2章

 藤六には探りを入れるなと怒られてしまったが、まずは夜廻から話を聞くことにした。
 以前は、見習いとして他の夜廻と共に巡回に出ていて、その日の晩に起こったこともよく聞いていた。だが、昭晶と共にいるようになり、夜鷹は都で起きたことを聞くことがなくなった。宮中は外から切り離された特別な空間であることをひしひしと感じる。
「光る女の子はよく知らないけど、目眩ましをされたと騒いでいる奴ならいたな」
 木陰で休んでいた男はそのように言った。
「その話、もう少し詳しく教えてくれない?」
「詳しくと言っても、もう現場にはそいつ一人しかいなかったしな。目を押さえて、転がってたんだよ。突然、強い光が襲ってきたってな。でも、強い光って言ったって、夜は松明の明かりしかないじゃないか。そんな目が眩むほどの光が出せるものなんか、俺は知らない。とりあえず、そいつを立たせて、それでおしまいだ」
「ありがとう。助かるよ」
 夜鷹が去ろうとすると、男はちょっと待てと呼び止めた。
「すまん、もう少しあった」
「何」
「けらけら笑われたらしい。子供の声に笑われたって言ってたな。夜に子供なんか出歩いてるわけないだろって言ったけど」
「その情報、助かるよ。ちなみに、どのへんで起こったの」
「南東の、長屋が多い地区だよ。そいつは港での仕事を終えて、飲んだ帰りだったんだとよ。酔って尻餅ついただけじゃねえか」
 酔いが回っていたのなら、確かにそうなのかもしれない。
 けれど、強い光、子供の笑い声というのは、あの話にだいぶ近い。夜廻だけでなく、市民も似た現象に遭遇しているようだ。
 寧子が事件記録を作っていたことを思い出す。
 夜廻は朝を迎えたあと、屋敷に戻り、寧子にその日の様子を報告することになっている。寧子はそれを記録し、関連性のある事件が続いていれば対処するように日中働いている武士の組織に働きかける。
 過去の記録は誰でも閲覧できるように、事務室にある棚に収められている。
 とりあえず、直近のものをめくった。
 こういうとき、文字が読めてよかったと思う。基本、平民、特に男は文字が読めない。読めたとしても、自分の名前だけだ。一方、夜鷹は孤児院でみっちり教わったので、ある程度は読めた。
 寧子の字はとても雑だ。夜廻たちが矢継ぎ早に報告するから、それに追いつこうとすると、どうしても雑になる。崩された字は読みづらいが、寧子としては、読めればそれでいいのだろう。
 夜鷹の探している出来事は、数日に一度の頻度で起こっていた。
 夜廻が狙われた時もあれば、一般市民が襲われた時もある。どちらも、共通するのは「眩い光」や「耐え難い光」と表現される強い光、そして「子供」だった。
 日の光がある日中では、まず起こらない。夜限定の事件である。
 これだけの事件を、一人の子供が何度も起こすことができるのだろうか。それも深夜に。
 ――怪異なのだろうか。
「何見てるの」
 背後から寧子に話しかけられ、勢いよく冊子を閉じた。寧子が眉をひそめながら夜鷹を見ていた。
「あ、ああ。最近、外の様子を聞かないなって思って。ちょっと、知りたくなってさ」
「昭晶様と一緒にいるのは飽きたの?」
「違うよ。昭晶様も、外のことが知りたいのかもと思ってさ」
 なるほどね、と寧子は呟いた。
 昨日のことは、寧子には言っていない。昭晶が一人で外に出た理由も、昭晶が直面していることも。言うべきではないと夜鷹は思ったのだ。
「どうぞ、見たかったらゆっくり見て。別に、夜鷹が見たらいけないものではないから。私はこれから、先生のところへ行ってくる」
「何しに」
「最近多いでしょ。似たような事件。強い光、耐え難い光ってやつ、海向こうの技術なんじゃないかと思って。聞いてくるのよ」
 寧子は寧子なりに調べているようだ。
「この突然の光さえ対処できれば、犯人なんかすぐ捕まるはずなのにね」
 焦りが出てくる。他の夜廻に捕らえられてしまっては困る。
 だが、夜廻がいる地区に、昭晶を連れて行くことはできない。夜廻の目が届かない場所を探すしかなさそうだ。
 寧子が地図に名札を置くまでは、その場所が分からない。
 時間潰しに、夜鷹は近くを歩くことにした。長屋に戻って仮眠する気にはならなかった。
 何も考えずに歩いていると、自然と足は孤児院へ向かっていた。無意識でいると、知っている道を歩いてしまうようだ。
 懐かしさと同時に、あの香花の優しさは何だったのだろうという疑問が浮かんでくる。昭晶は香花に対し、いい印象は持っていない。育ての母だというのに、昭晶は孤児院の子供たちよりも放置されているような気がする。
 夜鷹の成人の話はするのに、昭晶は王に任せていた。その差は何なのだろう。
 弟や妹たちに久しぶりに会おうと思ったが、足は門前で止まってしまった。もうここに入ってはいけないような気がする。
 中から子供たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。かつては、自分もこの中で、一緒に笑っていた。
 高い塀に囲まれた孤児院の中は平和だ。苦しいことも、辛いことも、何一つない、恵まれた空間。だが、外に出てみれば、それが香花によって守られていただけであることを知る。
「夜鷹じゃないか」
 よ、と肩を叩かれる。
「兄さん」
 顔は覚えている。兄であることは確かなのに、名前はずっと前に忘れた。それだけ、歳の離れた兄だ。
「何してんの、今」
「夜廻にいる」
「へえ。孤児院にいた奴は、大抵は軍に入るのにな。珍しいな」
「軍?」
「知らないのか。香花様の一つ上のお兄さんがまとめている軍に所属するんだよ。香花様から話があって。どこにも行く場所がないのなら、そこで働けばいいって。女は宮中で女官として働くことが多いらしい。俺たち、外を知らないから、そうするしかないんだよな」
 そんな話は知らない。皆、大人になる前に、自分がしたいことを決めてから院を出るのだと思っていた。
 ようやく繋がった。
 香花は自分たちのために働いてくれる人を、ここで育てているのだ。そのための院なんだと。
 自分が夜廻に行けたのは、夜廻を我が物にするためだったのだ。夜廻がなければ、貴人は自分を守れない。自治組織の夜廻を掌握したいのだ。
 自分に軍の話がなかったのは、早いうちに夜廻になると決めて院から出たからだ。もし何も決めないでいると、香花から夜廻に行けと言われただろう。どうしたって夜廻に入ることが、最初から決まっていたのだ。
「お前はよかったな。夜廻って、結構ゆるいんだろ。あーあ、俺も夜廻を知ってれば、そうしたのに。まあでも、野垂れ死にするよりは、ましか」
 じゃあな、と言って、兄はその場を去っていった。
 決まったあとになって知っても遅い。彼らは悩む時間もなかったし、知識もなかった。香花は教えもしなかった。
 孤児院は、自分の都合のいいように子供を育てる場所で、自分もまた、都合のいいように育てられた子供の一人だった。
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