もう一度そうぞうを始めよう

 こんなところにいたんだ。
 目の前に立っている少年の問いを反芻した。
 こんなところとは、どんなところだ。
 健太郎は竹藪の中にいた。自分のまわりだけ、ぽっかりと空洞ができている。
 どうして竹藪の中に入ったのか。それは、ここが健太郎の秘密基地だったからだ。
 数日前、仕事を辞めて地元に帰ってきた。都会で一人暮らしをしていたのだが、仕事を辞めると都会にいる意味がなくなり、すぐ荷物をまとめて帰ってきた。
 帰ってきたのはいいが、特にやることがなく、暇を持て余していた。
 このままではいけないという漠然とした焦りに駆り出され、なんとなく外を歩いていると、下校中の小学生とすれ違った。その後すぐ、自転車に乗って遊びに行く小学生とすれ違った。
 自分も昔は、似たような小学生だった。家に帰るなり、すぐ外に飛び出すような少年だった。懐かしんでいると、ひとりで作った秘密基地を思い出した。
 竹藪の中だったし、もう跡形もなくなっているだろうとは思ったのだが、よみがえった冒険心に従うことにしてみたのだ。
 小さな公園の裏にある竹藪に入り込むと、一気に少年時代の思い出が蘇る。藪をかき分けながら進むと、大人一人がかろうじて座れるような空洞に出た。家から持ち出したのこぎりで作った穴はまだしっかりと残っていた。
 獣のように身を屈め、穴の中に入った。藪の隙間から見える空に、また懐かしさを感じた。
 そこからの記憶がない。今の状況から考えると、恐らく、寝落ちしてしまったのだろう。
「行こう」 
 少年に手を引っ張られた。柴犬は少年の足元で尻尾をせわしなく振っている。
 ケンタと自分のことを呼ぶこの少年、一体、なんなのだろう。
「ちょっと待ってくれよ、何がなんだか」
 シャツについていた葉を払いのけながら立ち上がる。長いこと眠りこけていたのか、腰が痛かった。
「状況がわからない」
「どうしたの? さっきまで二人で戦ってたじゃないか」
「何と」
「もしかして、きおくそーしつになったの? かいじゅうだよ、か、い、じゅ、う! ケンタをぼーんって吹き飛ばしたんじゃないか」
「は?」
 少年は、ばっと両腕を広げた。ぐるりと手を一周させる。
「ほんとに忘れたの? こーんな、おっきいの!」
 特撮?
 率直にそう思った。
「何を馬鹿なことを――」
 言いかけて、もう一度少年を見た。
 そもそも、彼が目の前にいること自体、不自然じゃないか。こういう髪型をなんというか知っている。みずらだ。こういう服をなんというか知っている。狩衣だ。今の時代、コスプレや神事でなければ、一般の少年が着るようなものではない。だが、彼はどうにも様になっている。似合いすぎている。当たり前のように着こなしている。
 不自然が目の前に立っているのなら、不自然に怪獣がいるのもおかしくない。
 健太郎はこの不自然に付き合うことにしてみた。藪の中に入ってきた時に似たような感情があった。
「――いや、そうだったな。思い出したよ、ごめん」
「いいんだよ。けがはない? もう一度行こう。世界を救わなきゃ」
「だけど、きみたちのことが思い出せないんだ。部分的に忘れたみたい」
「あー……そういうこともあるのか」
 少年は右手を差し出した。
「ぼくは、あん。こっちは柴のまめ。ぼくたちはヒーローになるために戦ってるんだよ。どう、思い出した?」
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