もう一度そうぞうを始めよう

 あんの話によれば、健太郎とあん、それからまめは、どうも、大冒険をしたのち、復活を果たした怪獣と戦っていたらしい。
 その怪獣が翼で突風を起こし、健太郎はぶっ飛んでしまったのだという。
 あんが健太郎を見つけるのに、数日かかったのだという。
「怪獣はまだ復活したばかりだから、そこまで動けないと思うんだ。急いで戻らなきゃ」
 レンガ造りの道で沓をぽくぽくと鳴らしながら健太郎の先を歩くあんの背中には、大きな剣があった。あんには振れそうにもないほどの剣だ。
 二人は駅にいた。見慣れない駅だ。薄っぺらい屋根に、小さな改札。駅の中は改札しかなかった。切符売り場もないし、人もいない。
 唯一、改札口に立っていた駅員の顔は、なぜか靄がかかっていてぼんやりとしていた。
 ハリボテのような景観だった。それこそ、特撮で使われているセットのような――。
 先に改札を抜けたあんに、健太郎は尋ねた。
「電車で行くの?」
「何か問題ある?」
「いや。怪獣がいるってのに、電車は動いてるんだと思って」
「そうだね」
「いや……、普通、止めるだろ。緊急時って」
「でも、動いてるよ。そういうもんだよ」
「そういうもんか」
 変なの――とは思ったが、もう既に変なものだらけなので、いちいち気にするのはやめた。
「そもそも、ケンタが言ったんだよ。ケンタは電車がいいっていつも言ってたじゃないか」
「そうだっけ」
「そうだよ」
 ホームに滑り込んできたのは、青いラインが美しい車両だった。これはケンタがいつも使っている路線ではなく、遠い地方で走っている車両だった。
 何もかもがちぐはぐだった。これが夢であることは明確だが、懐かしさは常に心の中に満ちている。
 ボックス席に座ると、すぐに電車は走り出した。
 怪獣がいるという街に着くまで、しばらく時間がある。窓際に座っているあんに、健太郎は尋ねた。
「おれたちは、どうして出会ったんだっけ」
「ケンタとまめがぼくを見つけてくれたんだよ。もともと、まめはケンタの犬だったんだよ」
「え」
 あんの腕の中にいるまめは、どこかさみしげにくうんと鳴いた。どうやら本当らしい。
「きみたちは、海の底まで来てくれたんだ」
「海?」
「海。ぼくはずっと海の底にいた。この剣と一緒に、底で眠ってたんだ。理由は忘れた。ケンタになぜぼくを引き上げたのって聞いたら、可哀想だったからって言ったんだ」
「可哀想」
「うん。その時、ぼくは何も覚えてなかったから、なんで可哀想なんだって聞いた。そうしたら、ケンタは、思い出したらつらくなるだろうから言わないって。絶対に教えてくれなかった」
「つまり、おれはあんのことを、最初から知ってたんだ」
「うん。でも、ぶっ飛ばされて、ぼくのことは全部忘れちゃったんだよね。じゃあもう、知りようがない。でも大丈夫。知るつもりないから」
 その声色は、どこか淋しげだった。
 健太郎は記憶の中を探る。こういう平安貴族風の少年を知っていないか。だが、何も見つけることはできなかった。かつての自分は知っていたらしいが、今はまだ思い出すことができない。
 あんは窓の外にあるハリボテの景色を見ている。
 この世界はすべてがハリボテのようだった。まるで、誰かが想像したかのような。空は絵の具のチューブから出したばかりの青のような色をしている。
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