1章
「で、どこに連れて行くの。お店なんてほとんどがやってないし、あの方が面白いと思う場所なんて、思い浮かばないわ」
「寧子にも言わない」
「何よそれ」
二人はこそこそと話をしながら星宮に向かっていた。これからすることは、誰にも言わないと約束している。
もちろん、牛目にもだ。三人だけの秘密である。
いつもの儀式的な挨拶を終えてすぐ、昭晶に提案した。
「外に行きましょう。ここで話をするだけなのも、退屈になるでしょうから」
昭晶は目を丸くして驚いた。
「そのようなこと……してよいのか」
「誰かがいけないと言ったのですか」
「……誰にも言われてない。そのようなものだと思っていた」
「ですよね。昭晶様が外へ行きたいと思うのなら、俺が昭晶様を外にお連れします」
昭晶は寧子を見る。寧子は視線を逸らした。
「先に申しておきますが、本来、夜廻から提案することではありません。ですから、今回は私たちだけの秘密ということになります。私たちが連れ出すことになりますから」
「秘密…、秘密か。それはいいな。楽しそうだ。では、どこに連れて行ってくれるのだろうか」
「それは行ってのお楽しみにさせてください。少し歩きますが、大丈夫ですか」
「問題ない」
沓をはき、天に向かって伸びをした。久しぶりに外に出るのだろう。
横に並んでみて初めて分かったのだが、背丈は夜鷹と同じほどあった。沓の高さもあり、夜鷹よりも僅かに高い。すらりとしていて、優雅で、この人こそ美少年と言うのだなと思う。同い年だとは到底思えなかった。
「私は万が一のために、ここに残っておきます。行ってらっしゃいませ」
寧子によろしくと声をかけ、星宮の裏にある小さな門から表へと出た。
ここから出れたのは、寧子の采配のおかげである。今日の配置をいつもと少しだけ変更したために、ここだけ手薄になっていた。寧子が決めていたからこそできたことである。男たちはそういう細かいところまでは気にしていなかった。
いざ、昭晶を連れて出ると、途端に緊張が襲ってきた。弓を握る手に力が入る。
「夜鷹、待ってくれ」
ぎゅっと手を握られた。
「早い」
「ああ、すみません。暗いですしね」
「目は見えている。夜鷹が歩くのが速すぎる」
体力がないのか、昭晶は少し早歩きしただけで息が上がっていた。
「昭晶様も、暗いところは得意なのですか」
「明かりがなくとも平気。要らないから、宮は燭台に火を入れていない。わたしのところだけ星がよく見えるから、星宮と呼ばれているそうだよ。火なんてなくとも、見えるのに」
「でしたら、昭晶様も夜目が利くんですね。俺もです」
「わたしと夜鷹は、似ているところがたくさんある」
「不思議なものですね」
育ての親が同じ。同い年。身長もほぼ同じ。夜目が利く。それらの共通点は、昭晶の心を開かせるのに十分だった。
双子だろうかとも思えるほどだ。違いは身分なだけかもしれない。
握った手は目的地に着くまで離してくれなかった。そちらのほうがよかったかもしれない。何かあったときにすぐ昭晶を庇える。緊張で強張った身体も少しほぐれたような気がする。
居住地区、商業地区を抜け、都の門を出る。昭晶が都から出るのはこれが初めてだという。
夜鷹が連れて行ったのは、都のはずれにある丘だった。
夜空を隔てるものは何ひとつなく、満天の星空を見上げることができる。春の星空は冬の星空と比べてやや静かではあるが、それでもたくさんの星が輝いていた。
「いかがでしょう。ここは、俺の好きな場所の一つなんですが」
「素晴らしいな。宮中では絶対に見られない。建物が邪魔をする」
昭晶は空に吸い寄せられるかのように、空を見上げていた。そのまま、飛んでいってしまうのではないかと思うほどだった。
「どうやってここを知ったのだろうか」
「恥ずかしい話、昔、一度だけ孤児院から抜け出したことがありまして」
頬をひっかきながら、思い出話を始める。
「どういうわけか、自分の本当の家は、ずっと遠くにあるって思ったんです。そこに行きたい衝動に駆られて、夜にこっそり抜け出したんです」
「誰にも見つからずにか」
「はい」
そういえば、あの時も、誰にも見つからなかった。気配を殺すのはやはり得意だったのかもしれない。
皆が寝静まった時を狙った。孤児院に数名いる世話係は、子供たちが寝て安心しきっていた。布団からこっそり抜け出し、遠くへ行こうとがむしゃらに走ったのだ。
どこに行けばいいのか分かっているわけではなかった。捨て子の夜鷹には、そのような場所など、どこにもなかった。なのに、遠くに行けばそこに帰れるような気がして、とにかく走ったのだ。
今だと、随分とおかしな行動をしたと思う。あの時の自分は、どこかおかしかった。
「ここに来た時、その衝動がおさまったんです。なんだか、この空を見ると、満足しちゃって」
「不思議な話だな」
「そうですね。朝が来る前になって、孤児院に帰りましたけど。それからこの場所は自分を落ち着けるための場所にしています」
「よく来るのか」
「たまにです。今はもう仕事で滅多に来れません。修行時代にはよく来てましたが。俺も夜は寝付きが悪くて、眠くなるまでここにいることがありました」
空から視線をおろした昭晶は、不思議そうに夜鷹を見つめた。
「まったく不思議なものだ。今、夜鷹が語ったことは、少しわたしにも当てはまる」
温かい風が昭晶の髪を揺らした。
「わたしも、生まれはどこか遠くなのではないかと思うことがある。父上を父と思えないし、母は物心つく前には死んでいた。どこかへ行きたいとずっと思っていたのだが、わたしは夜に起き、昼に寝る。それだから、どこかに行こうにも行けなかった」
「ここは、良かったですか」
「夜鷹と同じ。ここは落ち着く。どこかに行きたいというのは、ここだったのかもしれない。また来たい。そうすれば、夜鷹もここへ来れるだろう」
自分を慮ってくれたのだろうか。自然と頭が下がる。
「頭を下げないでほしい。わたしは、夜鷹のこと、まるで兄弟のように思っている。兄弟でなくとも、友人になってほしい」
「それは――」
「無理な話だろうか。その窮屈な喋り方と態度をやめればよいだけなのだが」
「無理ではない……のですが、寧子の前だけは許してください」
「ああ、彼女か。少し融通が利くと思ったのだが、そうではないのか」
「今日だけですよ。許してくれたのは。かなり厳しい条件付きだったんです」
昼のことを話すと、昭晶は声を出して笑った。目に涙を浮かべるほどだった。きっと、宮中だとそんな笑い方はしなかっただろう。
これが昭晶の普通の姿なのだろうと夜鷹は思う。
自分に友になれと言ったのは、窮屈な日常から少しでも離れるためなのかもしれない。
彼がそれを望んでいるのなら、いくらでも外に連れ出してやりたいと思った。夜廻の自分が彼を守ってやればいい話である。
「そろそろ朝が近いから、帰ろうか」
「そうだな。寧子もしびれを切らして待っているだろうし」
昭晶とは、また今度、別の場所に行こうと約束をした。夜鷹と二人だけの秘密があることに、とても満足している様子だった。
「寧子にも言わない」
「何よそれ」
二人はこそこそと話をしながら星宮に向かっていた。これからすることは、誰にも言わないと約束している。
もちろん、牛目にもだ。三人だけの秘密である。
いつもの儀式的な挨拶を終えてすぐ、昭晶に提案した。
「外に行きましょう。ここで話をするだけなのも、退屈になるでしょうから」
昭晶は目を丸くして驚いた。
「そのようなこと……してよいのか」
「誰かがいけないと言ったのですか」
「……誰にも言われてない。そのようなものだと思っていた」
「ですよね。昭晶様が外へ行きたいと思うのなら、俺が昭晶様を外にお連れします」
昭晶は寧子を見る。寧子は視線を逸らした。
「先に申しておきますが、本来、夜廻から提案することではありません。ですから、今回は私たちだけの秘密ということになります。私たちが連れ出すことになりますから」
「秘密…、秘密か。それはいいな。楽しそうだ。では、どこに連れて行ってくれるのだろうか」
「それは行ってのお楽しみにさせてください。少し歩きますが、大丈夫ですか」
「問題ない」
沓をはき、天に向かって伸びをした。久しぶりに外に出るのだろう。
横に並んでみて初めて分かったのだが、背丈は夜鷹と同じほどあった。沓の高さもあり、夜鷹よりも僅かに高い。すらりとしていて、優雅で、この人こそ美少年と言うのだなと思う。同い年だとは到底思えなかった。
「私は万が一のために、ここに残っておきます。行ってらっしゃいませ」
寧子によろしくと声をかけ、星宮の裏にある小さな門から表へと出た。
ここから出れたのは、寧子の采配のおかげである。今日の配置をいつもと少しだけ変更したために、ここだけ手薄になっていた。寧子が決めていたからこそできたことである。男たちはそういう細かいところまでは気にしていなかった。
いざ、昭晶を連れて出ると、途端に緊張が襲ってきた。弓を握る手に力が入る。
「夜鷹、待ってくれ」
ぎゅっと手を握られた。
「早い」
「ああ、すみません。暗いですしね」
「目は見えている。夜鷹が歩くのが速すぎる」
体力がないのか、昭晶は少し早歩きしただけで息が上がっていた。
「昭晶様も、暗いところは得意なのですか」
「明かりがなくとも平気。要らないから、宮は燭台に火を入れていない。わたしのところだけ星がよく見えるから、星宮と呼ばれているそうだよ。火なんてなくとも、見えるのに」
「でしたら、昭晶様も夜目が利くんですね。俺もです」
「わたしと夜鷹は、似ているところがたくさんある」
「不思議なものですね」
育ての親が同じ。同い年。身長もほぼ同じ。夜目が利く。それらの共通点は、昭晶の心を開かせるのに十分だった。
双子だろうかとも思えるほどだ。違いは身分なだけかもしれない。
握った手は目的地に着くまで離してくれなかった。そちらのほうがよかったかもしれない。何かあったときにすぐ昭晶を庇える。緊張で強張った身体も少しほぐれたような気がする。
居住地区、商業地区を抜け、都の門を出る。昭晶が都から出るのはこれが初めてだという。
夜鷹が連れて行ったのは、都のはずれにある丘だった。
夜空を隔てるものは何ひとつなく、満天の星空を見上げることができる。春の星空は冬の星空と比べてやや静かではあるが、それでもたくさんの星が輝いていた。
「いかがでしょう。ここは、俺の好きな場所の一つなんですが」
「素晴らしいな。宮中では絶対に見られない。建物が邪魔をする」
昭晶は空に吸い寄せられるかのように、空を見上げていた。そのまま、飛んでいってしまうのではないかと思うほどだった。
「どうやってここを知ったのだろうか」
「恥ずかしい話、昔、一度だけ孤児院から抜け出したことがありまして」
頬をひっかきながら、思い出話を始める。
「どういうわけか、自分の本当の家は、ずっと遠くにあるって思ったんです。そこに行きたい衝動に駆られて、夜にこっそり抜け出したんです」
「誰にも見つからずにか」
「はい」
そういえば、あの時も、誰にも見つからなかった。気配を殺すのはやはり得意だったのかもしれない。
皆が寝静まった時を狙った。孤児院に数名いる世話係は、子供たちが寝て安心しきっていた。布団からこっそり抜け出し、遠くへ行こうとがむしゃらに走ったのだ。
どこに行けばいいのか分かっているわけではなかった。捨て子の夜鷹には、そのような場所など、どこにもなかった。なのに、遠くに行けばそこに帰れるような気がして、とにかく走ったのだ。
今だと、随分とおかしな行動をしたと思う。あの時の自分は、どこかおかしかった。
「ここに来た時、その衝動がおさまったんです。なんだか、この空を見ると、満足しちゃって」
「不思議な話だな」
「そうですね。朝が来る前になって、孤児院に帰りましたけど。それからこの場所は自分を落ち着けるための場所にしています」
「よく来るのか」
「たまにです。今はもう仕事で滅多に来れません。修行時代にはよく来てましたが。俺も夜は寝付きが悪くて、眠くなるまでここにいることがありました」
空から視線をおろした昭晶は、不思議そうに夜鷹を見つめた。
「まったく不思議なものだ。今、夜鷹が語ったことは、少しわたしにも当てはまる」
温かい風が昭晶の髪を揺らした。
「わたしも、生まれはどこか遠くなのではないかと思うことがある。父上を父と思えないし、母は物心つく前には死んでいた。どこかへ行きたいとずっと思っていたのだが、わたしは夜に起き、昼に寝る。それだから、どこかに行こうにも行けなかった」
「ここは、良かったですか」
「夜鷹と同じ。ここは落ち着く。どこかに行きたいというのは、ここだったのかもしれない。また来たい。そうすれば、夜鷹もここへ来れるだろう」
自分を慮ってくれたのだろうか。自然と頭が下がる。
「頭を下げないでほしい。わたしは、夜鷹のこと、まるで兄弟のように思っている。兄弟でなくとも、友人になってほしい」
「それは――」
「無理な話だろうか。その窮屈な喋り方と態度をやめればよいだけなのだが」
「無理ではない……のですが、寧子の前だけは許してください」
「ああ、彼女か。少し融通が利くと思ったのだが、そうではないのか」
「今日だけですよ。許してくれたのは。かなり厳しい条件付きだったんです」
昼のことを話すと、昭晶は声を出して笑った。目に涙を浮かべるほどだった。きっと、宮中だとそんな笑い方はしなかっただろう。
これが昭晶の普通の姿なのだろうと夜鷹は思う。
自分に友になれと言ったのは、窮屈な日常から少しでも離れるためなのかもしれない。
彼がそれを望んでいるのなら、いくらでも外に連れ出してやりたいと思った。夜廻の自分が彼を守ってやればいい話である。
「そろそろ朝が近いから、帰ろうか」
「そうだな。寧子もしびれを切らして待っているだろうし」
昭晶とは、また今度、別の場所に行こうと約束をした。夜鷹と二人だけの秘密があることに、とても満足している様子だった。