4章
夜が深まり、牛目は夜廻を連れて、目的の場所へ向かう。
今日も兵たちが見回りに出ているだろうと予想していたのだが、香花は諦めたのか、兵を引いていた。この時間は夜廻たちに分がある。それはしっかり理解しているらしい。
宮は高い塀に囲まれているが、夜廻たちは軽々と飛び乗った。塀の上から見張りがいないか確認する。
牛目たちが予想した通り、ここには数名の兵がいた。彼らは松明を手にしており、とても分かりやすい。
ここからでは確認しにくいが、二人の兵が立っている場所がある。あそこに夜鷹のいる地下へと繋がる階段があるのだろう。
「予想よりは少ないか」
藤六も状況を把握したようだ。
「みたいだな。諦めかけているみたいだ」
王が昭晶を船に乗せると決めてから時間が経っている。香花は何らかの言い訳をして、この計画をなしにしようと考えているのかもしれない。
諦めていなければ、もっと兵を配置するはずだ。牛目ならそうする。
このくらい手薄ならば、片付けることもできそうだ。そう判断した牛目は、夜廻たちに首で合図する。
夜廻たちは音を立てずに塀から降り、兵たちの背後に回った。後頭部を刀の柄で殴り、失神させる。松明には土がかけられ、明かりが一つずつ消されていった。
牛目は塀の上から様子を見ていたが、今何が起きているのか、階段前にいる兵は何も気付いていない。
「そろそろ行くか。気をつけて、先生」
「ハイ」
藤六と共にドロシーを塀から降ろし、ゆっくりと階段へと近づく。
ドロシーが腕を振った瞬間、目と耳を覆い、地面に伏せる。
煙をもろに浴びた兵の二人は地面に蹲る。そこを牛目と藤六で襲いかかり、身体を縄で縛った。草の中に転がしておく。
「外よりも更に暗いデスから……」
ドロシーは手に持つ箱に火を灯した。
「それは」
「カンテラです。海向こうでは普通に使われている照明器具デス。はじめて見ましたか」
「ずいぶんと明るいな。それも、まじないですか」
「硝子を作る際に、少しまじないを」
三人はカンテラの明かりを頼りに、静かに階段を降りていく。想像よりもはるかに広い洞窟が地下に広がっていた。水滴の滴る音もどこかから落ちてくる。
カンテラは遺骨を光らせた。とてつもない悪臭が冷たい空気に乗って漂ってくる。この中には、腐ったばかりの身体もあるようだ。ドロシーは耐えきれず、腕で鼻を覆った。
「なんてこと……」
「全て、孤児院の子たちだろうか」
藤六は息を飲む。
「それは分からんが、香花様と関わりのある子たちだろうな。星宮も香花様が場所を決めたと聞く。その星宮の裏にあるのだから、香花様が使っているのだろう」
あの笑顔に騙された子供たちの骨なのだろう。自分も騙されてしまったのだから、子供たちはなおさら、あの本性には気付きにくい。気付いたところで手遅れだ。香花の怒りを買い、ここに入れられたのが想像できる。
道端に転がされていた夜鷹を思い出す。
あれは、星がひときわ輝く、冬の夜だった。牛目は新米の夜廻として初めて都の見守りに出ていた。
緊張する中で見つけたのが、布に包まれることなく、真っ裸で泣いていた夜鷹だった。冷気に晒されてなお、夜鷹の身体は熱かった。
生まれたばかりの寧子と重なった。このまま死なせるわけにはいかない。自分の懐の中に入れてやり、そのまま夜廻に連れて帰った。
だが、自分には寧子もいる。娘一人の世話で手一杯だった。
だから、この都に来た時と同じように、孤児院を訪ねたのだ。香花は、すんなりと夜鷹を受け入れた。
きっと、夜鷹が男だったからだ。女よりも、男のほうが欲しかったのだろう。
だが、今となっては、あの選択は失敗だったと思う。何がなんでも、自分の手で育ててやれば、こんなことにはならなかった。
「いた、いたぞ、牛目」
藤六が自分を呼ぶ。牢の中で、夜鷹は倒れていた。藤六が呼びかけても反応がない。
「鍵がかけられてる。でっけえ錠だな」
「ちょっと見せてくだサイ」
ドロシーは袋から何かを出し、錠を擦った。すると、ぱきんと音を立てて、錠が割れた。
「すげえな、先生」
「もともと錆びて脆くなっていました。強い酸の汁を持つ草を擦り付けただけデスよ。さあ、早く」
藤六が夜鷹を背負い、地下牢から出る。
夜廻たちを笛で招集し、宮から脱出した。
夜鷹の帰りに寧子はほっとしたが、すぐに看護室へと運ぶよう命じた。彼の身体にある傷に気が付いたからだ。
ドロシーが薬を作る間、寧子は夜鷹の元から離れなかった。
草の汁で手を汚したまま、ドロシーは薬を持ってきた。寧子が器を受け取り、夜鷹の頭を上げて飲ませてやる。薬の染み込んだ布を身体中の傷に当て、その上から包帯を巻いた。
「ここまでされるなんて……」
あんまりだ。寧子は泣きながら包帯を止めた。父からは、地下に亡くなった子供たちの骨があったことも聞いている。
ドロシーが優しく彼女の背中を撫でた。
目覚めるまでには少し時間がかかると言うので、それまで待った。
夜鷹が唸れば、その手を握ってやった。ゆっくりと瞼が持ち上がるところを、ドロシーと二人で見守る。
「夜鷹。ここ、夜廻の屋敷。分かる?」
ゆっくりと頷いたあと、夜鷹は顔を二人から背けた。
寧子の手を強く握り、肩を震わせている。言葉はないが、彼が言いたいことは、手から伝わってくる。
「お父様も、夜廻のみんなも、夜鷹を心配していたわ。私も、先生も。夜廻は、仲間が傷つけられるのは許さない。ここにいれば、大丈夫」
寧子のその言葉に、夜鷹は声を上げて泣いた。
今日も兵たちが見回りに出ているだろうと予想していたのだが、香花は諦めたのか、兵を引いていた。この時間は夜廻たちに分がある。それはしっかり理解しているらしい。
宮は高い塀に囲まれているが、夜廻たちは軽々と飛び乗った。塀の上から見張りがいないか確認する。
牛目たちが予想した通り、ここには数名の兵がいた。彼らは松明を手にしており、とても分かりやすい。
ここからでは確認しにくいが、二人の兵が立っている場所がある。あそこに夜鷹のいる地下へと繋がる階段があるのだろう。
「予想よりは少ないか」
藤六も状況を把握したようだ。
「みたいだな。諦めかけているみたいだ」
王が昭晶を船に乗せると決めてから時間が経っている。香花は何らかの言い訳をして、この計画をなしにしようと考えているのかもしれない。
諦めていなければ、もっと兵を配置するはずだ。牛目ならそうする。
このくらい手薄ならば、片付けることもできそうだ。そう判断した牛目は、夜廻たちに首で合図する。
夜廻たちは音を立てずに塀から降り、兵たちの背後に回った。後頭部を刀の柄で殴り、失神させる。松明には土がかけられ、明かりが一つずつ消されていった。
牛目は塀の上から様子を見ていたが、今何が起きているのか、階段前にいる兵は何も気付いていない。
「そろそろ行くか。気をつけて、先生」
「ハイ」
藤六と共にドロシーを塀から降ろし、ゆっくりと階段へと近づく。
ドロシーが腕を振った瞬間、目と耳を覆い、地面に伏せる。
煙をもろに浴びた兵の二人は地面に蹲る。そこを牛目と藤六で襲いかかり、身体を縄で縛った。草の中に転がしておく。
「外よりも更に暗いデスから……」
ドロシーは手に持つ箱に火を灯した。
「それは」
「カンテラです。海向こうでは普通に使われている照明器具デス。はじめて見ましたか」
「ずいぶんと明るいな。それも、まじないですか」
「硝子を作る際に、少しまじないを」
三人はカンテラの明かりを頼りに、静かに階段を降りていく。想像よりもはるかに広い洞窟が地下に広がっていた。水滴の滴る音もどこかから落ちてくる。
カンテラは遺骨を光らせた。とてつもない悪臭が冷たい空気に乗って漂ってくる。この中には、腐ったばかりの身体もあるようだ。ドロシーは耐えきれず、腕で鼻を覆った。
「なんてこと……」
「全て、孤児院の子たちだろうか」
藤六は息を飲む。
「それは分からんが、香花様と関わりのある子たちだろうな。星宮も香花様が場所を決めたと聞く。その星宮の裏にあるのだから、香花様が使っているのだろう」
あの笑顔に騙された子供たちの骨なのだろう。自分も騙されてしまったのだから、子供たちはなおさら、あの本性には気付きにくい。気付いたところで手遅れだ。香花の怒りを買い、ここに入れられたのが想像できる。
道端に転がされていた夜鷹を思い出す。
あれは、星がひときわ輝く、冬の夜だった。牛目は新米の夜廻として初めて都の見守りに出ていた。
緊張する中で見つけたのが、布に包まれることなく、真っ裸で泣いていた夜鷹だった。冷気に晒されてなお、夜鷹の身体は熱かった。
生まれたばかりの寧子と重なった。このまま死なせるわけにはいかない。自分の懐の中に入れてやり、そのまま夜廻に連れて帰った。
だが、自分には寧子もいる。娘一人の世話で手一杯だった。
だから、この都に来た時と同じように、孤児院を訪ねたのだ。香花は、すんなりと夜鷹を受け入れた。
きっと、夜鷹が男だったからだ。女よりも、男のほうが欲しかったのだろう。
だが、今となっては、あの選択は失敗だったと思う。何がなんでも、自分の手で育ててやれば、こんなことにはならなかった。
「いた、いたぞ、牛目」
藤六が自分を呼ぶ。牢の中で、夜鷹は倒れていた。藤六が呼びかけても反応がない。
「鍵がかけられてる。でっけえ錠だな」
「ちょっと見せてくだサイ」
ドロシーは袋から何かを出し、錠を擦った。すると、ぱきんと音を立てて、錠が割れた。
「すげえな、先生」
「もともと錆びて脆くなっていました。強い酸の汁を持つ草を擦り付けただけデスよ。さあ、早く」
藤六が夜鷹を背負い、地下牢から出る。
夜廻たちを笛で招集し、宮から脱出した。
夜鷹の帰りに寧子はほっとしたが、すぐに看護室へと運ぶよう命じた。彼の身体にある傷に気が付いたからだ。
ドロシーが薬を作る間、寧子は夜鷹の元から離れなかった。
草の汁で手を汚したまま、ドロシーは薬を持ってきた。寧子が器を受け取り、夜鷹の頭を上げて飲ませてやる。薬の染み込んだ布を身体中の傷に当て、その上から包帯を巻いた。
「ここまでされるなんて……」
あんまりだ。寧子は泣きながら包帯を止めた。父からは、地下に亡くなった子供たちの骨があったことも聞いている。
ドロシーが優しく彼女の背中を撫でた。
目覚めるまでには少し時間がかかると言うので、それまで待った。
夜鷹が唸れば、その手を握ってやった。ゆっくりと瞼が持ち上がるところを、ドロシーと二人で見守る。
「夜鷹。ここ、夜廻の屋敷。分かる?」
ゆっくりと頷いたあと、夜鷹は顔を二人から背けた。
寧子の手を強く握り、肩を震わせている。言葉はないが、彼が言いたいことは、手から伝わってくる。
「お父様も、夜廻のみんなも、夜鷹を心配していたわ。私も、先生も。夜廻は、仲間が傷つけられるのは許さない。ここにいれば、大丈夫」
寧子のその言葉に、夜鷹は声を上げて泣いた。