る。眩しいほどの青だった。笛が鳴り、車掌が出てくる。
清掃員が特急の中をてきぱきと整えているのが小さな窓から見えた。彼らが見つけた忘れ物がセンターに届くようになっている。ムゲンの仕事が忙しくなるのは、列車到着後だった。
清掃が終わると、いよいよ乗車である。乗車開始のアナウンスがホームに響いた。
切符に書かれた指定の席に着き、アデリアを窓側に座らせ、バンドウが廊下側に座った。何故あなたの隣に座らないといけないの、と小さなぼやきが聞こえてきたが、バンドウはそれを無視し、背もたれを少し倒した。
「こうすると楽ですよ」
「結構ですわ」
本日は、異世界鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございます。まもなく、天の川線、特急チキュウが発車いたします。ご乗車されるお客様は10番乗り場にお越しくださいませ――発車アナウンスの放送間隔が短くなる。
バンドウは腕時計を見る。あと五分。
アデリアはその間、ずっとホームの様子を見ていた。
発車時間となり、予定通り、特急チキュウは動き出す。ホームを出てからしばらくは鈍行と同じ速さだったが、周囲が闇と星のみになると、特急はトップスピードに向けて一気に加速する。身体にかかる圧をバンドウは目をつむって感じていた。
一方、無限の星に、アデリアは目を奪われていた。
バンドウは腹の上で指を組み、アデリアに話しかけた。
「アデリア様は、どこからお越しになられたのですか?」
「ゲームの世界ですわ。転生する前に好きだったゲームです」
「タイトルをお聞きしても?」
「『夢と共に華に散れ』ですわ。Re:プラネットが出した乙女ゲームです。かなりやり込みました」
「ほう、乙女ゲームですか。あ、じゃあ利用したのはゲームプラネット線の寝台特急ハヤミですか。乗り心地はどうでした?」
「内装が豪華で素晴らしかったですわ。お料理も美味しかったし」
そこまで話をしたところで、車内サービスのワゴンがやってくる。客室乗務員の女性がいかがですか、と声をかけてくるので、バンドウは躊躇いなくコーヒーをもらった。アデリアも紅茶をもらう。
一口だけコーヒーを啜り、バンドウは会話を続けた。
「あなたの推しは、あなたの世界にいるのではないですか?」
「ええ、いました。結婚もしました。私の夫はゲーム内ではモブでしたが、転生先では結婚することができましたわ。色々とありましたけれど」
「では、何故?」
アデリアは紙コップを両手で包み、溜息をついた。
「夫は、結局、モブだったのです。結婚してから、夫は変わり果ててしまいました。かつての輝いていた夫は、いなくなりました」
夫は、元々は農夫だった。日に焼けた肌、笑うと見える白い歯、たくましい身体。どれもがアデリアの好みだったという。
アデリアは広い領地を持つ家の令嬢だった。元々、第四王子との婚約が決まっていたものの、アデリアは夫と結婚するために、その婚約を破棄した。婚約を破棄したことにより、家と王家の関係性が悪化することが懸念されたが、そこはアデリアの力により解決され、無事、モブの立場であった夫と結婚できたのだとアデリアは語る。
それだけ努力したにも関わらず、夫は結婚後、ぶくぶくと太り、魅力を失ってしまったのだとアデリアは嘆いた。
その話を聴きながら、バンドウはコーヒーを啜る。話を聴くだけで、特に中身のある返事はしなかった。したのは頷きだけである。
全ての話を聴き、最後に、バンドウは一つだけ伝えた。
「もうひとり……ひとつですか? 推しを近くに置いておきたいというのは分かりましたが、再度、伝えておきます。持って帰れるのは、一つだけです。大小関わらず、一つです。よろしいですか」
「ええ、分かっています。分かって……います」
窓の外を見ているアデリアの表情は、バンドウからは見えなかった。
アデリアはそれからすぐに寝入ってしまった。バンドウは寝る必要はなかったのだが、することもないので、目は閉じていた。
車内アナウンスが下車の案内をし始めたのは、乗車しておよそ五時間後のことだった。それまでトップスピードで走っていた特急も、速度を緩めていた。そこからさらに一時間、ようやく目的地の名前がアナウンスされた。
まもなく、日本、日本です。それが聞こえてバンドウは倒していた椅子を元に戻した。
「お疲れ様でした。準備しておきましょうか」
隣で眠っていたアデリアに声をかけ立ち上がり、手を差し伸べると、アデリアは寝ぼけているのか、バンドウの手をぎゅっと握った。
ふらふらとしながらドアの前まで行く。車両が完全に停止し、自動ドアが開いた。ドアの先には何もない。ただ、光だけがあった。
バンドウは虚ろなアデリアを導きながら、問いかけた。
「では、前世に戻りましょう。あなたのこちらでの名前は、何ですか?」
「ムゲンさん、僕がいなくても、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。お忘れ物センターの留守番くらい、もう一人でできます」
キッと睨まれる。このところバンドウへの敬語は少なくなっていたはずだが、ムゲンの言葉はいつになく堅かった。
ムゲンを一人にしてしまうのは、これが初めてだった。しっかりしているようだが、面倒くさいお客にはまだ甘いのがムゲンだ。今までしつこい客はバンドウが追い払っていた。二日に一回はそういう面倒くさい客が来るから、余計に心配だった。
しかし、いくら心配しても、ムゲンは強がる一方で意味がない。バンドウは一切狂わない腕時計を弄りながら提案した。
「お土産、買ってきます。ムゲンさんの、お忘れ物センター配属半年祝いで」
「要りません。お気遣いなく」
「そうですか。ジョーさんが遊びに来たら、ゲームでは遊ばないでくださいって伝えておいてくれますか? 今、すごいいいところなんですよ」
ムゲンは眉間に皺を寄せ、しょうもないと呟いた。そうは言いつつ、言われた通りするところがムゲンなのだ。バンドウはにこにこしながら、ガラス扉の向こうを見る。
ブルーのワンピース。まるで、これから乗る特急チキュウの車体のようだ。アデリアは時間通り、お忘れ物センターにやって来た。
「じゃ、ムゲンさん。お忘れ物センター、よろしくお願いします。何かあったらすぐに近くの駅員なり駅長なり異世界警察なり助けを呼ぶんですよ」
バンドウは保管室入り口の右側、壁に設置された電話を指差した。
ムゲンはそれを確認し、頷く。
「マニュアルは全部暗記しています。大丈夫です。行ってらっしゃい」
語尾がちょっと震えたような気がしたが、バンドウは簡単に敬礼をして扉を押し開けた。
元々細い目が糸になるくらいの笑みを浮かべ、朗らかにアデリアに挨拶をする。
「おはようございます、アデリア様。お待ちしておりました」
バンドウが声をかけると、アデリアはつんと顎を上げた。きつい化粧の匂いがする。
「あちらの駅員ではないのですか?」
「はい、今日は私が担当させていただきます。バンドウと申します。本日はよろしくお願いします」
バンドウの挨拶を無視し、アデリアは踵を返し改札に向かおうとする。中央改札か南口改札だと思っているのだろうか。これから向かうべき場所は、三階10番乗り場だ。北口改札から入った方が早い。
バンドウがアデリアにそう伝えると、アデリアは顔を赤くして「それを早く言ってくださいます?」と怒った。
こちらに面倒くさい客がいるのなら、お忘れ物センターの方は平和かもしれない。バンドウは笑顔を浮かべながら、申し訳ありませんと口先だけで謝罪した。
朝の星の間中央駅はそれなりに混雑している。中央エリアほどではないが、北口エリアもかなりの人がいた。アデリアはバンドウにぴったりとくっついて歩いていた。
星の間中央駅の改札は、自動改札機である。最近ようやく導入された優れものだった。アデリアは慣れない手付きで乗車券と特急券を重ねて改札機に通す。勢いよく券が吸われ、ゲートが開いた。恐る恐る入場し、乗車券と特急券を回収する。
バンドウは職員専用ゲートから入場し、再度アデリアの元に駆け寄る。緊張するアデリアにバンドウが声をかけたが、アデリアは面倒くさそうに眉をひそめるだけだった。
バンドウが案内していると『九時発、天の川線、特急チキュウは10番乗り場から発車、乗り換えのお客様は10番乗り場にお越しください』と放送が流れてくる。時間通り発車できるようだ。
エスカレーターに乗り、三階に向かう。『快適な星間旅行は、異世界鉄道で』とプリントされたポスターが至るところに貼られてあった。箒を持たない魔女が、ゆったりとリラックスして列車に乗っている様子が写っている。時空旅行は自力でできる者もいる。その代表が魔女だ。魔女たちは箒や鏡などを使って、自分で時間をかけず時空旅行をすることができた。そういう人にも利用してもらおうと、付加価値をつけるのに会社は躍起になっている。
10番乗り場にはそこそこに人がいたが、満席というほどでもなかった。アデリアには指定席の切符を発券している。前世お忘れ物サービスの利用者は指定席を提供するというのが決まりだった。
特急の到着を知らせるために、ホームに哀愁漂うメロディが流れる。曲名は分からないが、この音楽を聴くと、バンドウは何故か懐かしい気持ちになる。それと同時に、ホームに滑り込む車体の前に身を投げ出したくなる衝動に駆られる。
――死にたい。死なせてください。逝かせてください。
言葉が喉までせり上がってくる。生唾を飲み、衝動を抑えた。
バンドウは腕時計を触り、真っ青な車体を見る。眩しいほどの青だった。笛が鳴り、車掌が出てくる。
清掃員が特急の中をてきぱきと整えているのが小さな窓から見えた。彼らが見つけた忘れ物がセンターに届くようになっている。ムゲンの仕事が忙しくなるのは、列車到着後だった。
清掃が終わると、いよいよ乗車である。乗車開始のアナウンスがホームに響いた。
切符に書かれた指定の席に着き、アデリアを窓側に座らせ、バンドウが廊下側に座った。何故あなたの隣に座らないといけないの、と小さなぼやきが聞こえてきたが、バンドウはそれを無視し、背もたれを少し倒した。
「こうすると楽ですよ」
「結構ですわ」
本日は、異世界鉄道をご利用いただき、誠にありがとうございます。まもなく、天の川線、特急チキュウが発車いたします。ご乗車されるお客様は10番乗り場にお越しくださいませ――発車アナウンスの放送間隔が短くなる。
バンドウは腕時計を見る。あと五分。
アデリアはその間、ずっとホームの様子を見ていた。
発車時間となり、予定通り、特急チキュウは動き出す。ホームを出てからしばらくは鈍行と同じ速さだったが、周囲が闇と星のみになると、特急はトップスピードに向けて一気に加速する。身体にかかる圧をバンドウは目をつむって感じていた。
一方、無限の星に、アデリアは目を奪われていた。
バンドウは腹の上で指を組み、アデリアに話しかけた。
「アデリア様は、どこからお越しになられたのですか?」
「ゲームの世界ですわ。転生する前に好きだったゲームです」
「タイトルをお聞きしても?」
「『夢と共に華に散れ』ですわ。Re:プラネットが出した乙女ゲームです。かなりやり込みました」
「ほう、乙女ゲームですか。あ、じゃあ利用したのはゲームプラネット線の寝台特急ハヤミですか。乗り心地はどうでした?」
「内装が豪華で素晴らしかったですわ。お料理も美味しかったし」
そこまで話をしたところで、車内サービスのワゴンがやってくる。客室乗務員の女性がいかがですか、と声をかけてくるので、バンドウは躊躇いなくコーヒーをもらった。アデリアも紅茶をもらう。
一口だけコーヒーを啜り、バンドウは会話を続けた。
「あなたの推しは、あなたの世界にいるのではないですか?」
「ええ、いました。結婚もしました。私の夫はゲーム内ではモブでしたが、転生先では結婚することができましたわ。色々とありましたけれど」
「では、何故?」
アデリアは紙コップを両手で包み、溜息をついた。
「夫は、結局、モブだったのです。結婚してから、夫は変わり果ててしまいました。かつての輝いていた夫は、いなくなりました」
夫は、元々は農夫だった。日に焼けた肌、笑うと見える白い歯、たくましい身体。どれもがアデリアの好みだったという。
アデリアは広い領地を持つ家の令嬢だった。元々、第四王子との婚約が決まっていたものの、アデリアは夫と結婚するために、その婚約を破棄した。婚約を破棄したことにより、家と王家の関係性が悪化することが懸念されたが、そこはアデリアの力により解決され、無事、モブの立場であった夫と結婚できたのだとアデリアは語る。
それだけ努力したにも関わらず、夫は結婚後、ぶくぶくと太り、魅力を失ってしまったのだとアデリアは嘆いた。
その話を聴きながら、バンドウはコーヒーを啜る。話を聴くだけで、特に中身のある返事はしなかった。したのは頷きだけである。
全ての話を聴き、最後に、バンドウは一つだけ伝えた。
「もうひとり……ひとつですか? 推しを近くに置いておきたいというのは分かりましたが、再度、伝えておきます。持って帰れるのは、一つだけです。大小関わらず、一つです。よろしいですか」
「ええ、分かっています。分かって……います」
窓の外を見ているアデリアの表情は、バンドウからは見えなかった。
アデリアはそれからすぐに寝入ってしまった。バンドウは寝る必要はなかったのだが、することもないので、目は閉じていた。
車内アナウンスが下車の案内をし始めたのは、乗車しておよそ五時間後のことだった。それまでトップスピードで走っていた特急も、速度を緩めていた。そこからさらに一時間、ようやく目的地の名前がアナウンスされた。
まもなく、日本、日本です。それが聞こえてバンドウは倒していた椅子を元に戻した。
「お疲れ様でした。準備しておきましょうか」
隣で眠っていたアデリアに声をかけ立ち上がり、手を差し伸べると、アデリアは寝ぼけているのか、バンドウの手をぎゅっと握った。
ふらふらとしながらドアの前まで行く。車両が完全に停止し、自動ドアが開いた。ドアの先には何もない。ただ、光だけがあった。
バンドウは虚ろなアデリアを導きながら、問いかけた。
「では、前世に戻りましょう。あなたのこちらでの名前は、何ですか?」