もう一度そうぞうを始めよう

 到着したのは、健太郎の知る街だった。
 社会人になって住み始めた街だ。駅のすぐ近くには、退職したばかりの職場がある。駅を出てすぐのビルだ。
 健太郎はビルを見上げ、足を止める。日が反射し、白く光っていた。
 電車の中から眺めたハリボテの景色とは違い、このビルはちゃんと中身まで詰まっていた。ロビーの中にはカウンターもあったし、受付もいた。
 ビル前から動かない健太郎を、あんは訝しげに見上げた。
「どうしたの」
「いや。おれの職場だなあって思っただけ」
「あれ? ケンタって仕事してたんだっけ。ぼくと出会う前?」
「さあ。でも、働いてたよ」
「何をしていたの?」
 会社のロゴは、よくテレビで見ていた。日曜日の朝。ヒーロータイムの間に。
 玩具の会社だった。
 健太郎は玩具の企画、開発がしたかった。学生の頃に学んだのは工学である。安全に遊べる玩具を作るため、四年間みっちり勉強した。
 玩具が好きだった。
 高学年になれば、玩具で遊ぶことはなくなったが、玩具のデザインはいつ見ても素晴らしいと思えた。中学生になっても、高校生になっても、新作の玩具はチェックしていた。玩具店に出かけては、見本を触ってみることもした。小遣いが許せば、いくつか買って、解体することもあった。どういう仕掛けで動いているのか、どういう工夫がされているのか。触れば触るほど、ワクワクした。
 健太郎の実家の押入れの中には、いまだ捨てられない玩具がたくさんあった。ブロック、電車や車の模型、レール、剣、ヒーローがつけるようなベルト――。クリスマスや誕生日に両親から買ってもらったとっておきのものたちである。両親は一切ケチらなかった。健太郎がほしいと言ったものを素直に買い与えてくれていた。おかげで、健太郎は一人っ子だが、玩具でいくらでも楽しく遊ぶことができていた。
 自分もそういうものを作りたかった。子供たちにワクワクしながら遊んでほしかった。玩具でワクワクと遊びを広げてほしかった。だが、退職してしまった以上、その夢は叶えられない。
「なんで過去形なの」
「辞めたからだよ。やりたかったことをする前に、辞めた」
「なんで?」
「やりたいことができるようになるまで、とてつもない時間がかかりそうだった」
 もちろん、入社してすぐ、希望通りの仕事ができるわけがないとは思っていた。だが、配属された部署は、希望する部署とは程遠い場所だった。
 なぜ自分が営業をしなければならないのかと思いながら、色々なところを走った。ワクワクが詰まった玩具店に行くのが苦痛になった。仕事で好きなものを嫌いになりたくない。その一心で辞めたのだった。
「行こう」
「ケンタ」
「待って、ケンタ」
 まめがケンタの前に踊り出した。危うく、まめを蹴りそうになり、上げた足を引っ込める。
「何だよ。急いでたんじゃないのか」
「ケンタは、もう、そうぞうをやめたの?」
「そうぞう?」
 それは、”想像”なのか”創造”なのか。
 あんは瞳を揺らしながら健太郎を見上げていた。
「ケンタの力じゃないか。それがないと、怪獣は倒せないよ。ケンタの力で、ぼくは海から出てこれたのに。そうぞうがないと、ぼくたちは無力だ」
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