1章
寧子と共に星宮に行くと、あっ、と声が出そうになった。
御簾が既に上げられており、昭晶が廊に出ていたのだ。昨日と同じく、夜色の衣を纏っている。そこまで着るものにこだわりはないのかもしれない。
いつもの挨拶を終えると、寧子はさっそく語り聞かせでもしようかと提案した。だが、昭晶は首を横に振った。
「今日は夜鷹の話が聞きたい」
いきなり困ったことになり、夜鷹は頬を掻いた。
「昭晶様が喜ぶような話は、俺は持っていません。寧子の物語のほうが――」
「何でも良い。そうだ。まずは、夜廻のことを聞きたい」
それこそ、寧子のほうがよく知っているはずだ。寧子は頭領の娘なのだから。話だって寧子のほうが上手い。
だが、寧子はお前がやれ、と言うように、目配せをする。
「なぜ夜鷹は夜廻になった。そんなに魅力的な職だったのか」
「それはですね……」
その話をするには、まずは生い立ちから語らねばならない。
自分が赤子の頃、都の道端に捨てられていたこと。牛目に拾われたこと。孤児院で育てられたのち、夜廻に恩を返したいと思ったこと。ひとまず簡単に話をした。退屈にならないように、省けるところは省いた。
だが、それだけでは昭晶は満足してくれなかった。
夜鷹の普段の生活のことや、今までの仕事のことなど、根掘り葉掘り聞かれた。聞かれたことをはぐらかすわけにもいかないので、どれも素直に答えることになる。
寧子は隣でじっと昭晶の反応を見ている。どんな話が好みなのか把握し、今後の物語の選択に活かすつもりだろう。
「あの、俺からも聞いていいですか。俺の今の話、面白かったですか」
「面白い。夜の話が一番好きだ。たいてい、皆、昼に起きているから昼の話をする。だけどわたしはその時間は眠っているから、聞いてもつまらない。寧子の星の話も良かった。星なら起きている間に見られるから」
突然、話を振られた寧子は慌てて頭を下げる。
「あの、まだ聞いてもいいですか」
「遠慮はいらない」
「えっと……あの、昭晶様は、この宮からは出られないんですか。どこかお出かけとか」
「行かない。どんなところがあるのかも知らない。行ったって、夜だし誰もいないのではないか」
はっと夜鷹はひらめいた。
ひらめいたのだが、脇に衝撃がくる。寧子の肘だった。呻きそうになったが、我慢をして脇腹をそっと擦る。
「そうですね。宮と違って、外は明かりが少なく、暗いですから」
残念です、と、寧子は話を締めくくった。
空が白くなり、門をくぐったところで、もう一度寧子から脇を突かれた。
「ってえ……」
「馬鹿、余計なこと言わないでよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「言おうとしてたでしょ」
脇を擦りながら空を見上げる。いい提案だと思ったのだが、寧子は許してくれないようだ。
貴人を外に連れ出すなど、夜廻のすべきことじゃない。寧子はそう言いたいのだ。それは夜鷹も分かっている。
けれど、寝ても覚めてもずっとあそこで過ごすというのは、絶対に息が詰まる。
昭晶が求めているのは退屈を紛らわせるものだ。あそこにいるから退屈なのだ。だったら外に出ればいい。そう思ったのだが――。
「分かるわよ、夜鷹の気持ち。私だって、機会があればって思っちゃうもの。あの方って、なんだかずっと一人みたいで、何かしてあげたいって気持ちになるわよね」
え、と声が出る。
「なら」
「じゃあ、こうしましょう。藤六に尻餅つかせたら。夜鷹の実力がちゃんと分かる形になったら、夜鷹の提案に乗ってあげる」
その寧子の言葉を信じ、帰ってすぐに藤六をひっくり返した。
寧子は無理だと思って提案したのだろう。けれども、彼は見事に尻餅をついた。
真正面からでは勝てっこない。だから、藤六と同じ手を使った。
彼に勘付かれないように、息を潜め、背後から近寄り、素早く足を蹴ったのだ。
大きな音がし、周りの男たちはなんだなんだと集まってくる。
何が起こったか分かっていない藤六は、大の字で地べたにひっつき呆けた。そうして何が起こったか分かった時は、天を仰ぎながら盛大に笑った。それはとても大きな笑い声だった。
「やるなあ。見事だ。気が付かなかった」
「ちょっと、本気にならなければならなくなって」
正直、こんなにあっけなく藤六が倒れるとは思っていなかった。自分も藤六の笑いにつられて笑ってしまう。
気配を察知する力はないが、気配を消すのは得意なのかもしれない。やってみると意外とうまくいくこともあるものだ。
「何がお前を本気にさせたのかは知らんが……」
今度は自分の足が宙に浮いた。足を蹴り飛ばされたのだ。そのまま地面に落ち、背中を強く打つ。
「でえ」
「やり返されるのでは、やっぱりまだまだ」
その後、藤六と取っ組み合いになったのだが、その様子を周りの男たちは面白がり、牛目はまるで子を見守るかのように眺め、寧子は呆れて部屋に引っ込んでいった。
御簾が既に上げられており、昭晶が廊に出ていたのだ。昨日と同じく、夜色の衣を纏っている。そこまで着るものにこだわりはないのかもしれない。
いつもの挨拶を終えると、寧子はさっそく語り聞かせでもしようかと提案した。だが、昭晶は首を横に振った。
「今日は夜鷹の話が聞きたい」
いきなり困ったことになり、夜鷹は頬を掻いた。
「昭晶様が喜ぶような話は、俺は持っていません。寧子の物語のほうが――」
「何でも良い。そうだ。まずは、夜廻のことを聞きたい」
それこそ、寧子のほうがよく知っているはずだ。寧子は頭領の娘なのだから。話だって寧子のほうが上手い。
だが、寧子はお前がやれ、と言うように、目配せをする。
「なぜ夜鷹は夜廻になった。そんなに魅力的な職だったのか」
「それはですね……」
その話をするには、まずは生い立ちから語らねばならない。
自分が赤子の頃、都の道端に捨てられていたこと。牛目に拾われたこと。孤児院で育てられたのち、夜廻に恩を返したいと思ったこと。ひとまず簡単に話をした。退屈にならないように、省けるところは省いた。
だが、それだけでは昭晶は満足してくれなかった。
夜鷹の普段の生活のことや、今までの仕事のことなど、根掘り葉掘り聞かれた。聞かれたことをはぐらかすわけにもいかないので、どれも素直に答えることになる。
寧子は隣でじっと昭晶の反応を見ている。どんな話が好みなのか把握し、今後の物語の選択に活かすつもりだろう。
「あの、俺からも聞いていいですか。俺の今の話、面白かったですか」
「面白い。夜の話が一番好きだ。たいてい、皆、昼に起きているから昼の話をする。だけどわたしはその時間は眠っているから、聞いてもつまらない。寧子の星の話も良かった。星なら起きている間に見られるから」
突然、話を振られた寧子は慌てて頭を下げる。
「あの、まだ聞いてもいいですか」
「遠慮はいらない」
「えっと……あの、昭晶様は、この宮からは出られないんですか。どこかお出かけとか」
「行かない。どんなところがあるのかも知らない。行ったって、夜だし誰もいないのではないか」
はっと夜鷹はひらめいた。
ひらめいたのだが、脇に衝撃がくる。寧子の肘だった。呻きそうになったが、我慢をして脇腹をそっと擦る。
「そうですね。宮と違って、外は明かりが少なく、暗いですから」
残念です、と、寧子は話を締めくくった。
空が白くなり、門をくぐったところで、もう一度寧子から脇を突かれた。
「ってえ……」
「馬鹿、余計なこと言わないでよ」
「まだ何も言ってないだろ」
「言おうとしてたでしょ」
脇を擦りながら空を見上げる。いい提案だと思ったのだが、寧子は許してくれないようだ。
貴人を外に連れ出すなど、夜廻のすべきことじゃない。寧子はそう言いたいのだ。それは夜鷹も分かっている。
けれど、寝ても覚めてもずっとあそこで過ごすというのは、絶対に息が詰まる。
昭晶が求めているのは退屈を紛らわせるものだ。あそこにいるから退屈なのだ。だったら外に出ればいい。そう思ったのだが――。
「分かるわよ、夜鷹の気持ち。私だって、機会があればって思っちゃうもの。あの方って、なんだかずっと一人みたいで、何かしてあげたいって気持ちになるわよね」
え、と声が出る。
「なら」
「じゃあ、こうしましょう。藤六に尻餅つかせたら。夜鷹の実力がちゃんと分かる形になったら、夜鷹の提案に乗ってあげる」
その寧子の言葉を信じ、帰ってすぐに藤六をひっくり返した。
寧子は無理だと思って提案したのだろう。けれども、彼は見事に尻餅をついた。
真正面からでは勝てっこない。だから、藤六と同じ手を使った。
彼に勘付かれないように、息を潜め、背後から近寄り、素早く足を蹴ったのだ。
大きな音がし、周りの男たちはなんだなんだと集まってくる。
何が起こったか分かっていない藤六は、大の字で地べたにひっつき呆けた。そうして何が起こったか分かった時は、天を仰ぎながら盛大に笑った。それはとても大きな笑い声だった。
「やるなあ。見事だ。気が付かなかった」
「ちょっと、本気にならなければならなくなって」
正直、こんなにあっけなく藤六が倒れるとは思っていなかった。自分も藤六の笑いにつられて笑ってしまう。
気配を察知する力はないが、気配を消すのは得意なのかもしれない。やってみると意外とうまくいくこともあるものだ。
「何がお前を本気にさせたのかは知らんが……」
今度は自分の足が宙に浮いた。足を蹴り飛ばされたのだ。そのまま地面に落ち、背中を強く打つ。
「でえ」
「やり返されるのでは、やっぱりまだまだ」
その後、藤六と取っ組み合いになったのだが、その様子を周りの男たちは面白がり、牛目はまるで子を見守るかのように眺め、寧子は呆れて部屋に引っ込んでいった。