5章 神を忘れた聖女

 王はいなくなりました。
 もう二度と帰ってこないでください、と言った瞬間、王の表情が崩れたのを、はっきりと、この目で見ました。
 異世界鉄道会社は、今、この国で起こっていることをまったく知らないのでしょうか。城にいても、時たま聞こえてくるのです。蒸気機関車の汽笛の音が。
 王がいなくなってからは、騒ぎもある程度落ち着き、次の王を立てるための会議をしています。王の子供は男の子四人。第一王子に、と最初は話をしておりましたが、できの良さでは、第二王子の方が上でした。ですから、この第一王子と第二王子のどちらにするか、で争っているところだそうです。
 もう古い制度、古い考えは廃止し、この国を立派にすることができる者こそ王になるべきだ、というのは、皆、考えが一致しておりました。
 わたくしにも、話は来ました。
 国のことを鑑みなくなってしまった王を退けるためにこの計画を練ったわたくしにも。
 でも、わたくしは断ったのです。体調の面で不安なことがありましたから、若い者を立てたほうが良いとだけ意見を申して、それからはもう会議にも出席しておりませんでした。
 左大臣がいなくなった理由を、わたくしは知っております。
 左大臣はとうにこの国の未来の行く末を知っていたのです。彼は、建国者の一人であり、偉大な預言者でした。
 彼がこの城から出ていく時、わたくしに申したのです。もう神はいなくなりました、と。神の加護がなくなった国は、いずれ、混乱し、若い者が新しい神を招いて新しい国家となるでしょう、と申したのです。
 わたくしもまた、神に祈りを捧げる身でもありました。聖女様、なんて呼ばれていたこともあります。だから左大臣は、わたくしに教えてくれたのです。
 その言葉を聞いた時、私は、納得してしまったのです。
 王の様子を見ていれば、そうなったほうがいい、と思ったのです。
 民の不満を感じ取れない王など必要なかったのです。
 ですから、わたくしは、不満を抱いた民たちに左大臣の言葉を聞かせ、王を寝台特急ハヤミに乗せて追放したのです。
 殺す方がよかったのではないか? やめてください。そんなことをしたら、神に仕えるわたくしの手が汚れてしまうではないですか。そんなことをせずとも、あの王なら、勝手にどこか遠くへ逃げると思っておりますよ。星の間中央駅には総合案内所がありますので、彼はすぐにそこに行って、安全な場所を聞いて、遠いところに逃げていることでしょう。
 わたくしも、これから、その星の間中央駅に行こうと思っているのです。
 わたくしが仕えるべき神を捜しに行きたいのです。ここの国の神はもうわたくしが仕えるべき神はいらっしゃらないようですから。他の国にどんな神がいるのかも知りたいですし、もしかしたら私が忘れているだけで、前世にいらっしゃるかもしれません。
 星の間中央駅には、前世お忘れ物捜索サービスを提供する、お忘れ物センターがあるというのもわたくしは知っていましたから、まずはそちらから捜してみようと決めました。
 わたくしは記憶はほぼありませんが、右手の甲に転生印があるので、わたくしが転生者であることは分かっていました。
 左大臣も自分で言っておりました。左胸に印があるのだと。彼は記憶を有しておりました。彼は城を出る時、言ったのです。「ここでするべきことが終わったので、次に行くべきところに行ってきます。全ての記憶がなくなりますので、きっとあなたのことも、この国のことも忘れてしまうでしょう」と。異世界鉄道会社のことについても、左大臣から聞きました。もし、思い出したいことや捜したいものがあれば、お忘れ物センターに行けばよいということも。彼ははっきりとは教えてくれませんでしたが、異世界鉄道会社で働いていると思います。だから、彼とも会えたらいいな、と少しだけ、期待をしています。まあ、会ったとしても、記憶がないというのですから、声はかけないでおくことにしましょう。迷惑になるだけです。


 侍女たちが心配しすぎるので、大丈夫です、と何度も言って城から出ました。城から出るだけでも大変ですが、やはり、魔法を使うと疲れてしまいます。
 先程、体調が心配だと述べましたが、わたくし、あまり体が丈夫ではないのです。魔法を使いすぎるとすぐに寝込んでしまいますし、そうでなくとも、体が重くてベッドで横になることがここ最近増えていました。時たま、下腹部が痛みます。
 何か病を持っているのかとも思いましたが、怖いので、調べていません。
 駅まで来た時はもう疲労で倒れそうでしたが、駅員の方が、親切にもわたくしに肩を貸してくれて、なんとか寝台特急ハヤミに乗車することができました。ありがとうとお礼を言いましたが、駅員の方はまったく表情を変えず、そして私に何も言わず、また改札に向かって行ってしまいました。親切にしてくれたというよりも、しなければいけないからした、という方が正しいのかもしれません。でも、その対応に文句をつけるようなわたくしではありません。
 車内はとても工夫が凝らされていました。星が散りばめられたような室内には驚きました。キラキラと光るシャンデリアが室内を明るく照らしていました。サロンカーのソファはそれはもうふかふかで、疲れ切った私の体を包んでくれるような感覚に感動してしまいます。大きな窓から見える星々のきらめきにうっとりとしてしまいました。
 個室のベッドも温かくて、リラックスして横になることができました。
 三時間くらい眠ったでしょうか。
 突然、大きなブレーキ音がして、わたくしははっと目を覚ましました。ドアを開けて、廊下の様子を見ました。
 車掌さんが一部屋一部屋回って、乗客一人ひとりに事情を説明して回っています。
「どうされたのですか?」
 わたくしが質問をすると、車掌さんは申し訳無さそうに言いました。
「星の間中央駅付近で時空嵐が発生しておりまして、全線停止になってしまいました。この車両も嵐に巻き込まれないよう、停止させております。旅の途中、大変申し訳ありません。車内サービスは引き続き提供いたしますので、何かありましたら、客室乗務員にお申し付けください」
「ご親切にありがとうございます」
 では、と車掌さんは他の乗客への説明に行かれました。
 嵐はすぐに去るものだと思っておりましたが、甘く見ていましたわ、わたくし。
 ダイヤが大幅に乱れ、結局星の間中央駅に到着したのは、二日後でした。長い長い旅でした。
 その間、レストランカーでお食事をとりましたが、通常のお食事が提供されたので、それにも感心してしまいました。客室乗務員さんの話では、時空嵐への備えは常にしているのだということだそうです。
 下車し、体を伸ばすと、とても気持ちがよかったです。そう思わせてくれた寝台特急ハヤミと車掌さん、客室乗務員さんに感謝しました。
 星の間中央駅は想像していたよりも広く、わたくしは迷ってしまいました。
 ですから、ひとまず総合案内所を目指すことにしました。お客たちの波に乗り、総合案内所になんとかたどり着き、金髪の青年に声をかけました。
「こんにちは、ようこそ星の間中央駅へ。何かお困りですか? マダム?」
 青年は気前の良いお兄さんみたいな方でした。
 ジョーという方のようです。
「わたくし、お忘れ物センターに用事があって。迷ってしまったんです」
「お? そうなんですか? 何かお忘れ物でも?」
「前世お忘れ物捜索サービスを依頼しようと思ってまして」
「ああ! 北口改札前ですので、案内しますよ」
 ジョーさんはすぐにカウンターから出てきて、お忘れ物センターに向かって歩き始めました。わたくしは、ジョーさんに聞いてみました。
「とても目が細くて、背が高くて、いつも笑っている男性職員はここにいらっしゃいますか?」
「バンドウのことですか? お忘れ物センターにいますよ。知り合いですか?」
「いえ、そういうわけではないのですが」
「そうですか。あ、そうそう、お忘れ物センター、今、入り口の上にデカイ鳥の巣があるんで、フンには気をつけてくださいね。あそこです。では、オレはこれで」
 ジョーさんが指さしたところには、確かに大きな鳥の巣がありました。彼はすぐに総合案内所に戻ってしまいました。わたくしはしばらく遠くから巣を見ていました。一体どんな鳥なのだろう、と思ったのです。センターの中から細身の女性の職員が出てきて、巣の下に新聞紙を敷き始めました。フン対策でしょう。
 彼女を見るためなのか、ちらりと鳥が顔を出しました。
 高く広い空を思わせる青い鳥でした。
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