お隣のおともだち

 豊崎さんはよく働いた。長い爪を切り落とした豊崎さんの手はよく動いていた。
 今はパートで働いているが、ゆくゆくは正社員になるだろう。うちの工場は、そうやって従業員を増やしてきた。私もそのうちの一人である。
 派手な見た目をしているから、最初は周囲の人に警戒されていたが、仕事の上達っぷりと、進捗報告の際の分かりやすい喋り方からすぐに受け入れられていた。たぶん、みんな、こういう見た目の子はバカなのだという先入観に支配されていたんだと思う。でも、人間はそんな単純な生き物ではない。
 豊崎さんは人見知りをするが、社員がフレンドリーだったので、ぐいぐい引っ張り込まれていた。
 夜勤明け、二人でクロワッサンの入った袋を持って帰ることもしばしばあった。
 私たちは徒歩通勤だ。帰り、ずっと何かを喋っている。人見知りの豊崎さんは、人見知りをしなくなるとかなり喋るのだと知った。
「パン屋さんって、女の子の憧れじゃないですか」
「工場ではないでしょ」
「それはそうですけど。でもパン作ってるの、めちゃ楽しいですよ」
「気に入ってくれたんならよかった」
 私たちの付き合いは、それだけに留まらなかった。
 クリスマス、大晦日、正月。実家に帰らない私たちは、共に夜を過ごした。
 それぞれ食べたいもの、好きなものを買ってきて、二人でパーティーのようなものをした。
 働きはじめてから、豊崎さんは精神的に安定してきた。医師にもお酒を飲んでいいと言われたので、はじめて飲むことにした。
 彼女が選んだのは、度数の低い甘いカクテルだった。
 新年になり、豊崎さんの爪がプルタブに引っかかった。
「明けました。じゃあ、開けます」
「はい、どうぞ」
 プシュ、と炭酸の抜ける音が聞こえる。グラスに注ぎ、唇をつけた。
「最初は一口ね。一口」
 こくりと頷き、喉に流す。喉が上下しているのが見えた。
「……そんなすぐ変わりませんね」
「まあね。ちびちびやろ」
 私たちはとにかく甘いものが好きだった。
 合言葉は「体に悪いは心にいい」である。もちろん、健康でいられる範囲内のことではあるが。ちなみにタバコはしない。
 チョコレートとお酒で新年を過ごした。
 ちなみに、豊崎さんはお酒に強かった。三本用意していたのだが、全部飲んでしまった。全部、度数が低いというのもあっただろうが、それだけ飲めればビールだってワインだっていけるだろう。
 隣人で、後輩な豊崎さんとこういうことをしているのが不思議だった。
 こういうのは、本当は、同い年の子と一緒にするべきことなんじゃないか。その枠に、私がいてよかったのだろうか。記念ともいえる日なのに。
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