4章

 夜鷹と寧子は、しばらく屋敷に籠ることになった。香花がどこまで追ってくるか分からないからだ。もう諦めたのかもしれないし、そうでないのかもしれない。夜廻はそこまで把握できなかった。万が一を考え屋敷の守りを固め、夜鷹と寧子を守ることとなった。
 牛目には、思いっきり頭を撫でられた。そして、謝られた。
「俺が孤児院にお前を入れなければよかったんだ。すまなかった」
 泣きそうな顔を見せる夜鷹を藤六が抱きしめた。
「夜鷹ァ。本当に良かった、良かった。早く治せよ。訛った身体はまた俺が鍛えてやるからな」
「い、いたい、いたいです」
 見事なまでに鍛えられた筋肉に挟まれた夜鷹は、少しだけ笑みを浮かべた。それを見た牛目はほっとした顔になる。
 ドロシーから話は聞いていたが、夜鷹からも事情を聞くことになる。
 夜鷹は自分が見たことの全てを話した。その間、牛目は口を挟むことはなかった。
 全て語ったあとで、夜鷹は付け加えた。
「信じてくれないとは思います。自分も、最初は夢かと思ったほどなので」
「だが、それが事実なんだろう。信じる、信じないの問題ではない。起こったことが全てだ」
 その言葉に、夜鷹は驚いてしまった。大人はみんな、この話を笑うと思っていたからだ。ドロシーだけではなく、牛目たちも自分の話を聞いてくれたのだ。
 牢の中で、一瞬だけ、牛目を恨んだ。どうして自分を孤児院に入れたのかと。理由は香花から言われた通りだし、恨むところなんてひとつもない。
 あの暗闇の中で、自分はおかしくなっていた。何も信じられなくなっていた。この世の全てを恨んだまま、気絶したのである。
 気付いたら温かな布団の中にいて、寧子とドロシーが付きっきりで自分を看てくれていて、夜廻たちは自分たちを守ってくれていた。
 そして、牛目は、孤児院に入れたことを謝り、自分の信じられない話を事実だと言ったのだ。
 どこにも恨む要素なんてない。あるのは感謝だけだ。
「それで、夜鷹はどうしたいんだ」
「どうって」
「昭晶様を諦めないのか、諦めるのか」
 夜に起きたことは、夜廻が解決する。その決まりに従った質問である。
「……まだ、分かりません。どうしたらいいのか」
「なら、考えたらいい。この件については、お前と寧子に任せたい」
「それは、命令ですか」
「そうだ」
 夜鷹が部屋から出ると、寧子がいた。
「包帯、替える時間だから」
 寧子はそれだけ言った。今の話を外で聞いていたようだ。
 長屋に帰るわけにはいかず、夜鷹はあれからずっと看護室で寝泊まりをしていた。決まった時間になると、寧子とドロシーが傷に当てている薬と包帯を替えている。
 夜鷹の傷は深かった。あの香花の靴には何かが仕込まれていたのだろう。尖った靴だと思ったが、皮膚が切り裂かれていたので、刃物でも仕込まれていたのかもしれない。
 最初は痛み止めの薬を飲んでいても、皮膚に張り付いた布を替えるのは呻くほど痛かった。だが、日にちが経つにつれて、徐々に痛みは軽くなってくる。ドロシーの話によれば、皮膚を綺麗にする段階らしい。
 薬を取り替えたあと、寧子から外に行こうと誘われた。
 屋敷の裏庭からは、綺麗な月が見えた。数日したら満月になる。
「何か悩み事でもしてるの」
「昭晶にとって、こっちに戻ってくることが最善なんだろうかって、ずっと思ってる」
 なるほどね、と寧子は呟いた。
「昭晶様が自分から向こうに行ったって言ってたわね」
「本当に、あの賢者が昭晶をどうにかするというなら、とっくに帰ってきてもおかしくない。でも、そうなってない。昭晶が帰りを拒否しているのかもしれない」
 思い出すのは、あの星の見える丘での会話だ。
「昭晶は、前からずっと言ってたんだ。ここではないどこかに行きたいって。あいつは、俺以上に、香花様や王族から見放されていた。誰からも存在を疎まれていたんだ。そんなところに居たくないって気持ちは否定できない」
 それに、と続ける。
「俺は冗談のつもりだったんだ。それもいいかもなって。ここではないどこかに行くのもいいかもなって。でも、昭晶にとっては冗談なんかじゃなかった。本当に、逃げたかったんだ。俺が、その気にさせたんだ。それなのに……」
「でも、夜の国は、私たちにはあまりにも危険な場所だって先生は言うじゃない。向こうの人も、人間が来ないようにしたって話だったし。法を作るほどだもの。向こうにいるのはよくないわ」
「そうだよな、それが決まりだもんな」
 決まりというのは、そういうものだ。問題があるからそういう決まりになっている。
「夜鷹がここを居場所としているように、昭晶様も、ここにいればいいのよ。夜鷹もいるし、私もいる。お父様なら守ってくれる。夜廻はもともと、そういう人たちの集まりじゃない。みんな、もとは独りだった。だからみんな、お互い優しいのよ。昭晶様も迎え入れてくれるはずよ。出身がどこかなんて、みんな気にしないわ」
「そうだな。寧子の言う通りだ」
 居場所がないのなら、居場所を作ってやればいい。迎え入れてやればいい。自分もそうしてもらった一人だ。
 今度は自分が昭晶をここに迎え入れる番なのかもしれない。
 ドロシーに、昭晶を迎えに行きたいというと、少し悩んだものの、方法を考えてみると言ってくれた。
 アルテリアにしては遅いことを、ドロシーも疑問に感じていたところだった。
「賢者がここまで時間をかけるとは思えません。向こうで何かあったと考えるのが妥当でショウ。何か方法を考えてみマス。ヨタカは、早く体力を回復させてくだサイね」
 包帯が外れ、ドロシーから動いてもいいと許可がおりると、藤六が待ちわびたかのように木刀を持ってきた。
 綺麗に治ったかと思いきや、今度は藤六の打ち込みにより痣ができる。身体が訛っているのを実感した。
 寧子に背中を見せるのはなんとなく嫌なのだが、痣の部分を冷やしてもらっていた。
「また身長伸びたのね」
「そうかな」
 服が少し小さくなっていた気はしていたが、よく見ると袖の長さが中途半端になっていた。
 それをきっかけに、牛目からもう成人してしまえと言われ、二人は夜廻たちに大人として迎え入れられた。次期頭領の話は一旦保留とされた。
 牛目からは、頭から酒をかけられた。その強い匂いに、飲んでもいないのにくらくらとした。もう少し年齢が上がれば美味しく飲めるようになると教わった。
 藤六からは、新しい刀をもらった。鞘には繊細な装飾がほどこされている。柄の握り心地もとてもよかった。
 寧子は女性として立派な衣を与えられたが、それは綺麗すぎるからと、いつも通りの服に袖を通していた。ドロシーに頼み、伸ばしていた髪を半分ほど切ってしまった。有事の際にみんなと同じように動けるようにしておきたい、というのが理由だった。
 もったいないな、とは思ったが、夜鷹は何も言わない。髪が短くなろうとも、寧子は寧子だからだ。
 そうしているうちに、夜鷹もずいぶんと回復した。夜鷹の身体がじゅうぶんに動けるようになるまでは、満月を二度見ることとなった。
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