夜廻の詩
夜鷹から譲り受けた星の石が身体に馴染むまでは、数ヶ月かかった。
もちろん、石は温かかった。心臓のいちばん近いところで穏やかに光り、昭晶の身体を温めた。だが、身体が石を拒み、石もまた身体を拒む瞬間があった。心臓が痛み、身体が言うことをきかなくなる時があった。
その昭晶の様子をみた狼星は、馴染むまで休めばよいと言ってくれた。
彼らがいちばん恐れるのは、星の子という王が再び不在となること。星の子は彼らの存在をこの世界に定める光だった。失えば彼らは幻想のものとなり、この孤島には虚無が満ちる。
昭晶は申し訳ないと思いながらも、その通りにした。無理をして、身体が星がばらばらになるのだけは避けたい。せっかく夜鷹がくれた石なのだ。
狼星は自分が昼の国にいる間、仮の王として鬼と天女をまとめていた男だ。全てを任せても何も問題はなかった。
休むといっても、ただ寝ているわけではなかった。
もちろん、日中は眠くなる。母の創り出した太陽は、昼の国とは少し性質が違うようで、力強さというのは感じられなかった。だから日中はこれまでと同じように眠る。
だが、空で星が輝き始めると、自分の星の石も共鳴するかのようにころころと動くのを感じる。その動きに合わせ、心臓は力強く血を巡らせる。そうなるともう寝ていられない。
夜な夜な城から抜け出した。昼の国にいたときとたいしてやることは変わらない。
それに今日は行くべき場所もある。
昼よりも、夜のほうが賑やかだ。ゆったりと食事を楽しむ者もいれば、会話を楽しむ者もいる。この時間になっても働く者もおり、新たな建物がつくられている。彼らを照らしてくれるのは天女たちで、鬼のために力を存分に使っていた。
夜鷹と共に見た光景が重なる。だが、自分の手を引いてくれていた彼はもう自分の隣にはいない。
「王様だ!」
子供が昭晶を指差した。
「ほんとだ、王様だ」
周りの子供たちも昭晶に気付き、駆け寄ってくる。
昭晶はしゃがみ、彼らの目線に合わせた。
「君たちは、何をしているのだ」
「遊んでたの。星結びの遊び」
「勝手に星座を作るのは良くないって大人たちは言うけどね。あの星たちは、いずれ、いろんな国の王様になる方々なんでしょ」
昭晶は笑った。自分もかつては、そのように遊ばれていたのかもしれない。夜鷹との距離はかなり近かった。双子星とでも言われていたのだろう。
「星座を作った後はどうするのだ」
「物語を作るの。どの物語がいちばん面白いか競うんだよ」
寧子を思い出して、昭晶は微笑んだ。
「王様もやってみる?」
「すまない、今日は行くところがある。わたしもいくつか物語を知っている。昼の国の星の話なのだが。それでよければ、また今度、聞かせてあげよう」
わーい、と喜んだ子供たちは、走ってどこかへ行ってしまった。
寧子の聞かせてくれた物語はまだ全て覚えている。愉快なもの、恐ろしいもの、悲しいもの、一つ一つ、昭晶の中に残っている。
昭晶はそのまま都の外れへと向かった。
原初の星の子が生み出した鬼が、再び山になりかけている。
民から、彼が古語で何か訴えていると聞かされていた。彼らはもう古語が分からない。星の子の自分なら分かるだろうから、聞いてほしいと頼まれていた。
身体を丸め、眠りにつこうとしていた。岩のような肌は脆く、雨風で風化し、土となっていく。鳥の運んできた種がその上に落ち、山になるのだ。
「まだ語れるか」
鬼の拳に手を添える。自分の小さすぎる手とは、比べものにならない。
「お……う……」
ズズズと地が鳴る。既に蹲っているのに、更に頭を垂れようとしていた。頭に触れると、鬼は安堵からくる溜息をついた。
「お前の言葉を聞けるのは、わたしだけだと聞いた。何だ。聞くぞ」
「寂しい……。私を、作った、父は、空に戻った。わたしは、なぜ死ねない。なぜ、また、山になる。王、ここにいてほしい」
昭晶は地面を蹴り、鬼の肩に飛び乗った。ここからだと、都を一望できる。
「わたしは、祖の代わりになるだろうか」
風が吹き、土埃が舞った。
この鬼の死は、土になることだ。雨と風が彼の全てを風化させたときが、彼の死になる。
一体、これまで何人の星の子が降り立ち、彼の風化に寄り添ってきたのだろう。
「王、皆、父と同じ。星の子、皆、同じ」
「そうか。ならばここにいよう」
肌を撫でると、鬼は安らかな寝息を立て始める。山が震え、土がぽろぽろと崩れ落ちていく。
目覚めたことにより木々が倒れ、土を留めていた根がなくなってしまった。風化が早まっている。
そばにいてやることが、どれだけ救いになるか。
幻想の彼方へと去っていった母にも、いつか寄り添える日が来るだろうか。
星空を見上げながら、また母の城に呼ばれることを願う。
誰かに寄り添うことができるのは、夜鷹と寧子に教えてもらったからだ。彼らが寄り添いというものを教えてくれなければ、自分は孤独しか知らないままの、寂しい王になっていただろう。
あの二人と共にいた時間はとても僅かなものだった。たったの数ヶ月だ。それでも、自分のこれからに必要なもの全てを教えてもらっていた。これだけは忘れてはならない昼の国での記憶だ。
「すまない。祖はどのような星だったのか教えてくれないだろうか」
「父、父は……とても優しかった。怪力で、なんでもできるわたしたち、少し、いけないことをすると、怒った。怪力は、他のものの、ためにあると」
「よい父だったのだな」
鬼たちの優しさは星譲りのものだった。自分もそうあらねばならない。土に汚れた手を見つめ、再び星空を見上げた。
「さあ眠れ。無理に起こしてすまなかった。お前と話ができてよかった」
肌を撫でると、鬼は深呼吸したのち、眠りについた。
朝を迎え、城に戻ると、土まみれの昭晶を見た天女たちが悲鳴を上げた。頭から水をかぶせられ、たくさんの布で拭かれた。そこまでしなくてもよいと言ったものの、彼女たちは駄目だと言って聞かなかった。その様子を見た狼星は豪快に笑った。
まるで子供のように扱われるが、彼らにとっては、鬼になったばかりで力の本質も理解しきれていない自分はまだ子供なのだろう。
自分がかつて欲したものを存分に与えてくれる彼らに、恩を返さねばならない。
「狼星」
「はい、なんでしょう」
「わたしは、よい王になれるだろうか」
「なれますよ。昼の国から戻ってきてくださったじゃないですか」
「……そうか」
あの鬼が土になったら、自分の手で森を作ろうと決めた。
山となっていた間、海から吹いてくる風から都を守ってくれた鬼だ。土が風で飛ばされないよう、木々の根で土を守り、その存在を語り継ごうと誓う。
もちろん、石は温かかった。心臓のいちばん近いところで穏やかに光り、昭晶の身体を温めた。だが、身体が石を拒み、石もまた身体を拒む瞬間があった。心臓が痛み、身体が言うことをきかなくなる時があった。
その昭晶の様子をみた狼星は、馴染むまで休めばよいと言ってくれた。
彼らがいちばん恐れるのは、星の子という王が再び不在となること。星の子は彼らの存在をこの世界に定める光だった。失えば彼らは幻想のものとなり、この孤島には虚無が満ちる。
昭晶は申し訳ないと思いながらも、その通りにした。無理をして、身体が星がばらばらになるのだけは避けたい。せっかく夜鷹がくれた石なのだ。
狼星は自分が昼の国にいる間、仮の王として鬼と天女をまとめていた男だ。全てを任せても何も問題はなかった。
休むといっても、ただ寝ているわけではなかった。
もちろん、日中は眠くなる。母の創り出した太陽は、昼の国とは少し性質が違うようで、力強さというのは感じられなかった。だから日中はこれまでと同じように眠る。
だが、空で星が輝き始めると、自分の星の石も共鳴するかのようにころころと動くのを感じる。その動きに合わせ、心臓は力強く血を巡らせる。そうなるともう寝ていられない。
夜な夜な城から抜け出した。昼の国にいたときとたいしてやることは変わらない。
それに今日は行くべき場所もある。
昼よりも、夜のほうが賑やかだ。ゆったりと食事を楽しむ者もいれば、会話を楽しむ者もいる。この時間になっても働く者もおり、新たな建物がつくられている。彼らを照らしてくれるのは天女たちで、鬼のために力を存分に使っていた。
夜鷹と共に見た光景が重なる。だが、自分の手を引いてくれていた彼はもう自分の隣にはいない。
「王様だ!」
子供が昭晶を指差した。
「ほんとだ、王様だ」
周りの子供たちも昭晶に気付き、駆け寄ってくる。
昭晶はしゃがみ、彼らの目線に合わせた。
「君たちは、何をしているのだ」
「遊んでたの。星結びの遊び」
「勝手に星座を作るのは良くないって大人たちは言うけどね。あの星たちは、いずれ、いろんな国の王様になる方々なんでしょ」
昭晶は笑った。自分もかつては、そのように遊ばれていたのかもしれない。夜鷹との距離はかなり近かった。双子星とでも言われていたのだろう。
「星座を作った後はどうするのだ」
「物語を作るの。どの物語がいちばん面白いか競うんだよ」
寧子を思い出して、昭晶は微笑んだ。
「王様もやってみる?」
「すまない、今日は行くところがある。わたしもいくつか物語を知っている。昼の国の星の話なのだが。それでよければ、また今度、聞かせてあげよう」
わーい、と喜んだ子供たちは、走ってどこかへ行ってしまった。
寧子の聞かせてくれた物語はまだ全て覚えている。愉快なもの、恐ろしいもの、悲しいもの、一つ一つ、昭晶の中に残っている。
昭晶はそのまま都の外れへと向かった。
原初の星の子が生み出した鬼が、再び山になりかけている。
民から、彼が古語で何か訴えていると聞かされていた。彼らはもう古語が分からない。星の子の自分なら分かるだろうから、聞いてほしいと頼まれていた。
身体を丸め、眠りにつこうとしていた。岩のような肌は脆く、雨風で風化し、土となっていく。鳥の運んできた種がその上に落ち、山になるのだ。
「まだ語れるか」
鬼の拳に手を添える。自分の小さすぎる手とは、比べものにならない。
「お……う……」
ズズズと地が鳴る。既に蹲っているのに、更に頭を垂れようとしていた。頭に触れると、鬼は安堵からくる溜息をついた。
「お前の言葉を聞けるのは、わたしだけだと聞いた。何だ。聞くぞ」
「寂しい……。私を、作った、父は、空に戻った。わたしは、なぜ死ねない。なぜ、また、山になる。王、ここにいてほしい」
昭晶は地面を蹴り、鬼の肩に飛び乗った。ここからだと、都を一望できる。
「わたしは、祖の代わりになるだろうか」
風が吹き、土埃が舞った。
この鬼の死は、土になることだ。雨と風が彼の全てを風化させたときが、彼の死になる。
一体、これまで何人の星の子が降り立ち、彼の風化に寄り添ってきたのだろう。
「王、皆、父と同じ。星の子、皆、同じ」
「そうか。ならばここにいよう」
肌を撫でると、鬼は安らかな寝息を立て始める。山が震え、土がぽろぽろと崩れ落ちていく。
目覚めたことにより木々が倒れ、土を留めていた根がなくなってしまった。風化が早まっている。
そばにいてやることが、どれだけ救いになるか。
幻想の彼方へと去っていった母にも、いつか寄り添える日が来るだろうか。
星空を見上げながら、また母の城に呼ばれることを願う。
誰かに寄り添うことができるのは、夜鷹と寧子に教えてもらったからだ。彼らが寄り添いというものを教えてくれなければ、自分は孤独しか知らないままの、寂しい王になっていただろう。
あの二人と共にいた時間はとても僅かなものだった。たったの数ヶ月だ。それでも、自分のこれからに必要なもの全てを教えてもらっていた。これだけは忘れてはならない昼の国での記憶だ。
「すまない。祖はどのような星だったのか教えてくれないだろうか」
「父、父は……とても優しかった。怪力で、なんでもできるわたしたち、少し、いけないことをすると、怒った。怪力は、他のものの、ためにあると」
「よい父だったのだな」
鬼たちの優しさは星譲りのものだった。自分もそうあらねばならない。土に汚れた手を見つめ、再び星空を見上げた。
「さあ眠れ。無理に起こしてすまなかった。お前と話ができてよかった」
肌を撫でると、鬼は深呼吸したのち、眠りについた。
朝を迎え、城に戻ると、土まみれの昭晶を見た天女たちが悲鳴を上げた。頭から水をかぶせられ、たくさんの布で拭かれた。そこまでしなくてもよいと言ったものの、彼女たちは駄目だと言って聞かなかった。その様子を見た狼星は豪快に笑った。
まるで子供のように扱われるが、彼らにとっては、鬼になったばかりで力の本質も理解しきれていない自分はまだ子供なのだろう。
自分がかつて欲したものを存分に与えてくれる彼らに、恩を返さねばならない。
「狼星」
「はい、なんでしょう」
「わたしは、よい王になれるだろうか」
「なれますよ。昼の国から戻ってきてくださったじゃないですか」
「……そうか」
あの鬼が土になったら、自分の手で森を作ろうと決めた。
山となっていた間、海から吹いてくる風から都を守ってくれた鬼だ。土が風で飛ばされないよう、木々の根で土を守り、その存在を語り継ごうと誓う。