4章

「ネコは、地図がまるごと頭に入っているみたいデスね」
 寧子の後ろでドロシーが感心する。
 二人は物置の物陰に隠れていた。普段見慣れない男たちが港をうろついている。刀と弓を持ち、鎧を身に着けていた。きっと、王族が所有している軍の兵たちだ。昭晶を探している。
「なかなか動けませんね……。この道ならと思ったのですが」
 頭の中の地図を辿る。もっと入り組んだ路地へと入り込むべきだろうか。星はとっくに出ている。夜廻たちがそろそろ動き始める。誰でもいいから、夜廻と会いたい。まだ港付近だ。このあたりはよく事案があるから、夜廻と出会う確率も高い。
 身を潜めていると、寧子の読み通り、夜廻がこちらへと向かってきた。だが、彼は、兵に引き止められる。
「そこの者」
「はい、なんでしょう」
「夜廻だな。お前のところの女を探している。知らないか」
「さあ……、今日は一日、姿を見ていませんね」
 ぽりぽりと頭をかいて、とぼけた顔をしている。
「そうか。見かけたら教えてほしい」
「へえ」
 へらへらとしている夜廻に、寧子は物陰から話しかけた。
「ちょっと、ちょっと」
「寧子様。やはり港にいらっしゃったのですね。探していました。頭領が心配しておられます」
 背で寧子とドロシーを隠すように立ってくれる。自分たちが追われていることを彼らは知っているようだ。
「お父様のところへ帰りたいの。一緒に来てほしい」
「もちろん。頭領からそのように命が出ています」
 夜廻にはいつも通り道を歩いてもらい、寧子たちは建物の裏に隠れながら移動することになった。
 これなら、兵と出会っても、夜廻が対応している間、移動することができる。
 協力してもらったのは、この一人だけではない。何人もの夜廻が並走した。父が的確に指示をしてくれたから、それができている。藤六がしてくれた夜廻の配置も見事だ。途切れることなく、夜廻たちは寧子たちに付き添った。
 兵たちは夜に慣れていない。彼らは松明を手にしていた。居場所を教えているようなものだ。夜廻たちは光を避けるように、闇の中を走る。
 だが、屋敷にあと一歩のところで、二人は兵に見つかってしまった。松明で顔を照らされてしまう。
「おい、いたぞ!」
「しまっ……」
 松明で照らされた寧子は手で目を覆ってしまった。
 だが、寧子の背後からドロシーが躍り出る。
 ドロシーが何か投げつけたかと思いきや、鋭い音と共に爆ぜ、煙が男たちを包む。
「目を開けないで。目に染みる草の汁を混ぜています」
 確かに、男たちの痛みに悶える声が聞こえてくる。その間にドロシーが寧子の手を引っ張り、屋敷の門をくぐった。
 兵が空に向かい、鏑矢を放った。
 その後、兵たちが追ってくるが、門に立っている夜廻が立ちふさがる。
 門の上、屋敷の屋根、櫓にも何人かの夜廻がいる。兵に矢を向け、いつでも放てるようになっていた。兵はこの不利な状況に舌打ちをし、去っていく。
 その後、兵を連れた香花が門前に来るが、夜廻たちは彼女に矢を向ける。
「牛目、これはなんのつもりですか」
「香花様には、思い出していただこうと。俺達はこういう組織なのだと」
「貴方たち荒くれ者に武器を与えたのは、わたくしたちです。恩というのはないのですか」
「一体、いつの話をしているのですか。俺達は自分たちでここまで大きくなったんです。残念ですが、香花様が夜廻にしたことは、到底許せません。ですから、こうして気持ちを示させていただいております。お引き取りください」
 香花は逡巡したのち、黙って身を翻した。
 ほっとした牛目は、門を閉めさせ、寧子の元に駆け寄った。
「寧子、無事だったか」
 寧子は父の胸に飛び込んだ。
 どっと押し寄せる安心感に、涙が出そうだ。だが、帰ってこれただけで、何も解決していない。
「お父様。お話ししないといけないことが」
 牛目は寧子とドロシーを屋敷の奥の部屋へと連れていく。
「さて、聞こうか」
 夜の国について、昭晶が自ら望んで向こうに行ってしまったこと、夜鷹が彼を追ったもののすぐに返されてしまったことを寧子から聞いた牛目は、反芻するかのように、顎髭を撫でて考え込んだ。
「――まるでおとぎ話だな。だから、お前は逃げていたのか」
「お父様すら信じられないことを、他の大人が信じてくれるはずがないわ」
「夜鷹も、香花様には何も語らなかったらしい。あいつはあいつで、寧子と同じように考えたのだろう」
 夜鷹の姿がない。寧子は不安になる。
「それで、夜鷹はどこなの」
「地下牢だ。香花様に連れて行かれた」
「そんな。助けなきゃ」
 牛目は藤六に地図を持ってくるよう頼んだ。宮中に入り、貴人の護衛をしたことのある者たちを呼ぶ。
 彼らは地図を囲んだ。
「地下牢なんて聞いたことがない。どこだ。知っている者はいるか」
 一人が星宮の裏を指さす。
「ここに地下に繋がる階段があるのは知っている。夜廻がここを通ることは滅多にない。王宮の兵たちもここにいることはないと思う。放置されている場所だ」
 よく知っているな、と感嘆の声がもれる。
 彼は一度だけ昭晶の元で夜を過ごしたが、その際に泣きわめく声が聞こえ、不審に思い裏手に回ったのだという。草に隠れた地下への入口は不気味で、それ以上は近寄らなかった。だから、中に何があるのかは分からないらしい。
「夜鷹と同じように、香花様に反抗した者がいるんだろうな」
 顎を擦りながら、牛目は目を伏せた。
 その泣き声の主はとうに息絶えているに違いない。牛目は心を痛めていた。
「昭晶様がいないのであれば、星宮は手薄かもしれんな」
 藤六が言うと、牛目は首を横に振った。
「いや、その逆だ。夜鷹を連れ戻そうとしている俺達に警戒するはずだ。兵が何人かはここにいるだろう」
 囲碁の駒を星宮の裏に置いた。
 万が一を考えて、駒をさらに増やす。死角をなくそうとすると、少なくとも十人以上は配置されるという話になった。
「塀を越えて裏手から行こうとすると、何人に当たることになりマスか」
 ドロシーの質問に、藤六が二人だと答える。
「それくらいなら、まじないでなんとかなりそうです」
 夜廻がざわめく。彼らにとってのまじないは、医術だ。これまで、ドロシーから何度も薬をもらっている。その他のまじないを彼らは知らない。
「まじないでどうにかするって、どういうことだよ、先生」
「さきほどやったのと同じようにするのデス。目潰しのまじないをいくつか持ってきました。必要とあらば、もっと数を増やしマスよ。劇薬です」
 ドロシーの持っている袋の中から丸薬のようなものがころりと出てきた。
「目を少しのあいだ、使い物にならなくさせます。いかがでしょう」
 牛目は膝を叩いた。
「そうしよう。今日はもう夜が明ける。次の夜に行こう。早い方がいい」
 ドロシーは一日、屋敷で過ごすことになった。
 寧子がドロシーに部屋を用意している間、牛目は彼女に尋ねた。
「寧子は、あなたから、何を教わっているんですか」
「海向こうの物語デス。まじないを教えてほしいとお願いされていマスが、彼女には必要ないと考えていマス。ネコはとても賢い。まじないに頼る必要のない子です。教えたとしても、簡単な薬の作り方や、道具を使わずともできる気持ちの整え方でしょうね。決して、危険なことは教えていまセン。ご安心を」
 ほっとした牛目は、ドロシーに頭を下げた。
「あの子は、あなたを母親のように慕っています。今回の件も、助かります」
「いえ。そのかわり、ワタシから夜廻にお願いがあるのです。近いうち、まじないを完成させマス。それを、あなたたちに使ってほしいのです。夜の国から、この国を守るには、あなたたちが必要なんデス。ワタシはそれをお願いするために、故郷からここに来ました」
 牛目は思い出した。
 これまで、夜廻の何人かが目を眩まされ、体調を崩していることを。市民も何者かに襲われている。寧子からまったく解決できていない不可解な事件だと報告を受けていた。
 ドロシーに聞けば、これらはすべて、夜の国からいたずらをしに来ている鬼と天女の仕業だということだった。
 彼女の言うまじないを使えば、鬼や天女といった、夜の国の者を近寄らせないことができるらしい。
「それならば、いくらでも協力しましょう。あなたには恩がある」
「助かります。はやく完成できるよう、頑張りマス」
 それからドロシーは仮眠することなく、武器庫へと向かっていった。
 昼下がり、仮眠を終えた夜廻たちは彼女に武器の使い方を教えてあげていた。彼女がにこやかに話すので、夜廻たちも少し緊張がほぐれたようだ。
 夜鷹の元へ向かうのは、牛目、藤六、宮中をよく知る者たち、それからドロシーである。
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